投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(1)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(1) 


■君は新樹明日より他の時を知らず

■しあはせといふこと春泥あるがまま
■野火よ君あかきつばさをほしいまま
■四つ脚のままのしあはせ猫の戀
■花の種まくや咲くまで生きたくて
■エックス線けふ春光として胸に

■わが罪は海市が牢につぐなはむ
■春の虹見てゐるわれもすぐに消え
■たれも胸に逃げ水ほどの遠き影
■春の夢すみよき國を見つけたり
■沈丁の香をむらさきと思ふ闇
■過ぎてゆくうしろ姿の春ばかり

■菜の花の黃の爆發を生きてみる 

■さくら咲くその咲くといふみだらごと
■蝌蚪も人も群れてたのしき地球かな
■うららかや生きものすべて貌をもつ
■春夕燒けわが屍を燒くにやや足りず
■進化してかすみにいたるいま途上
■春宵はよきかないのち捨つるにも

■蛇穴を出でたり日本はまだあるか
■四苦八苦さらに加へて春うれひ
■よりによつて殘る寒さの透析日
■人も土に還らむけふはつちふると
■シクラメンかほりををへと校正す

■人力のタイムマシンかぶらんこは

■梅の花萬葉びとの眼と鼻で
■人生の道づれならば春の雲
■みづと書きみどりを想ふ水の春
■看護師のら拔きことばや春うらら
■春分の右手ひだり手似て非なる
■ふうせんは人間ぎらひ繫ぎおく

■春ゆふべひと日を結ふはやさしき手

■春近しそれそのあたり君のそば
■春を待つまた一年を無駄にして
■思ひ出の竹馬高くなるばかり
■冬すみれ咲いて小ごゑの心地よさ
■てぶくろとすべての人の手の相似
■失くせしは冬三日月の鋭きこころ

■寒雷や地球の裏の蚊の羽音
■煖房と火偏うれしく爪を切る
■生きのびて身の六割を寒の水
■冬茜しんぷるらいふ死ぬ日まで
■ぐつすりと雪のふとんに眠る山
■冬といふかたまりひとつ目の前に

■重力を知る洟水のとまらぬ日
■草枯れて何でこんなに美しく
■この世には長居せぬ身の冬ごもり
■散る枯葉人にたとふることはせず
■生きながら血を拔かれつつ隙間風

■瀧涸れて瀧とは何か思案中

■冬景色として晩年のわが散步
■われも枯れてゆくよ植物性老後
■湯たんぽが遠くへ逃げてゆく惡夢
■かじかんでゐるのは私とこの地球

■あがりなきすごろく今日も透析へ
■ごまめ注意透析患者の迷ひ箸
■初電話自分にかけて不在なり
■はつゆめは透析やめて寢正月
■初寫眞かがみの中に病むわれを
■取り出して腎まで洗ひたき初湯

■冬帽子わが顏そこにあるしるし
■寒林に人あり樹よりもさびしげに
■彼もまた一所懸命冬木立
■まだ生きてゐるよと眞赤冬紅葉
■寒柝のあれはたぬきの老爺かも

■こんなはずではなかつたと老いて冬

■冬はじめまだしばらくは人を信じ
■風花よとほきむかしをつれて來い
■かぞへ日のかぞへてさびし透析日
■冬あかねささやかなれど幸を知る
■手かがみを買ひきて寒き顏映す
■外界に用あるときもマスク越し

■萩に秋ハギにもアキの潛みゐる
■草の實をはこぶさんぽといふ仕事
■さはやかと思ふ死にどきと思ふほど
■ジパングの黃金まばゆき稲を刈る
■秋刀魚買ふ無數の中のその一尾
■毒きのこ毒をたくはへゆく孤獨

■王位捨て旅立つ人に天高し

■晩秋へむかふ列車にひとり乘る
■蔦紅葉がんじがらめに人の家
■長き夜のドラマに連續殺人鬼
■冷やかにわれをり命見つめつつ
■蚯蚓鳴く土がとつても美味しくて
■夜半の秋生きて何することもなく

■帽とつて挨拶かへす木の子かな
■きのこにはなりたしされど二本足
■きのこからきのこへきつと絲でんわ
■つひに進化きのこ逃げゆく二本足

■秋の暮ほもさぴえんす感傷す
■身に沁みて透析患者といふ老後
■いわし雲のぞみをひとつ足し竝べ
■秋思にも切手いちまい貼つておく
■涼新た何書くとなくペンをとる
■無月いな無地球なるを想像す

■醉芙蓉醉はねば生きてゆけぬ日も