ふりかえれば、フランス。

かつて住んでいたフランス。日本とは似ても似つかぬ国ですが、この国を鏡に日本を見ると、あら不思議、いろいろと見えてきます。

光と影が交錯する、科学とフランス人の微妙な関係。

2011-06-25 21:23:21 | 社会
科学技術の発展は日進月歩・・・以前よく言われました。「もはや戦後ではない」と言われた1956年以降の、白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫という三種の神器に始まり、1960年代中頃からのカラーテレビ、クーラー、クルマの3C、そして21世紀に入ってからのデジカメ、DVDレコーダー、薄型テレビというデジタル三種の神器。それ以外にも様々な家電製品や交通機関などが、科学技術の進歩を目に見える形で示してくれました。

それが今日では、ナノテクノロジーを始め、神経科学、遺伝子科学など、目に見えない形での進歩が報告されています。それだけに、進歩が実感できなく、逆に問題が指摘されるや不安感だけが大きく膨らんでしまったりします。21世紀、科学と人間の関係は・・・15日の『ル・モンド』(電子版)が、フランスでの状況を伝えています。

あなたは、科学者が自らの研究成果について真実を語っていると確信していますか? ・・・この質問に、肯定的な答えをしたフランス人は半分しかいなかった。この点が、調査会社Ipsosがフランス人と科学の関係について行った調査の中で最も印象的であり、かつ不安にさせる項目だ。調査結果の詳細は、16日にコレージュ・ド・フランスで行われる「科学、研究と社会」というフォーラムで発表されることになっている。

遺伝子組み換え作物(OGM:les organismes génétiquement modifiés)と原子力(le nucléaire)が、科学者の言説が最も信頼されていない分野であり、調査対象者の三分の二が不信感を抱いている。気候に関しては、信頼が辛うじて不信を上回った。これら遺伝子組み換え作物、原子力、気候がフランス人にとって特に関心のある科学分野であり、それだけに明確な反応となっている。

他の分野、例えば、ナノテクノロジー、神経科学(ニューロサイエンス)、培養細胞株などは、良く知らないということで、不信を抱く人は信頼する人を下回っているが、信頼すると回答した人も対象者の50%には達していない。列挙した項目のうち、新エネルギーのみが科学者の誠実さが信頼を得ている分野だ。

しかし、こうした科学や科学者に対する不信は自己矛盾を起こしているようだ。回答者の四分の三が、科学と技術は人間が今日直面している問題を解決するだろう、と考えているのだ。科学技術はやがてエイズ、癌、アルツハイマーといった世紀の病気の治療、自然災害の予想、飢饉や渇水の解決を実現するだろうと思っており、また半数以上の回答者が地球温暖化も解決できるだろうと考えている。

さらに、回答者たちは、研究における問題点を説明したり、国民的議論を喚起することのできる科学の世界は信頼できるものだと考えている。この点においては、研究者への期待が特に高く(92%)、政府系基礎研究機関であるCNRS(Centre national de la recherche scientifique:国立科学研究センター)への信頼も86%あり、教員(65%)、科学ジャーナリスト(64%)、環境保護団体(63%)、倫理委員会(60%)に対しても、問題点の説明、議論の喚起という面では概ね信頼を置いているようだ。

一般的には科学に対して肯定的な意見が見受けられるが、ひとたび身近な話題となると、信頼感には大きなばらつきが現れる。Ipsosの専門家によれば、問いに対して肯定的な答えがすぐには出てこなくなり、情報量と認識している危険の度合いによって回答も異なってくる。危険がよく認識されている原子力や、メリットが確立されていない遺伝子組み換え作物がそのケースに当てはまる。半数近くのフランス人(43%)は、科学と技術は人間に益するよりも損害をもたらすことの方が多い、と思っている。また、科学と技術のお陰で未来の世代はより良い生活を送ることができるだろうと考えている回答者は、過半数を辛うじて超えた(56%)程度だ。

また、政治権力や産業界からの科学者の独立性が特に求められる分野で、科学技術への信頼度が最も低くなっている。遺伝子組み換え作物や原子力が、やはりこの分野の例としてあげられる。福島原発の事故の後、政府によって要請された原発の安全性に関する監査については、72%の回答者が、科学者は独自に仕事を進めることができず、その仕事の結果は信じがたいものだと考えている。

Ipsosの専門家は、また、フランス国民と科学の間に深い亀裂があるとしても、まだ完全に袂を分かってしまったわけではない、と見ている。科学技術についてより多くのことを知りたいという国民の希望はまだまだ根強い。93%が、社会の進歩を理解するためにも研究の問題点を知ることは大切だと考えており、80%の回答者がこの点に関して十分な情報や指導が与えられていないと思っている。関心のある分野では、世界情勢に次いで科学技術が文化活動と並んで高い関心を集めている。政治や経済、スポーツよりもはるかに高い関心の的になっている。

国民の成熟度を示すものとして、地球温暖化に人間が大きく関与していると考えている人が十人のうち九人に上っていることが挙げられる。後は、微妙で議論を喚起するテーマにおける研究者たちの誠実さに対する国民からの重大な不信感をいかにして研究者たちが払拭できるかにかかっているといえるが、しかし、この課題は社会全体に向けられているものでもあるのだ。

・・・ということで、科学や技術の進歩がより良い暮らしには欠かせないとは分かっていても、それらが政治や企業の影響下に置かれた場合、人は科学技術をどこまで信頼できるのだろうか、という問いが投げかけられているようです。

科学技術の進歩は素晴らしい。しかし、自らの栄達のために政治権力に魂を売ってしまっている科学者はいないのだろうか。ビジネスに不都合なことを隠し立てしている企業内科学者ないないのだろうか。

一人の人間として出世や見返りを求める科学書や技術者の気持ちもむげに否定はできません。しかし、私たちの暮らしをより良くし、次の世代に多くの夢を与えてくれる科学技術。そこへ向けられるのは、不信よりは信頼の眼差しであってほしいものです。

『ル・モンド』の記事にも出てくる福島原発の事故。その収束へ向けての取り組みに、多くの科学者や技術者が関わっています。原発の現場で働き続けている技術者もいらっしゃることでしょう。また、現場ではなくとも、寝食を忘れて問題解決に取り組んでいる科学者の方々もいらっしゃることでしょう。そうした方々が、かつての『プロジェクトX』のように、私たちに感動を与えてくれる日、つまり事故の収束が一日も早く来ることを願っています。そして同時に、権力におもねって、いい加減な言説をばらまくような科学者や技術者が現れないことも、願ってやみません。