![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/d3/1546a75939da3ee08455cca562cc1a07.jpg)
アンアンの後援があったロンドンでのフォト・セッションから帰って、アンアンのグラビアをTレックスのマーク・ボランとミッキーフィンが飾った。そのグラビア最後のページは、モノクロの顔のアップで「マークにお化粧をしよう」というメッセージになっていた。。
このアンアンへの掲載とあわせて、渋谷西武百貨店B館地下で、「Tレックス展」が開催された。ふつうの写真展とちょっと違うアイデアがいろいろあった。
ほぼ等身大のマーク・ボランの写真を切り抜いた人形が、何十体か店内各所に飾られた。会場には、特別なブースがあり、そこには全国のアンアン読者から送られてきたマークのメイクアップ写真が貼られていた。会期中送られてくるお化粧をしたマークの写真の数はうなぎのぼりになり、ついに壁から天井まで覆いつくした。鋤田さんの友人でもあり、いつもレオンで元気な声を発していた糸井重里さんも参加していたと記憶する。
さらにツアーで来日していたマーク・ボランとミッキー・フィンが会場に現れた。会場は若いファンですし詰め状態になり、興奮は頂点に達した。そう、ふたりはアーティスト同士として鋤田さんに深い信頼をよせていてた。さらにここでロックスターとして、自分達がなにをすればいいかもわかっていた。押し寄せたファンのうねりの中、彼らはゆっくりと作品を見て周り、サインをし、鋤田さんやファンと握手をした。
そんなふうに、展示方法にも、イベントにも時代のホップな風が吹いて、楽しい写真展になり、その集客記録は長い間破られなかった。
・その後マークは昔自分で予言したとおりに交通事故でなくなり、数年前、六本木の「スイート・ベィジル」でパーフォーマンスをしたミッキー・フィンもこの世を去っている。
・展覧会の様子(アンアンにでた作品、アメリカ、日本ツアーetc)は「T-REXPHOTOGRAPHS BY SUKITA」 (カラーフィールド・3500円)に。
写真 (撮影者・不明) Tレックス写真展まえで。会場を訪れたマークとミッキーフィンのサインが見える。
このアンアンへの掲載とあわせて、渋谷西武百貨店B館地下で、「Tレックス展」が開催された。ふつうの写真展とちょっと違うアイデアがいろいろあった。
ほぼ等身大のマーク・ボランの写真を切り抜いた人形が、何十体か店内各所に飾られた。会場には、特別なブースがあり、そこには全国のアンアン読者から送られてきたマークのメイクアップ写真が貼られていた。会期中送られてくるお化粧をしたマークの写真の数はうなぎのぼりになり、ついに壁から天井まで覆いつくした。鋤田さんの友人でもあり、いつもレオンで元気な声を発していた糸井重里さんも参加していたと記憶する。
さらにツアーで来日していたマーク・ボランとミッキー・フィンが会場に現れた。会場は若いファンですし詰め状態になり、興奮は頂点に達した。そう、ふたりはアーティスト同士として鋤田さんに深い信頼をよせていてた。さらにここでロックスターとして、自分達がなにをすればいいかもわかっていた。押し寄せたファンのうねりの中、彼らはゆっくりと作品を見て周り、サインをし、鋤田さんやファンと握手をした。
そんなふうに、展示方法にも、イベントにも時代のホップな風が吹いて、楽しい写真展になり、その集客記録は長い間破られなかった。
・その後マークは昔自分で予言したとおりに交通事故でなくなり、数年前、六本木の「スイート・ベィジル」でパーフォーマンスをしたミッキー・フィンもこの世を去っている。
・展覧会の様子(アンアンにでた作品、アメリカ、日本ツアーetc)は「T-REXPHOTOGRAPHS BY SUKITA」 (カラーフィールド・3500円)に。
写真 (撮影者・不明) Tレックス写真展まえで。会場を訪れたマークとミッキーフィンのサインが見える。
マーク・ボランが事故死したことは数年前の鋤田さんの写真展で知ってましたが、ミッキー・フィンも亡くなっていたとは。それに彼らが来日していたなんて!
西武もずいぶんアーテイスティックなことに力を入れていたのですね。会場でT・レックスの二人がどんなに周囲をエキサイティングさせたかと思うと、この世にもういない二人なのに静かな熱気が伝わってくる気がします。
ネオ演芸集団ハイレグ・ジーザスの座長・河原雅彦さん(ともさかりえさんのご主人。宮藤官九郎さんとの共著「河原官九郎」角川文庫は最高!)は、何と13年前の旗揚げ当時から目元に星のシールを貼り付けているそうですが、これはもちろん、かねてより敬愛するマーク・ボランへのオマージュだとか。
Yaccoさん、この写真のbackの二人のサイン入りパネル(ポスター?)は今どこにあるのでしょう?鋤田さんのところでしょうか?ものすごく気になっています。うちの壁にしたい…。
また、遊びにきま~す!
何十体もあったマークのPOPは無くなってしまったときいたことがあります。
実はT.REXファンクラブも最近ブログを始めていまして、早速ここのページを紹介させていただきました。トラックバックも送らせてもらいましたので、よろしくお願いします。
この写真展に(私が)産まれるのに間に合いませんでしたが、生前のミッキーに会うという事にはギリギリ間に合いました・・・。
アンアンといえば、堀内さんがいらっしゃった頃でしょうか?彼も亡くなってしまい、優れたアーティストたちが今や伝説化している事が悔やまれます。
↓生前のミッキーの姿です。もうおじいちゃんでした。
http://www.trextacy.com/annex/report/barns_rcp20020913.wmv
Trex掲載のときはギリギリでしょうか。
このブログの1月31日「セントラルアパート以前に」にアドセンター時代の堀内さんのこと、ちらっと書かせていただいてます。
でも、でも、やっぱりマークのPOPどこかに残ってないかなぁ~と気になります…。
ところでタイトルを失念して申し訳ないのですが、以前お借りした、当時のことが書かれたYaccoさんの最初の著書、もう一度読みたくなりました。
それと、ご丁寧にレスまでいただけて、とても感謝してます。
西内(当時はまだ伊藤さんでしたか、『ぐるんぱのようちえん』の作者の人)つながりで堀内さんやら、南平台のアドセンターの話やらは学生時代からちらちら聞いてはいたのですが、まさかYaccoさんがいらっしゃったとは。
とても貴重なお話が聞けてものすごく得した気分です。