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日本のスタイリストの草分け的存在。現在も、広告、CMなど第一線で活躍中。71年、ロンドンで山本寛斎氏とファッションショーを成功させ、その後、「ジギー・スターダスト」期のデヴィッド・ボウイの衣装を担当。鋤田正義氏によるデヴィッド・ボウイやT・レックスの撮影をアレンジしたことでも知られる。エッセイ『家族の回転扉』(『小さな小さなあなたを産んで』読売新聞社所収)で第19回読売「ヒューマン・ドキュメンタリー」大賞を受賞。
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3月24日 ローリング・ストーンズのファッションチェック
3月19日 ことの始まり
3月6日 読売新聞「本よみうり堂」著者来店に
2月12日 フラワートラベリングバンド
2月11日 表参道ヒルズ
1月22日 「表参道のヤッコさん」
1月11日 ホームレス
12月12日 原宿表参道エコ・パーティ、そして、、、
12月18日 雪の名古屋へ
12月16日 Pretty Things
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MATRIX

Vol.33 Web2.0的信頼の構築

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高橋靖子の「千駄ヶ谷スタイリスト日記」
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ある日、私のブログに小学6年生からコメントが入った。
それが、とっても本質的な質問。
短く即答しましたが、足りないのでここに書かせていただく。
おとなの皆さまもお付き合いください。

「私は青森県の小学6年生です。
 私は今「総合学習」で将来の夢のことについて勉強しています。
 私の将来の夢はスタイリストです。人に合った物を合わせたりすることに興味あるからです。そこで、スタイリストとして活躍している高橋さんに質問したいのす。どうかよろしくお願いいたします。
 1、なぜスタイリストになろうとしたのですか?
 2、仕事で大変なことはありますか?
 おいそがしいと思いますが、よろしくお願いします。」


私が小学6年生の時、将来の夢という作文で「道端に咲く野の花になりたい。平凡な結婚をして、良き妻、良き母になりたい」と書きました。ずいぶんマセたこと書いたみたいだけど、その気持ちの半分は本当。それとうらはらに、「ものを創る世界で、きらきらとした人生を送りたい」という気持ちも、つねに持っていました。

遠くのきらきらした世界に近づきたくて、東京の大学に、そしてその頃新しかった広告界へ入り、まず、コピーライターのたまごになりました。そのたまごは孵化の途中で、いつのまにかスタイリストになってたのです。
なぜなら、たのまれたり、自分で見つけたりする仕事は、お使いとか、ものを手配することとか、雑用と呼ばれるようなことが多かった。
街を歩いて、何かを探す、、、そんなことが大好きで、それが次第に職業と結びついていったわけでした。
35歳ぐらいになって、ようやくスタイリストが私の仕事なのだ、と納得したけれど、この仕事は楽しさと、不安が隣り合わせです。
世の中の、自由業と呼ばれるものは、大体そういうものがつきまといます。

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その時、その時代によって、大変なことはいっぱいあります。
明日から、私は建物関係の撮影にはいるはずでした。
ところが、今、世の中を揺るがす大変な事件が起きました。それで、数時間前にこの仕事はキャンセルとなってしまいました。
そんなふうに時代の波や出来事に左右されるのことも多いのです。

でも、基本は、好きなことをコツコツと続けること、好奇心と情熱をもち続けること、でしょうか。大変でも、なにか喜びがあったら、苦労は飛び散ってしまいます。
ではまたね。

写真 (とらばーゆ編集長の河野純子さんに撮っていただく)  神宮外苑にファッションウィークのテントがあったとき、さまざまなデザインのブースが出現した。そこで働いていた友人が、「ヤッコさんらしいよ、、、」として購入してくれた。ジョークっぽいものだけど、電磁波よけに、真面目に使う日もある。特に長電話の時は。
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美しい秋の日が続く。
東京郊外のロケで、広い日本家屋での撮影。
なかば紅葉した大きな木々からの木漏れ陽が、芝生に光りのまだら模様をつくる。
太陽が回って、その模様が刻々変化する中、撮影は順調に終ってはやい夕方には、家に戻っていた。

着替えて、恵比寿の写真美術館へ。
2年前に亡くなられた横須賀功光さんの遺作展のオープニング。
長友啓典さんの会場構成がすばらしいから混まないうちに観るように、という事前情報があったので、はやめに駆けつけた。
会場をさまよっていたら、涙が出てきた。
横須賀さんは今はもうエーテルになってしまって、違う世界にいる。
姿がない横須賀さんは、この純度の高いご自分の作品群とこの場所で呼応していることだろう。

息子さんの安里さんを、幼い頃から知っている親戚のおばさんみたいに眺めたり、松岡正剛さんや、館長の福原さんとお話させてもらったりしてたら、なぜか、プラスティックスの中西俊夫さんを発見。即、ミーハーに戻る。
「やっこさん、千駄ヶ谷日記のブログすごくおもしろいよ」
「えっ! みてくれてたの?」
と奇跡的みたいに喜んじゃったんだけど、後で考えたら彼の友だちの桑原茂一さんが宣伝してくれてたんじゃないかしら。

そのあと、スパイラルホールの、ひびのこずえさんのラストパーフォーマンス。
ほぼ若い人たちが長い列を作って、始まりを待っていた。
実は私はすでに初日に拝見していたのだけれど、今日は、横須賀さんのオープニングと、こずえさんのラストショーに、リトアニアのファッションデザイナーを連れて行ったのだった。
ニューヨークやロンドンで、私がその時代の何かに触れたり、仲間に入れてもらえたのは、たった一人でふらりと行った私に、糸口を与えてくれた人たちがいたおかげだ。
見知らぬ国でただ、風景を眺める旅行者ではなく、クリエイティブに生きている人の何かに連なることが出来たことが、人生のいちばんの幸運だったと思う。
だから、東京で、同じような外国人にあったら、私も彼らの役に立てたらいいな、と考える。

刺激的なことですっかり脳が目覚めっぱなしで、夜中まで「猫と小石とディアギレフ」(福原義春著 集英社)を読む。
朝から次の夜明けまで、こんなに張り切ってしまって、果たして明日は正常に生きられるだろうか。

写真 ・恵比寿写真美術館にて、中西俊夫さんと。ふたりとも、いまだに鋲が打ってある服を着てる。湘南でやるライブにさそわれたけど、残念ながら行けない。またこんど。
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学園祭の季節で、文化服装学園で両日、女子大と学園のファッションショーを見た。
何千人の中から、やる気満々の学生たちが名乗り出て、オーデションを重ね、ショーのスタッフが決たったそうだ。
盛りだくさんのテーマで次々と出てくるが、デティールまできっちりできていてすごい。

この頃はコンピュータを使ってかなりふくざつなテキスタイルも作り出す。
プロのデザイナーの方たちのコレクションとは異なった迫力がある。この中から、近い将来、さまざまな才能が噴出するのだろう。
モデルも自分たちで堂々とやっているが、驚くほど小顔で背の高い女の子もちらほら。

彼女たち、もしかしたら、プロのモデルさんになるのでは?
私自身はこれでもか、と念の入ったロリータや、宝塚調がだーい好きだった。

この頃は、秋が短いような気がするけど、学園祭って、まさしく秋の行事だ。
早稲田では清志郎さんがライブをやったみたいだけど、追っかけられなくて残念。

写真 (撮影・Yacco) 
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秋の美しい日、こくれひでこさんのお宅にうかがった。
70年代表参道のイラストマップを描いていただくため。
今度出る私の本に、「若い読者のために、その頃のマップをつけたら?」と、大学でファッションを教えている先生にいわれて、「そうしよー」と即座に決心した次第。
そしたら、ひでこさんのお顔がこれまた即座に浮かんで、お願いにあがったのだ。
こぐれさんちは、新築になってからは初めて。
本やテレビで拝見していたけど、うかがいたいなと密かに思ってから、もう7年半も経っていた。
秋の陽射しがなくなるまで打ち合わせをして、あわてて撮ったけど、おっ、雑誌の取材には決して映らない洗濯物なども後方にあるぞ。
帰りには、下のスタジオで撮影中のこ小暮徹さんにご挨拶をし、高所恐怖症も忘れて、スケスケの階段を降りた。
季節が部屋の内外にゆったりと流れるように存在している家。
住んでいる人に大切な事は健康でいることだけど、その健康を家が運んでくれている。

都会でそういう生活が成立してるのがうらやましいな。

そこで、我が家のはなしですが、うちも都会にはめずらしく、季節と共存しているけど、共存の仕方が、時々しんどい事態となる。
そろそろ老齢に達してきた我が家は雨が続いたとき、事務所側の部屋が、ものすごい雨漏りで、停電の繰り返し。
これは大家さんが修繕してくれた。
今は住居側のバスタブに蟻の集団が出現する。地下の水道管がどこかずれていて、蟻の住宅と接しているらしい。
最初は数匹だったので、見つけるとつまんで、そっと庭に放していた。
次第に数が増えてきて、地面に返す作業も、大変になってきて、ある日ついに百匹、二百匹近い蟻が続々と現れた。
お風呂が使えないので、申し訳ないけどその時はシャワーで流しました。
私って、やさしいのか、残酷なのか、、、
昨日、お風呂場に近い庭の一角に蟻塚を発見。
蟻さん、私みたいにいつまでも働いてないで、早く冬眠しておくれ。

写真 (撮影・貝瀬裕一)
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40年間一匹(♀)狼でスタイリストをしてきて、どこに所属するわけでもなく、どこの洋服のクレジットを紹介するわけでもない(大抵は広告やCMのしごとなので)のに、コレクションのシーズンになると招待状をいただいたりする。
新しいシーズンのためのクリエーションを観ることが出来るのは、すっごく楽しいし、ありがたいことです。
今年は絵画館前に大きな仮設の会場ができて、これには国からも援助があったときく。


今日はショーのあと、スタイリストの中村のんちゃんと、青山の川上庵へ。
秋になって、自分の家でもずいぶんお蕎麦をつくって食べてるし、外でもちょくちょく新そばを食べる。
もともとのんちゃんとはおしゃべりの周波数があうので、気がついたら11時近い。出し巻き玉子と鴨煮込み蕎麦で、時間も忘れてしゃべりあった。
それから閉店前のスーパー、ピーッコックにとびこんだ。私の「デパ地下」癖、「スーパー」癖は、いかなる時でも、発揮される。

絵画館前ばかりではなく、時には麹町の庭園のあるレストランや、青山のパティオのあるお店などのこともある。
写真は青山、ラスチカスでおこなわれた「ネ・ネット」という新しいブランドの風景。

日常的な若者の服がちょっと過剰なスタイリングとメイクでこんなメキシコになる。眉が繋がったフリーダカーロ・メイクで、花やラグを織る時みたいなリボンがびっしりと密集した帽子がすごくかわいい。
ショーが終って、出口のガラスのところに、モデルさんたちがデパートのショーウインドウのマネキン風に並んでいるところ。みんな立ち止まって写真を撮っていた。私もこうして。

写真 (撮影・Yacco)「Ne・net」のデザイナーはタカシマカズアキさん。1973年生まれ。
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10時と10時20分に、アシスタントの悠子ちゃんが下見していた服を渋谷と青山で大急ぎでチェックして、11時前に六本木ヒルズへ。
東京国際映画祭にさそわれて、「ドジョウも魚である」という中国映画を観るためだ。

11時20分の上映時間までちょっとだけ時間があったので、バージン・シネマの前にあるロブションのコーヒーとクロワッサンを買って、お腹を整える。

映画の舞台は現在、オリンピック開催国などのため、北京の街中で行われている大規模な工事現場に集まった出稼ぎ農民たちの話。紫禁城を再建するための現場での砂埃と泥んこの毎日。そのなかに厳然と光る命の尊さと儚さ。
「人間てみんなこうやって生きているんだよね」と思わず自分に言い聞かせてしまう映画だった。
映画のあと、主演男優とのティーチインがあった。
映画の熱演とうって変わって、小声で静かな話しぶりが心に響く。
中国語を通訳のかたが日本語に直し、司会者が日本語と英語で解説する。3ヶ国語がうまくチェーンのように繋がって、まさに国際的。

そうそうこの空気、味わったことがある。
3年前、本橋成一監督の「アレクセイと泉」 で映画のスタッフ10人ぐらいとベルリン映画祭に行ったとき、上映4回目がうわさを呼んで集まった観客で超満員になった。
スタンディング・オベーションのあと、本橋監督を囲んでティーチインがあったのだった。
ベルリンでは最初、自分達で、会場のいちばんいい場所を探してポスターを貼って歩いた。
上映するごとに観客が増えて、4回目には立ち見がでるほどの大盛況となり、賞もふたつもらった。
小さなホテルでは、アジアの若い監督たちと仲良くなったけど、彼らの映画をみる時間がないまま、私たちはエコノミーのチケットで帰ってきた。
あの時の高揚感を思い出した。

映画をいっしょに観た俳優さんたちと「堀井」で新そばをいただいた。
先週まで北京にいたという男優さんは北京の風景があまりにもリアルで余計胸にきたという。
そんな興奮と感動を反芻しながら、そのあと夕方までひとり銀座、馬喰町、神田と生地捜しに歩く。
神田の出版社で別の打ち合わせをして、深夜生地見本をみつつさらに衣装制作の打ち合わせ。
いろんな緊張と興奮で、頭の中はパンパンだし、足は棒のようになった。
明日はゲルマニウム温浴(足湯)に行こうっと。

写真 (撮影・Yacco)「ドジョウも魚である」の会場で、主演男優のニー・ターホン。映画は何という賞か忘れたけど、賞をもらったそうで、よかった、よかった。
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