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追憶の欠片№12

2017-12-26 09:31:22 | 日記・エッセイ・コラム

昨日(25日)の朝 Monsieurは最も好まなかった家具を使う事を決めた それは炬燵である 年末年始から使う事を決めた                                                       使おうと思う理由は二つある その一つは超零細企業を開業と同時に購入したコーナーを跨ぐ 超大型のソファーの本革が                                                     破れたからである もう一つは食事が終わる毎に妻のミッチョン桜が夢心地に成り うとうとし乍ら 舟を漕いでいる姿を                                                     目にするからである 残りは・・・・流れ行く時間を愉しみながら 天国に導かれる 炬燵は必要な道具であると思えた

手始めにインターネットを開いてみた 絨毯を探すためである 2畳ほどの大きさの75万ノットの絨毯を見つけた 色と図柄が                                                    ミッチョン桜に似合いそうな絨毯であった 訳あり商品なのかディスカウントされていた ミッチョン桜が気に入ったので購入                                                       手続きを取った 次に炬燵の設置場所の確保である 大型ソファーを処分する事を決断 青梅市の粗大ごみを処分場に2回に                                                  分けて運んで行った Monsieurより先輩の方々が子供に促されるように処分場で淋しく佇んでいた

今 H社を途中下車した後も普通の暮らしが出来るのはこのソファーに座った友人達のお助け行為があったからである もう一つ                                                    簿記や庶務の知識がない中 妻が身を粉にして助けてくれたからである 4社の技術顧問生活をしていた時期があった 白々明けて                                                                 くる時間にレポートを作り上げる事もシバシバあった その儘 始発の電車に乗って会社訪問をした 思い出させば 何回か                                                                このソファーで妻を抱きしめた事があった 光陰矢の如し 火が燃えるがごとくに生きたあの時間は戻ってこない

何故 Monsieurは炬燵を好ましくないと思ったのかというと・・・・お尻が重たくなるからである 炬燵に入っている人にもの                                                         を頼むと 必ず言い訳が返って来ると思うからである 言い訳を聴いている時間がMonsieurにとっては魔の時間と思ってしまう                                                            からである この頃のMonsieurの人生の価値の尺度は時間であった お金を稼ぐという意識から生まれる行為よりも お助けして                                                くれた友人のお役に立ちたい 縁の下の力持ちに成りたい この生き方が今 普通の暮らしが出来来ている土台に成ったのか

今度の正月は孫と一緒にふっかふかの絨毯に炬燵をおいて 炬燵の上に蜜柑を置いて・・・・ゴロゴロごろ寝(!) 天国に逝くの                                               が悲しいけれど 淋しいけれど 人に残された最後の仕事なのかも 炬燵生活はMonsieurからの妻へのプレゼントである

2017-12-26 monsieur