小田島久恵のクラシック鑑賞日記 

クラシックのコンサート、リサイタル、オペラ等の鑑賞日記です

モーリス・ベジャール・バレエ団(10/9)

2021-10-13 06:27:20 | バレエ

2度の延期を経て悲願の来日公演。流れてしまったものの中には東京バレエ団との『第九交響曲』などもあったが、こうして4年ぶりにカンパニーの来日が叶うことは喜ばしい。Aプログラムは芸術監督ジル・ロマン振付『人はいつでも夢想する』、ベジャール振付『ブレルとバルバラ』『ボレロ』。

ジョン・ゾーンの音楽にインスパイアされたという『人はいつでも夢想する』は、過去に日本で上演されてきたジル・ロマン振付作品の中でも大作(上演時間1時間10分)で、彼女(ジャスミン・カマロタ)と彼(ヴィト・パンシーニ)を中心に「族」「天使たち」の群舞が暗示的なストーリーを組み立てていく。ジル・ロマン作品は欧州でも既に評価を得ているが、この作品を見て改めて「ベジャール・バレエは本当に新しくなったのだ」と感じた。4年の間に新しく入ってきたダンサーもいて、若い人たちは生前のベジャールをほとんど知らないだろう。ジル・ロマン作品は、独自の演劇的教養を含みつつ、「ベジャール的な世界」と「ベジャール的でない世界」を往復している印象だった(風の効果音や、シンプルな「壁」はベジャール世界を彷彿させた)。
振付家とダンサーの関係もまた、ベジャールとは異なる。バレエの物語はどこか黙示録的な世界観を感じさせるが、明快な人間関係については一度観ただけでは明確に分からなかった。もう一度観るべきだったのかも知れない。音楽の編集の仕方はかなりサイケデリック(?)で、演劇人としてのジル・ロマンの過激さに驚いた。

『ブレルとバルバラ」はベジャールの2001年の作品で、抜粋は過去の来日公演で上演されたことがあったが、フルヴァージョンは日本初演。親しみがある振付なので意外だと思っていたら、過去にローザンヌで見ていたことがあった。ジャック・ブレルとバルバラの歌とインタビュー音声が使用され、初演からバルバラ役をエリザベット・ロスが踊り続けている。ジル・ロマンが踊っていたブレルのパートは、ガブリエル・アレナス・ルイズが引き継いだ。ベジャールがこのバレエを創作する様子はドキュメンタリー映画『リュミエール』で見ることが出来るが、面白いことに当時のダンサーと面影が重なるダンサーが何人かいる。
エリザベット・ロスは、20年前より若々しくなっている印象があった。二日目の主役も彼女が踊ったという。そのすぐ後に「ボレロ」を踊った(!)。バルバラの役はつねにシングルキャストで、ベジャールはエリザベットに魅了されてバルバラを振り付けたので、他のダンサーに代役は出来ないのだ。舞台はシンプルで、ダンサーの肉体だけが観るべきものとしてある。ジャン・ポール・ノットのシンプルなデザインのコスチュームが長身のエリザベットによく似合っていた。

休憩なしの3分間の転換で『ボレロ』開始。初日のメロディを踊ったジュリアン・ファヴローは2007年からこの役を踊っているが、それ以前は彼と同年代のカトリーヌ・ズアナバールやオクタビオ・スタンリーが踊り、誰が見ても実力のあるジュリアンが赤い円卓の上で踊ることはなかった。2005年の香港公演ではリズム(群舞)を踊っていたが、一番目立つのでどうしてもメロディよりリズムを見てしまった。

『ボレロ』のメロディは「人間スプリンクラー」とも言われたジョルジュ・ドンの野性的なヴァージョン、ギエムのカリスマ的ヴァージョンのインパクトが大きく、見る側にも強い先入観があるが、ジュリアンの『ボレロ』の解釈は意表をつくもので、振付をゼロから見直して厳密に構築されたものだった。
彼は恐らくベジャールにとって最後の霊感の源で、ルードラ卒業後に17歳でカンパニーに入り、忽ち神のような踊り手に成長した。その嬉しい驚きは、振付家を奮い立たせるものだっただろう。ベジャールは多くの主役をジュリアンに与え、2005年にはニーチェの超人思想をテーマにした「ツァラトゥストラ」でタイトルロールを踊らせたが、ボレロは踊らせなかった。何故なのかは分からないが、ベジャールにはベジャールの神がいて、ジュリアンにはジュリアンの神がいたのだと思う。

奇妙な言い方になるが、ジュリアン・ファヴローの『ボレロ』は道徳的な踊りなのだ。野性とか情熱とかを超越した、もっと別の次元に超然としてある。知の神殿で踊られる、すべての肉体表現の祖型のような、神聖な厳密さを表現する。最後に訪れるカタルシスは、どのダンサーよりも激しい。踊り全体に神秘がある。

2002年にジュリアン・ファヴローの演技を観て、自分の人生も変わった。オペラ座の優れたダンサーを観て「不安だ」と思うことはなかったが、彼を見ていると計り知れない神秘に直面しているようで不安になった。ローザンヌやイタリアや中国でも観たが、20代半ばで既に完成された表現者で、踊り手の「魂」ということを初めて考えさせてくれた。ダンサーとは宿命で、避けられない魂の道なのだった。このことを書き出すと、一冊の本になる。

10/14からは『バレエ・フォー・ライフ』(全4公演)がスタートする。

 

 

 

 



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