投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男歌集(2)

2016年02月15日 | 歌集

日野樹男歌集(2) 


■曼珠沙華むらがり咲けるその中の一花を選ぶ愛とはかくや
■さういへば雀はいづこに消えたるやわが住む街の空のさびしさ
■蟲一匹眞晝の部屋を這ひよぎり遲遲たりまさに王のごとくに
■草生ひて花枯れてなほわれはゆく透析のみの餘生といへど
■總理官邸前のデモ隊テレビにて見てゐてわれも原發反對
■透析の穿刺の順番まちながらほんの數分管なきねむり

■眠るとはかくこんとんに分け入りて己をさがす旅のごとくに
■ぬばたまの夜の日時計ひそやかに人の眠りを時にかへゆく
■生きてあるこの一瞬をとどめたく買ひにき瞬間接著劑を
■テレビにて地震ありしと見たるゆゑ遲れてすこし搖れておくかな
■机あり椅子ありそこにわがこころ肉のふくろに鎖されてあり
■ほんたうはたたみが嫌ひされどわが人生遍歷安アパートに盡く

■ちぢみゆく老いの身のみが希望なり人口論の闇のかなたに

■慟哭といふをなさむとわが生にむりやり立てし波風いくつ
■雜沓にふと立ち止まり見廻せば人は背をもつひとりにひとつ
■みなもとといへるは小さき泉にて大河につづく淨なる水
■街をはるか離れてわれの仕へゐるこの大樹こそ世界の中心
■ものおもふ姿勢もいつか型どほり六十年は人を石化す
■疲れたる電氣水母の一本の觸手がさがすコンセントかな

■透析にゆかむと今朝のわがうれひ生きて何する何のいのちと
■甲狀腺蝶のごときがひそみゐるのんどに熱き酒のおごりを
■主語なしに原爆の非を石に彫り怒りを知らぬこの國びとは
■被害者がゐて加害者がゐるほかに第三者といふわがゐる立場
■降りつづく雨のひと粒ひと粒に地球は映りこはれて消えむ
■天井も壁のひとつか眠りたきわれのゆく手に聳えてゐたり
■役割の中に生きゆくもろ人にあたへられたる假面の重さ

■子も孫もをらねばいつそこちらからおれおれなどと電話のあそび

■眠るのに顏など要らぬ闇の中假面は朝まで壁に掛けおく
■一脚の椅子にすがたをかへてより待ちつづけゐる君とその脚
■咲きほこる薔薇の花びらひとひらも創れぬわれは憎みて剪りぬ
■放射能もともとありしものなれどかく恐ろしきは人の慾望
■手を銃に擊てば落ちくる鳥もあらむ人の生きゆく惡のあかしに
■おほぜいの他人とともに闇にゐる映畫とはある意味不氣味

■みみふたつほほもふたつと日本語の何とたのしき複數あそび

■ハングルにちちんぷいぷい國學はヒフミヨイムナ古代の奇蹟
■車てふ醜きけものに身を託し彼らはいゆく屁などひりつつ
■人類が亡びてのちのこの地球不在は椅子のかたちにきはまる
■晩年がかくまで酷と思はざりしと愚癡をいひつつ管につながる
■遠き日の宰相たちの子や孫のままごと遊びのまつりごとかな
■人生を昭和と平成に分かたれて元號法とは何たる惡法

■そんなことどうでもいいよの一言を言ひたし言へばたぶんそこまで
■クレアチニンリンにカリウムナトリウムいろはにほへと片假名嫌ひ

■幼年の彼らかならずとしてみづから世界を創れるさなか
■地球より重きいのちがかくまでも地球にえて何と七十億
■ニュース讀むウェブにボタンこの先は有料なりと金には無緣
■あたまあし胸よ腹よと肉體に名を付けいつか切り刻むため
■兩眼の視力のちがひはなはだしわれは結局何も見てゐず
■原爆を落とせし國の政治家が笑顏で語る核なき世界

■土すでに雨を含みてやはらかくすべりたきなり流れたきなり
■ささやかに色をにじませ冬の虹弧線はさびし地にはとどかず
■鮟鱇の身を煮てわが身やしなへば少し似てくるこの顏いかに
■感情といへるをさぐるつもりなどなけれど蟲のまなこのぞきて
■寒き日の土鳩病むあり怪我もあり片脚の君いのち惜しめと
■鷄卵の中にかならず黃身があるほどの確信としての愛か

■方舟を造れとたれかの聲を聞きそれよりはやも百年の無爲

■冬の日は靜かにわれを見降ろしてもはや地球にかかはらぬかに
■黃泉よりも常世こひしとたづねゆく海のかなたに國境さわぎ
■あかねさす晝の日なかに透析の機械を見つつよこたふわれは
■混沌を捕らへてはむと大いなる槽をつくれど外に出られず
■ものなべて壞れてゆけることわりに腦また壞れて樂しき老後
■CGと知れども人がおほかみに變はりゆくさま納得しをり
■道の端たがひにつなぐ架けはしの川を越えゆく人の慾望

■子供二人夫婦と小さき犬一匹君のしあはせ額にをさまる

■月曜のかぐやはいづこ訪ねても月は曠野と知れるさびしさ
■火曜にはかよふ戀路の道なかば火は明らかにわれより速し
■水曜の戀のうはさはたちまちに水とながれてこほりの假面
■木曜の木乃伊をさがす旅果てて木靴のなかに老いてゆく足
■金曜は白きからすがつどひきて金の成る樹のこずゑに憩ふ
■土曜にはどうぞ私を捨てないで土にもまがふ戀もあるとや
■日曜の日も落ち月の出ぬ夜には日めくりめくり紙の月折る

■虛數とはわれのことなりとりあへず生きてはをれどわれはいづこに

■宇宙などいつはりごとにほかならず鳥に壁なす堅き空
■冬の星映してくらき海原の底ひに宇宙しづみてあるらし
■種に始まり種に終はれる花ばなの種の違ひの去年と今年
■臟器みなたとへに語る腎臟は下水處理場こはれて無殘

■われに問ふ懷疑の果てに命をも捨てむとしたる人をわらふや
■空へしづみて消ゆる鳥を見てそれより恐怖かぎりもあらず
■實るなき鬱の果實はわがうちに胎兒のごとく腐りゆくなり
■公園に鳥と人とがつどひきて空と地表へ憎みつつ別る
■人に媚賣りつつ生くる方法を犬を見ながら考へてをり

 *古代道明寺五重塔心礎
■五重塔かつてありしと塔心礎役目終へたるしづけさの中

■肉體と精をそも分かつべきや生きてさびしきひとつのいのち
■湯豆腐の豆腐にかへて厚揚げをはふはふはふと舌によろこぶ
■深夜われ祕めごとなせり寢室に井戸掘りすすむ脱走のために
■冬天を墜ちつつあるを見てあればわれなり何とつばさなくして
■きぐるみのごとき人體數穴を縫ひ殘したるのいたづら
■道具使ふチンパンジーの手の中の木や石たのしそこにとどまれ

■鋭利なる刃物でわれを切り刻まばどこかでこつんと硬き心に
■不意の雨冷たく肩に受けながら透析がへりのわれに影なく
■てぶくろの片手が地面に落ちてあり苦しきほどに何かを求め
■生きもののいきがとだえてものとなるそのありさまが時のありやう
■かまくらはかまなすやねとくらきむろ朝どのも凍えてゐたり

■生きてゐるはずのいのちがかさかさとかわきゆくなり冬のいちにち

■晝寒き冬のひかりのただ中に塵に歸すべきこの身惜しまむ
■臍の穴覗けど見えぬはらわたのわたつみほどの縺れかなしも
■くつくつと鍋に煮らるるここちしてわが身ひと串いくらに賣れむ
■そのものがそのものとしてそこにあるさういふものとしてのわたしよ