鬼無里 ~戦国期越後を中心とした史料的検討~

不識庵謙信を中心に戦国期越後長尾氏/上杉氏について一考します。

黒川左馬頭と「為実」

2020-08-11 11:43:45 | 和田黒川氏
四郎次郎(竹福丸)の次代にみられるのは黒川為実である。『越佐史料』始め多くの資料や書籍において「為実」という実名に比定されているのを見るが、それを示す一次史料は多くない。今回は周知のことではあろうが、黒川左馬頭、豊前守の実名と伝わる「為実」について掘り下げていきたい。

簡単に整理すると、黒川竹福丸/四郎次郎の次代として史料上現れるのは天正7年の黒川源次郎である(*1)。そして、天正12年に比定されている直江兼続書状写(*2)に黒川左馬頭が宛名にみえる。黒川左馬頭は文禄年間まで確認できる(*3)。年不詳ではあるが上杉景勝書状(*4)には黒川豊前守がみえる。

[史料1]『新潟県史』資料編5、2868号
今度様々詫言致之付而、別而中使之儀申付候、如前々之本持之史面出之候、於向後も只今不相替奉公可為肝要候、若誰人成共横合申候共、彼状為先召置者也、仍如件、
天正十三年
  八月三日           為実
   鈴木蔵人佐殿

[史料2]『中条町史』資料編1、1-645号
其表昼夜之軍功無比類候、因茲本領粟生津・上条両村返置者也、仍如件、
天正拾弐年
  七月廿四日            (景勝朱印)
     黒川左馬頭殿

[史料1]は為実なる人物が鈴木氏へ中使の職を安堵したものである。[史料2]より粟生津は黒川左馬頭に与えられているから、黒川左馬頭の実名は為実であったことがわかる。「返置」という表現や上条の領有が以前に確認されること(*5)から、粟生津や上条は御館の乱の混乱によって没収され新発田重家の乱の活躍により返還されたものと推測できる。

また、『本荘氏記録』には本庄繁長三女が「黒川豊前為実室」であると記される。本庄繁長の乱の記述には「黒川左馬頭」が登場する。実際この頃の黒川氏の当主は四郎次郎(竹福丸)であるから誤りであるが、豊前守の以前に左馬頭が所見されることから生じたものと考えられる。よって、これらは為実が左馬頭の次に豊前守を名乗ったことを補強するものとなろう。

そして天正7年に見える源次郎は、左馬頭が天正12年から所見されることから為実の仮名として矛盾はない。御館の乱後の黒川氏の状況を伝えるものに本庄全長書状(*6)があり、その中で全長は「就黒川今度帰郷」について伊達氏と連絡を取っている。御館の乱での黒川氏の動向は次回検討するが、これは伊達氏配下上郡山氏の元に逃れていた黒川源次郎の復帰を指すと考えられる。よって、黒川源次郎が越後に復帰したのち左馬頭を名乗ったと考えられよう。

また、『伊達貞山治家記録』に天正12年伊達政宗家督相続を祝したとされる人物に黒川為重がおり、そのときの書状(*7)がある。ここには署名として「黒川左馬頭為重」とあるとされるが、「左馬頭」より為実を指すと考えられる。[史料1]より天正13年には「為実」を名乗っているおり、くずし字の場合「實」(=「実」)と「重」は似ている場合があるから、この書状も正しくは「為実」ではなかろうか。後に黒川左馬頭宛伊達政宗書状(*8)もあり、黒川氏と伊達氏の通交は続いていく。

ちなみに、先代四郎次郎(竹福丸)は25歳頃の死去と推定されるため、その後まもなく活動する為実は四郎次郎(竹福丸)の子とは考えられない。それは為実が名乗った源次郎、左馬頭、豊前守のどれもが歴代黒川氏に見られないものであることからもわかる。『中条家分家系譜』の「黒川家系譜」に元和8年の死去と伝わることから、家督継承時はまだ若かったようである。例えば、享年60とすると生年は永禄5年となり、初見の天正7年には17歳である。黒川実氏の死去が弘治年間から永禄初期であるから、実氏の子すなわち四郎次郎(竹福丸)の弟だとしても矛盾のない範囲である。(*1)書状が収められている「覚上公御書集」においてその綱文は、源次郎は黒川為実の次男であり書状は新発田重家与して小国へ逃れた際のものであるとしている。新発田重家の乱で黒川氏が景勝方であったのは[史料2]からも明らかであり誤りであるが、源次郎が次男というのは示唆的である。為実が四郎次郎(竹福丸)の弟であった可能性を仮説として提示しておきたい。

以上、黒川為実の実名についての史料的根拠を紹介し、源次郎、左馬頭、豊前守と名乗りの変遷を確認した。

*1)『上越市史』別編2、1843号
*2)『中条町史』資料編1、1-642号
*3)『上越市史』別編2、3648号
*4)『越佐史料』六巻、504頁
*5)『上越市史』別編1、119号
*6)『上越市史』別編2、1892号
*7)『大日本古文書』家わけ三の一、331号
*8)『上越市史』別編2、3073号



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