緑の街の水先案内人

都城市で緑の街の水先案内人として移る日々を写真と日記で綴ります。

夏は来ぬ

2009年06月15日 18時32分27秒 | 健康
6月15日(月) 

今年はカラ梅雨と言う言葉を耳にしますが、今日も朝から雨模様ではありません。朝の散歩の水辺で見た光景はヒクイナの雌鳥が五羽の雛を連れて草陰から草陰へと引き連れて歩いています。雛鳥は真っ黒でボール状の形をしており、一瞬の場面かカメラを取りだした時には水草の中です。その後を牡鳥が警戒心を満杯にして後続しています。この一月の間には大雨もあったのに何処で抱卵していたのでしょうか?天敵も多い中をよくも五羽も孵化したものです。これも自然の摩訶不思議、改めて小さな空間ですが水辺の野鳥世界、生き物の生命力とはたくましいものです。



帰宅して野鳥図鑑を調べますと冬場は中国華南から東南アジアに生息して夏場に日本全土へ渡ってきます。あの不器用な飛び方で東シナ海をよく飛んでこれるなと感心します。水辺で六月に繁殖しますので、これから数も増えて水辺観察、都市部でもヒクイナに出逢う機会があるでしょう。鳴き声にも特徴があり一度憶えたら忘れません。姿は見えねど鳴き声でヒクイナの生息が分かります。



ちなみに小学校唱歌「夏は来ぬ」の歌詞を調べて見ますと、クイナは水鶏の文字で表現されており、クイナ類にはオオバン・バン・クイナ・ヒクイナ・ヒメクイナ・シマクイナ・ヤンバルクイナ・ツルクイナ・シロハラクイナと九種類が確認されています。夏は夏で自然が豊かな南九州の地です!



八月十五日に他界して十年になる弟、法事を営むから出席をと義妹から昨日連絡があり、本日の行事は全てキャンセル、朝十時半から始まった弟宅の法事に参加します。読経を上げる僧職はかっての同僚、退職されて高野山で修行を積み僧侶となった方、なるほど、こんな形で昔の親交が継続するのも人の繋がりだなと身内の事ながら思わず涙がこぼれます。老いても近親者の法事にはしんみりとなるものがあります。まして職場の同僚が僧職となりわざわざ命日に読経を上げに来て頂くとはこれ以上の供養はありません。南無阿弥陀仏。


このつがいは渡りを忘れて留鳥となったカルガモ

読経とは心を浄化する作用が有るのでしょうか、静かに阿弥陀仏の世界に誘われるのも広い宇宙空間を遊泳している気分になります。しかし、世俗から阿弥陀仏の世界を垣間見ますときにはがねの堅さを感じます。約三〇分間に及ぶ供養の席は終わりますと僧職夫妻を含めた九名での会食と故人を懐かしむ場に変わります。カラ梅雨の日に故人を偲ぶ、庭の青さが目にしみる。季節もここまで来ますと今年も夏を楽しむぞと元気を頂きます。



今日の出逢いをふり返りますと、ヒクイナ親子の光景と弟の供養に読経を上げて頂いた元同僚の心の豊かさ、繫がっていないようでどこかで繫がる光景、元は何でしょうか?小学校唱歌の歌詞に答が有るように思いました。

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