投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男歌集(4)

2016年02月15日 | 歌集

日野樹男歌集(4)


■かくまでも愛しきものか赤き血がわが身を出でてまた戾り來る
■河原にて橋の往き來を見てをればわが關はらぬ世のいそがしさ
■血壓がどんどん下がる八十を切つて大變あのあたりの患者
■不愉快と顏にも書いておくべきか野球のはなし體もなし
■一時的に聲をなくせしかの日日をわが春と後に呼びおく
■磔刑をみづから望むをんなえ首に十字架イエスは見えず
■散骨と稱して風に灰をまくその灰吹かれて誰が口中に

■かみさまに感謝するとかいふまへにわれは食事を絶對殘さず
■もしかして二日醉ひにや透析のベッドにありてわれ搖れてをり
■酒よりも煙草をやめむと決めたれど透析しつつ戀しきけむり
■ことさらに光あびせて夜櫻や花とはあるいは恥部かもしれず
■黃砂來と窓を閉め切り見るテレビシルクロウドの砂塵を映す
■古新聞讀みて目とめし小學生自殺せしとよ生きて今何歳

■まづ手足性器を捨ててさて次はあたまと胴のどちらが邪魔に
■ふつくらと春の日ふくみ光りゐる雲を見てをり無緣のものと
■消えてゆく記憶のつくる空白を間と呼ぶならば間拔けて老後
■わが影を盗みに來たる何ものか誰何のこゑに夜と名のりて
■無敵なる生きものヒトは永遠に殖しつつ餓ゑてゆくのか

■魏の人の耳が拾ひしわやわれやわれわれかくてわの國倭國

■さんぱつにゆかうと思ふとりあへず角はかくして人の顏して
■醉眼のわれを呼ぶこゑ眠りへと誘ふかすでに死者としてゆくか
■進化などそろそろやめむこの星をなまけものへと託してさらば
■頸を切り後遺症にてひだり眉なかば禿げたることありむかし
■ローマ字と數字に埋まる腕時計唯一漢字の曜日の具體

■腦内の闇をはらふにわれは今もランプをともすたとへば詩歌

■かろやかに冬の日浴みてわがをるはやまひのはての命の翳か
■とぼとぼと夢にわがゆくまちなみは窓多くして扉なかりき
■心電圖とりてたのしき山や谷草木なけれどわれはあゆめる
■鷄卵を割りては喰らふ日常にわれをりいのちたふとしなどと

■眠りより覺めて思ふは眠りつつ死にたる人のつひのしあはせ
■靈柩車ゆくは火葬場日ごと日ごと腎臟などをこんがり燒きに
■醉ふほどにゼロてふやさしき數の中わが棲む街のありと思ほゆ
■惱みきてわが立つ街の十字路はこころ四方に引き裂く痛み
■夢を見るわれを夢見むそのわれをさらに夢見てひと世は果てむ

 *1・17
■かの日かの巨大地震に搖られつつ思ひしことはつひにわが事

■見えぬゆゑ何もなき闇見えぬゆゑあらゆるものの溢れゐる闇
■この日ごろわれ透きとほりゆくものを影はしとたれか指さす
■ひとり言つぶやく女を避けとほる人の流れにわれもまたをり
■首を吊り風に搖らるるわが姿いとふならねどけふも生きをり
■あまりにも具體的なる話ゆゑ小説みたいとお世辭をいへり
■おもしろき話なるらし本人が笑つてゐるゆゑわれも笑はむ
■コノ世界破滅ハ近シスグ逃ゲヨ公衆便所に赤き矢印

■願はくは無一物にて逝きたしともの捨てをれど本のみえゆく
■書を捨つる基準を問へば讀まぬまま積み置く本をまづは賣れよと
■絨毯を買ふたのしみはこの中のどれかがきつと飛べる一枚
■光る鍵道に拾ひぬいづこにかわれを待ちゐむドアの親しさ
■生きるもよし死んでもよしと思ひ決めさてとりあへず今宵は酒を

■おくゆきやはばやたかさといふよりもただひろびろとありたし心は

■鏡にはかならずわれがゐるゆゑに値札を付けて賣つてしまへり
■戰爭をたのしむための第一課まづはやめよう考へることを
■草や樹や蟲やけものを驅逐して建てたる家に無菌の子供

■地球儀を見つつ七十億の人そこに棲みゐる無殘を思へり
■少女へとかへるたくらみをんならが顏に塗りゐる色つきの土
■飛行機が墜ちたるニュースのその前に飛びゐることの何と恐ろし
■智慧の實をこばまばさびし樂園にアダムはひとりとはのいのちを
■透析を理由にすればたいていのわがままがきく嫌はれながらも

■死は漢語ゆくはあの世を信じ得ずわれはなくなることに決めおく

■今といふこのかたまりが解けてゆく時とは解くといにしへ人は
■刀子てふ今ならナイフのごときもの人を脅すにどすと呼ぶとや
■戸やとびら何かひらひらするやうでどこへもゆくなと鍵かけておく
■ほといふは帆も穗も頬頬もまほろばもふつくらゆたにやさしきところ

■窓はまた異界のものが部屋うちを覗く穴なりときに眼があふ
■寢室のあかりを消せばわが影も消えてこの身を解き放つ闇
■なゐふるとかがみ一枚落ちて割る覗けばわれも碎けてをりぬ
■死にゆくと人は言へどもゆくといふそのゆく先にあてなどなくて
■自轉車と書いてをかしやおのづからころがりゆくは人の在りやう
■渦卷の流れにとらはれ沈むごみ渦をのがれて流れゆくごみ
■城山と名のみ殘して戰國の城すでになく古墳は眠る

■むかしむかし不定時法のいまごろは暮六つなりてふやさしき時間

■維新とや王政復古はこの國を千年むかしへタイムスリップ
■歷史とはうしろすがたの時たちの見えぬ顏など探せるあそび
■雨の日の暗き部屋なりわが腦もかくやとあわてて明りをともす
■字に書けば弱きさかなのいわし喰ふ骨がりがりと丸ごと喰らふ
■鼻に穴耳にも穴のあいてをりわが腦球は出はひり自由

■孕むてふその文字かくもいたいたし子は確實に母を切り裂く
■わが死後はひつぎも要らず墓もなしただ美しき灰となりたし
■靴音がわれより先にいづこへか消えてしまへり靴など買はむ
■分身の術を學びて明日よりはそのうち一人を透析がかりに
■貝殼を殘すに似たり石に名を彫りてならべる墓原むなし

■それ時は崩壞なればわが時計0:00と虛無をうそぶく

■人體のかくやはらかき在りやうは壞れて腐る途中のすがた
■いにしへはきんきらきんの佛像が何を恥ぢてか闇にずむ
■飛行船ごみのごときかきものひとつ捨てたりあれはわれなり
■深夜ふいに鏡中のわれ立ちあがりいづこへか行き歸り來たらず
■たれか咳たれかのいびきそれよりも世間話にわが歌壞るる

■嵐の日夜の濁流に身を投げていのち終はらむなどと秋思ふ
■たばこなど吸ひて憩ひしあのころはき肺もて君と語れり
■方形はほろびやすきかまだ明かき部屋の隅には闇のさきがけ
■もう少しまともなところに住みたしとごきぶり相手に酒の愚癡など
■塵として風に吹かれて死にゆけるかのインヴェイダーに憧れやまず
■日本てふこの簡明な國のさま海にうかびて波とたはむる

■いのちなり時計の針と透析の機械が廻りまはりつづけて
■樹の上にたれか呼びゐる樹の上はふるさとなりきわれら人類
■咲く花の咲くてふことのいとなみを人にたとへむ噓をつくことと
■わがノウトいつごろよりかはたはたと羽ばたくことを覺えて眞白
■野に人の氣配のなきはすでにしてプラスティックの地球のさ

■腎臟がこはれ冷えゆくはらわたに熱砂のふくろ詰めてけふあす