投石日記

日野樹男
つながれて機械をめぐる血の流れ生は死の影死は生の影

日野樹男句集(6)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(6)


■われ自由きみ自在なれ春の雲

■春の夢覺めて重たき頭蓋骨
■うららかや石やはらかくてのひらに
■のどかさに猫ところがる老後かな
■はうれん草媚藥はみどり色の壜

■春燈としてたましひの薄あかり
■春眠やうつつも夢のひとつにて
■ヒト科よりネコ科にちかく春にゐる
■毒藥の小壜にさして花すみれ

■暗のかけらひじきとして食す

■孤獨死といふ死に方も鳥雲に
■わたつみも鉢のもづくも混沌と
■かざぐるまふたごに違ふ風の色
■象を見にきて獸園は春の雨
■人の棲む家のかたちに蔦若葉

■春の風紙折れば紙飛行機に
■春風に押されて步む人となる
■ほろほろと身は陽炎のなすがまま
■嬉嬉として春の瀧へと春の川

■ぜんまいの何を握つてゐるいのち

■日記には初蝶のこと書きしのみ
■終はりなき惡夢も春の夢なりき
■戀猫の戀の子細は闇の奧
■透析の除水も春の水として

■軍服に色あるふしぎ昭和の春
■冬眠を終へて穴出るこんな顏
■思ひ出をかたちにすれば春の雪
■いやおひの草木とむかしたけくらべ
■四季あれど君が生まれし春をまづ

■隣人はたぬきと思ふことにせり
■大根であるのに理由は要らぬらし
■老いてなほブルゾンの背に虎をふ
■盆梅のてんてんてんとまだつぼみ
■梅の木に梅の花咲くなつかしや

■「赤紙が切符がはりの冬の旅」

■樹も人も夢を見てゐる返り花
■紙漉いて白紙といふも紙の色
■別の世のひかり壁なす冬障子
■時に音ありしむかしや夜の雪
■先の世の思ひ出ひとつ冬すみれ
■もがり笛身を鳴り出づるかなしみや
■冬あかねむかしたれかに戀をして

■冬帝の統ぶるは白との國

■豆腐から凍り豆腐へわが晩年
■寄鍋に煮られて終はる生もがな
■スキャンして輪切りの腦は冬の花
■どん底にさらに底ある寒さかな

■ラジオより火事に燒かれし人の數
■テレビ見てをれど前世はかまど猫

■ころすほど人戀しくて雪をんな
■にんげんが死んでてぶくろが殘る
■鰭酒やあたつたつもりの籤を買ふ
■道きいてゆくはポワロか冬

■かはやにて一句初湯でまた一句
■天國へゆきたしされど著ぶくれて
■ゆく年のうしろ姿にあるつばさ

■枯れ切つてしまへ捨て切つてしまはうよ

■闇鍋のごとき夫婦でありしかな
■はるかなる思ひの他は枯れ果てぬ
■次の世のあつてもなくても日向ぼこ
■古ごよみ透析の日の×の數

■心にもあかぎれあるをいかにせむ

■壞れたる腎臟ふたつ火が戀し
■冬れてあつけらかんと友逝けり
■いのちまで枯れて蟷螂動かざる
■散り敷いて銀杏落葉はながら
■銀杏落葉しをりに悲劇讀みつづく
■空へふとん舌出すごとく干す

■國境といふあいまいを霧の中
■霧はるるなかれよ殺し終はるまで
■くるくると林檎剝かれてなほ林檎
■言葉よりまづは林檎のかくありき

■林檎齧り宇宙が少しかるくなる

■もう一枚切手を足して銀河まで
■あら紅葉きれいとモノクロ映畫かな
■密造の密はたのしきにごり酒

■きのこ狩りときには狩られてしまふ人
■さびしくてきのこになつてしまひたり
■あの人もきのこになつてきのこ山

■は人を人は案山子をつくりたる

■秋風や人なら先をいそぐ人
■まだ少し異國なまりの小鳥來る
■誰がための森の音樂木の實落つ
■告白に似たり石榴の實の裂けて

■わが飛べば夢にかならず霞網
■へうたん父の姿にくびれをり
■とりかぶと毒といふ字の中の母
■雨月わが求めて得たる夜のごと
■旅果ててどんぐりひとつポケットに

■梨剝くを理由に刃物を買ひにゆく

■秋聲に呼び止められて病む身かな
■葡萄食む塗られて赤き唇をあけ
■月下ゆく人みな屍衣をまとふのみ
■モナリザに睨みかへされ夏の果て

■人は影月に踊るも踊らぬも
■登高のいただき丸き古墳かな
■蚯蚓鳴くあれは未生の父と母
■颱風の眼はうつくしき眼と思ふ
■水鏡とんぼが考へこんでゐる


日野樹男句集(7)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(7)


■戰爭へ芋蟲ゆつくり急ぎ足
■いわし雲整列なんて大嫌ひ
■右ひだり次にかまきりわれを見る
■木に登る魚も汗かく殘暑かな

■折りたたみ式ががんぼもにんげんも

■遠き日の蠅取り紙の蠅に貌
■少年の草矢はあはき戀ごころ
■夏野ゆく蝶の棺をポケットに
■手の先に線香花火といふ異界
■髭一本殘るおとがひ夏瘦せぬ
■騙されて死んでゆく眼の誘蛾燈
■乳母車犬が顏出す暑さかな

■にんげんをやめてこのまま平泳ぎ

■陰に腦を冷やしてゐる猫と
■人の世へつながる傾斜蟻地獄
■喉といふ冷やし素麺のための穴
■バルコンに車椅子押す殺意かな

■蟲干しの本につたなき戀の文
■花茣蓙の花に似てゐる古き戀
■飛べさうで飛べぬ夢見て扇風機
■絲とんぼ身はこれほどにあれば足る
■幼くて蟹とジャンケン負けてをり

■端居せりこの世の端にゐるわれも

■人はみな旅人たれと夏木立
■虛空城あるじは蜘蛛の姿なり
■夏あはれ少女の脚のほそきこと
■遠き瞳を君からかくすサングラス
■ごきぶりと折りあひ終の棲處かな

■あの赤き星へゆきたし猫を連れ
■とほく見る虹の眞下の人ともし
■みなづきの水の底なるわが家系
■梅雨だねと話すふたりも雨の中
■色のとかげいつでも不審顏

■釣られても釣られても鮎の目指すところ

■城山に城なき春を惜しむかな
■透析のパジャマもけふの衣更へ
■これもまた一期一會や百足打つ
■いまならば黃泉へと續く木下闇

■姉よりもアネモネ戀し濃むらさき
■薔薇咲かせゐる眞實を隱すため
■薔薇よりも美しきもの薔薇の蕾

■人間であらうとさくらに誓ふかな

■春眠や見果てぬ夢をもう一度
■針恃むもののふ蜂の面がまへ
■逃げ水の逃げて甲斐なきことばかり
■悟らざるゆゑに花なり坐禪草
■透析の膜でも濾せぬ春うれひ

■天皇を問ふ憲法の記念日に
■第一章いつまで憲法記念の日

■春の夢たれかを殺しそこねたり
■窓邊へと地球儀移す春うらら
■蒼天を繼ぐべき子らよ鳥交る
■すかんぽやなべて愚かに少年期

■君が方に春雷ありと追伸に
■春の空紙飛行機にも乘れさうな
■春愁や猫呼ぶこゑに猫のこゑ
■地の蟲に天の翅得て蝶生まる
■蝶飛んで蝶の音樂音もなく

■さくらまでまた來年のさくらまで

■あめつちの間に呱呱たり初ざくら
■夕ざくら夜ざくらさらに夢ざくら
■さくら狩り人をいとひて人の中
■乘らばやなわが逝くかたへ花筏
■落花飛花あふげば赤き複葉機

■人の逝くすなはち春の塵として
■命あるかぎりは野火を眼に消さず
■還らざるものぞ戀しき潮まねき
■目に見えてつちふるけふの時の嵩

■たんぽぽはきつと百年後のわたし

■胸中に春泥かくも深きところ
■蛇といへど穴を出でしはすこやかに
■目を刺して目刺と呼びし古人かな
■透析中捨蠶てふ季語見てしまふ

■ため息を紙風船にかへて戀
■薄ごほり覗けば見ゆる地獄かな
■まだ私語として公園に春のこゑ

■いざや野に種蒔く人と呼ばれてむ

■たぬき汁かちかち山はけふも
■野に噂充ちてうさぎの耳いそがし
■地にあらば冬三日月は王者の劍
■二月盡目ぐすり一滴落ちてくる

■人の世の何とおそろし鬼は外
■曇天のごときをかぶる冬帽子
■熱燗や政治家阿呆と議は決す
■わが步み女がしとね犯しつつ
■人喰つてきたる顏して寒がらす

■ひとり寢の電氣毛布にかわく愛

■瀧凍る時間はとまる人は病む
■マフラーを捲くやいつでも死は隣り
■どてら著てまだしばらくは生きてゆく
■生きのびて人生おまけおでんに酒
■ふりむけばきのふや寒き影法師
■寒がらす鳴くや鳥語は簡明に
■考へる人も枯木も無一物

■ことさらにいのちの息を白く吐く

■あらたまの年の始めの血を洗ふ
■はつ夢に透析こばむ男ゐて
■かじかむ手かじかむ手もて愛ほしむ
■仁なりや義なりや焚火に面あぶる
■病む身にも隙間のありて隙間風


日野樹男句集(8)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(8)


■木枯やこの身を盾に何を守る
■惡夢とは生きてゆく日日日記買ふ
■年惜しむいのちを惜しむ日を惜し

■煉炭や生きてさびしき人にも孔

■冬の雷一列車みな他人のみ
■一枚の枯葉となつてまだ散らず
■ふわふわと宙に浮くまで日向ぼこ
■寒林に入りて罪あるごとくゐる
■いづこへと訊かぬ別れや冬の蝶
■鏡中にわれ鑛物として冷ゆる

■茂平次のへのへの睨む秋の空
■思考するじやが芋ひとつ首の上
■歸らざる旅人いづこましら酒
■戰爭はどんぐり彈でいたしませう

■病むわれも途方に暮れて穴惑ひ

■水澄めよ湖底に死者の見ゆるまで
■書を閉づやふいの秋思に耐へかねて
■椋鳥のひとついのちのごとく群れ
■紅葉狩りあの世この世と境なし
■邯鄲の夢の途上や秋を病む

■にんげんの毒もあつめてわらひ茸
■ほんたうはひとりはさびし毒きのこ
■もう木の子やめたくなつて步きだす

■野良猫といふ生き方や草は實に
■きのふけふあすへと草の花の宴
■掌に石榴少年の日にも憂ひありき

■種採つてゐる來年も生きたくて
■ふるさとはたとへば白き曼珠沙華
■しびと花すてご花みな曼珠沙華
■石の上に石をかさねて秋の墓

■蟲の貌三角形に男前
■月へゆく醉漢ひとり坂の街
■ちんもくは金かなしみは銀の月
■いなづまやにもあるてふ凹と凸
■秋光や影も病みつつ地に壁に

■永遠は刹那の中に星流る
■銀漢や一星亡びてこともなし

■赤とんぼ赤く生まれてうれしくて

■かなかなや繩文彌生のこゑのまま
■たたかねばいのち忘れて鉦たたき
■片かなとひらがなとある蟲のこゑ

■夏草に隱るるあそびにひと世過ぎ

■絶望をかたちにすれば金魚玉
■金魚にも理由はあらう人を見る
■正直に生きてくらげは透きとほる
■蛇の皮脱いでも脱いでも蛇のまま

■しつかりと捲いて隱さうキャベツの祕密

■河童忌の鏡の中にもゐる河童
■駿河屋のむすめ歌詠む洗ひ髮
■夜店にはきのふばかりが賣られゐる
■籐椅子に坐れば死後に在るごとし

■思はずや草木蟲魚の原爆忌

■ほたる掌にひかりを奪ふべきや否
■毛蟲たることは罪なり火刑とす
■かうもりと逆さに見たる世間虛假
■萬やみどりの語源水なりと

■椅子ふたつあれど獨りの冷酒かな
■水の字を水にうかべてあめんばう
■たまゆらを花王と呼ばれゐる哀れ
■噴水のちから及ばぬ高さかな

■夕燒けに燃え殘りたる愛を信ず

■透析の除水けだるく梅雨に入る
■とりどりに雨に色ある花菖蒲
■生も死も同じこころに櫻桃忌
■時の日のこころの時を漏刻で

■人に智慧草に毒ある芥子の花

■蟻よりも小さくなりて地下の街
■いまだ手の觸れぬ白なり手毬花
■かたつむり病やしなふ身に似たり
■足るを知るけふの幸なり豆御

■凧と人つながる絲の見えぬまま
■むらさきの眠りぐすりに春の夢
■病みてよりひとつ朧として步む
■何もかも捨てて土筆のごとくゐる
■人間も文字ものどかに欠かな

■氣がつけばきのふの蝶を待つてをり

■人體の穴もゆるびて春うらら
■覺めてなほ透析つづく春の夢
■透析に春たけなはの日も過ぎて
■戀や否春のゆふやけ見たるのみ

■豆よりも豆の花こそ死後の糧

■人つどふさくらの花へ人の死へ
■櫻さくらそのまま夢に咲くさくら
■愚かなるけふのひと日も花のせゐ
■犬の眼に天上の花としてさくら
■花守とならばや淡き戀やぶれ

■生きてゆく人もみどりに草萌ゆる

■春光や石にも花の咲く日あれ
■拾はれて人の掌に咲くさくら貝
■エイプリルフール卽ち三鬼の忌
■美しきマリア戀しと繪は踏まず
■善き人は海市に棲むと傳へあり

■人間と人參つひにおなじもの
■雛市のたれも選ばぬ雛のこと
■蟹蒲に晩酌一合多喜二の忌
■すこやかに生きゐる人は耕せり
■淡雪の地までとどかぬ片思ひ

■獨りとはこの身ひとつと冬の影


日野樹男句集(9)

2016年01月11日 | 句集

日野樹男句集(9)


■燒鳥の串に殺意もひとりごと
■鮟鱇の切り身やいのちうつくしき
■餠を燒くこころまづしき者として
■おもひでの櫻なりしが冬木かな

■地球いま冬の銀河の中にあり

■病得て懺悔に似たる返り花
■誘はれて小春日和の中にゐる
■湯豆腐や潰えし夢の數いくつ
■かなしみをやどす瞳に冬薔薇

■冬天に何もなきゆゑ見つめゐつ

■天上天下唯我獨尊雪が降る
■火口湖は鮮血たたへゐたり冬
■一指にて石は枯野によみがへる

■君たちはすつくと立つて枯れてゐる

■知人が他人と步いてゐる時雨
■囮めく人ひとりゐる枯野かな
■金銀の火事をめでたる聖者の手
■冬天ゆ天女ついらくしつつあり

■木製の子宮を出でし文月かな

■地下室にひまはり朝の蜜を溜め
■無言歌の無言を歌ふぶたくさや
■首吊るや胡桃くの一九九の果て
■滿月の鐡塔一點を指す疲れ

■市民A薔薇を兇器として愛す

■その蝶やわが蝶葬の泣き女
■死の旗へんぽんと花ふぶき
■肉化史をひもとく蝶の嘔吐かな
■なはとびの少女おびただしき少女
■花明かりして年は目覺めたり
■ジパングも黃泉も黃金や蝶の春

■指切りの幼年にじむ血のにほひ


2015年06月28日(日)

2015年06月28日 | 記錄

◎透析室での俳句や短歌作りは止めた。
◎隣のベッドがうるさくてどうにもならない。もちろんずつと喋つてゐるわけではない。ただ、現在の隣人は若くて元氣、それに話題豐富で話好きな人氣者なのだ。私のやうな老人患者とは全く口を利かないが、看護師と話をするのは大好きらしい。暇な看護師や助手を相手にこまめに話の種を蒔き續けたのが效果的だつたやうで、仕事をさぼつて話し込みに來る怠け者がえた。それぞれがほんの時たまとはいつても、相手はひとりふたりではない。私が五七五と指折り數へて俳句や短歌を作つてゐるときも、眼をしよぼつかせて本を讀んでゐるときも、あるいは氣持ちよくすやすやと寢てゐるときも、一切お構ひなし。女たちの甲高い話し聲や笑ひ聲ですべて中斷。趣味の水泳絡みの筋肉ばなしや、彼が無料でソフトを配つてゐるテレビドラマ絡みの藝能ばなしなど、何が面白いのか他の患者の迷惑も考へずに熱心に長長と話し込んでゐる。話し終へると滿足してどこかへ消えるが、そのうちまた別のがやつて來る。すぐ隣のベッドの出來事だから私にはどこにも逃げ場がない。何しろ2本も太い管を刺されて透析中なのだ。氣色惡くて私の腦はもうぼろぼろ。仕事中にこんなところでさぼつてゐてもいいのかと不審に思ふが、もしかしたらあの女たちはこの傍迷惑な無駄話も患者相手の仕事のつもりなのかも知れない。恥知らずな馬鹿騷ぎが仕事!? WAHAHAHAとローマ字で笑ふしかない。

◎といふことで、私はもうくたくたです。人生の阿呆らしさに心底疲れ果て、今は耳栓をし眼を瞑つてただひたすら透析が終はるのを待つだけ。透析室が地獄であることを改めて思ひ知りました。從つて「投石日記」の定期更新は二度とありません。長い間ありがたうございました。


まぐりつと

2015年05月30日 | 短歌

■マグリット君の描きし空中に浮かべる樹さへ根をもついのち


きみはしんじゆ

2015年05月29日 | 俳句

■君は新樹明日より他の時を知らず


てをかざし

2015年05月28日 | 短歌

■手をかざしわれの額に何ごとか念をおくりし彼女らのその後


くわともひとも

2015年05月27日 | 俳句

■蝌蚪も人も群れてたのしき地球かな


せんさうが

2015年05月26日 | 短歌

■戰爭がとつても好きなアメリカの同盟國なり皇國ばんざい


はなのたね

2015年05月25日 | 俳句

■花の種まくや咲くまで生きるため


いきものと

2015年05月23日 | 短歌

■生きものと生まれし不幸こはれゆく速さよわれはすでにぼろぼろ


よつあしの

2015年05月22日 | 俳句

■四つ脚のままのしあはせ猫の戀


さかなには

2015年05月21日 | 短歌

■魚には脚なきことのしあはせをグルコサミンなど飮みて思へる


しあはせと

2015年05月20日 | 俳句

■しあはせといふこと春泥あるがまま