ゆめ未来     

遊びをせんとや生れけむ....
好きなことを、心から楽しもうよ。
しなやかに、のびやかに毎日を過ごそう。

ナイフをひねれば/アンソニー・ホロヴィッツ

2023年12月11日 | もう一冊読んでみた
ナイフをひねれば 2023.11.20

アンソニー・ホロヴィッツの6冊目 『 ナイフをひねれば 』 を、読みました。
ホロヴィッツは、何時も面白い。

 こんな誘いに乗るべきではなかった。さっき、ふと頭にひらめいたとおり、さっさと家に帰って家族と祝うことにすればよかったのだ。そうしていれば、まったく別の未来が開けていたのに。だが、当然ながら、これから何が起きるかなど、前もってわかるはずはない。そこが、現実と小説との決定的なちがいなのだ。わたしたちは日々新たなページを生きるだけで、先のページをこっそりのぞくことなど、けっしてできはしないのだから。


アンソニーが、犯人の訳がない。そのことは、読者には分かっている。
では、誰が犯人か?

 出演者は、片側に集まっていた----スカイ・パーマー、その隣にジョーダン・ウィリアムズ、そしてチリアン・カーク。ユアン・ロイドはその近くに、ひとりぽっんと坐っている、アフメト・ユルダクルとモーリー・ベイツは、気まずいほどくっついて同じソファに。アフメトの会計士であるマーティン・ロングハーストは、その後ろだ。アーサー・スロスビーと娘のオリヴィアもこの場に呼ばれ、劇中で壁に変化することになっている窓のそばにいた。みな、しばらく前からここで待たされていたらしく、観客席の通路を近づいてくるわたしたち四人を迎える視線は、いささか不機嫌だ。そのとき、わたしはふと、楽屋口番代理のキースまでもが、ここに呼ばれていることに気がついた。坐っているのは舞台袖、観客席からはなかば隠れている。
 わたしたら四人は、舞台のすぐ前にたどりついた。
 「おたくらはここに」グランショー警部とミルズ巡査に、ホーソーンは指示した。それから、わたしをふりむく。「あんたはおれと来てくれ、トニー」


 「さっきも言ったように、いまこの舞台の上にいる人間はみな、ハリエット・スロスビーを殺すれっきとした理由を持ってました。だが、どうしてその罪をトニーに着せた? だって、あまりに間抜けな話じゃないですか。この男はとことん無害で、誰が見たって人殺しなんかしそうにないんだ。まあ、グランショー警部とミルズ巡査だけは別意見かもしれませんがね。罪を着せる相手を選ぶなら、この場合はジョーダン・ウィリアムズでしょう。なにしろ、あの劇評にいちぱん腹を立て、全員の前で宣言した人物ですからね----、“殺してやる。誓って、絶対にな……あの女に、誰かが剣を突き立ててやるべきだ !”と。

ハリエット・スロスビーを殺すれっきとした理由を持ってました。
登場人物10人を調べて行く過程で、それぞれの人物のいろいろなことが分かってくる。そのひとつひとつの話が実に面白い。

 さらに重要なのは、ひとつ事件の解決するたび、わたしがじわじわとホーソーンとの距離を詰め、隠されていた事実をつきとめていることではないか。

「ナイフをひねれば」でも、「ホーソーンの秘密」がポロポロと分かってくる。

 ちなみに、その最上階の部屋は、ホーソーンの持ちものではない。実のところ、借りているわけでもないのだ。本人の説明によると、ロンドンで不動産業者をしている“半分だけ血のつながった兄のようなもの”から頼まれて、家主の留守の間、管理人として部屋を預かっているのだという。これがまた、いかにもホーソーンらしい話ではないか。親族でさえ“義理の妹”とか。“いとこ”とか、そんなすっきりした関係ではないのだ。妻とは別居しているが、いまだに親しい関係ではあるらしい。あの男にまっわることは、何もかもが複雑にこんがらがっていて、どんな質問をぶつけようと、真実に近づく答えなど返ってきたためしはないのだ。まったく、こんなに可立つ話はない。

いけ好かない、食えない男ではあるが、どこか渋く魅力的である男。ホーソーン。

 ホーソーンは小児性愛者を階段から突き落とし、そのために警察組織を追われた人間なのだ。あの男なりに道徳的な指針はあるのだろうが、その基準は本人にしかわからない。

 下の階に住むケヴィン、そして、どこか風変わりな読書会仲間のほかには、友人らしき人物など、ホーソーンの話に登場したことはないのだ。そして、たったひとりで暮らしている。自分の人生に、いかに楽しみが少ないかをホーソーン自身も理解していて、だからこそ、残されたわずかなものにしがみついているかのようにも見えた。殺人とタバコ。せんじ詰めれば、それがホーソーンという人間なのだ。

 「あなたがミスター・ホーソーン?」
 「ええ」
 「申しわけないが、ほんの数分しか時間を割けなくてね。妻がもうじき帰宅するし、わたしはちょうど夕食を用意しているところなんだ」
 なるほど。わたしがついいましがた抱いた疑問に、こんな形で答えが返ってくるとは。
 「ほんの数分でかまいませんよ」と、ホーソーン、これが、この男のやりくちなのだ。いったん中に足を文入れようものなら、気がすむまではけっして腰をあげないのだが。


 「すまない、ホーソーン。だが、それはできない。われわれの契約は、これで終わりだ」
 ホーソーンと口論をするのは大嫌いだ。わたしが必ず負けるから、というだけの理由ではない。この男を相手にしていると、勝とうとして言葉を連ねること自体、何かこちらに非があるような気分にさせられるのだ。相手に攻めかかるときには、このほの暗い茶色の目もおそろしく苛烈に燃えあがるというのに、わたしが何か異議を申し立てたとたん、まるでひどく傷つけられ、懸命に身を守ろうとしているかのような表情を浮かべる。そんな目で見られてしまっては、こちらが正しいとわかっていても、思わず自分の意見を引つこめ、詫びの言葉さえ口にしてしまう。前にも書いたことがあるが、ホーソーンにはどこか幼い子どもを思わせるところがあるのだ。この男といて、わたしは一度だってしっくりとくる距離感をつかめたことがない。
そんな人間のことを本に書くなど、どう考えても無理な相談というものではないか。実をいうと、わたしたちはいま、まさにそのことについて話しあっていた。


    『 ナイフをひねれば/アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳/創元推理文庫 』



コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 日経平均、2週続落 円高背景... | トップ | いちご大福 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

もう一冊読んでみた」カテゴリの最新記事