萬年山總心寺http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/f6b3ce5d4cd95bcae4576049f1845c4a
「第三代常滑城主水野監物守隆に、織田信長と徳川家康が宛てた古文書」
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/2248ccfda3a8a4168030108b6187a952
常滑城址http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/f5a4ab27231a7836dac01dcd9da3e54f
夜霧の古城http://mori-chan.cocolog-nifty.com/kojyo/2006/05/post_3cd3.html
不思議なご縁に感謝いたします。 合掌
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To at 2006 06/02 13:06 編集 返信
水野氏と中山氏
先月は、一時に中山氏のみなさんとお知り合いになれました。
愛知県・岐阜県・東京都にお住まいの、中山勝時公をご先祖とする方々です。そして惜しくも昨年なくなられた「中山氏の系譜」を著された中山文夫さんの著書にも出会うことが出来ました。
なぜか申し合わせたかのようなタイミングに、なんだか中山氏のご先祖のご託宣があったのではないかと小首を傾げました。ご縁ということなのでしょうか。
中山氏は、水野貞守以来の小河水野氏と深い縁で繋がれており、まさに十重二十重の関係があったことが解りました。
私がこのブログを始めたのも、もともと歴史にはそれほど興味を持たなかったのに、リタイアと同時に何かに取り憑かれたかのように夢中になってしまいました。なにか大きな力に動かされているように感じています。
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中山家御先祖の詳細な歴史を知る事ができたのも、偏に∞ヘロン様のブログのお陰で水野家との関わりも知る事が出来ました。今年12月に白寿になる親父に既に話しましたが、頻繁に電話を掛けて来ては、繰り返し繰り返し、何回も何回も同じ事を聞いて、その度に、この様な貴重な事を教えて下さった∞ヘロンさまに感謝だね~と繰り返しております。私も息子として本当に感謝しております。本日(6月25日)は虎ノ門菩提寺(栄寿寺)で御施餓鬼法要に行き、墓石をデジカメで撮ったのですが、天候が悪かったのと、墓石が古く(天保14年?)文字が良く見えませんでした。晴れの日に再度写真を撮ります。∞ヘロンさん大変に図々しいお願いですなのですが、書いてある内容を読んで頂けますでしょうか。!! 宜しくお願い致します。
ようこそ、マイ・ブログへお越し下さいました。(^^)
この系圖については、先述のように中山文夫氏の著された「尾張中山氏系圖」が、偶然に入手できたことから、それに倣って少し編集しただけなのです。全ては同氏と尾張中山家の方々のお力添えがあって初めて出来たものです。もちろんs.nakayama さんからいただいた史料も含まれています。
お父様が何度も系圖を御覧頂いているそうで、私の方こそお役に立てたことに、たいへん嬉しく思っております。どうかよろしくお伝え下さいませ。
それから貴墓石の陰刻文字についてですが、小生で判ることでしたからお役に立ちたいと思っておりますが、なにせその方面は素人ですので、どこまで判断できるか心配です。
先ずは菩提寺のご住職にお尋ねになるか、または墓石屋さんに解読していただいた方が確実だと思われます。餅は餅屋と云いますから……
有難う御座います。
その通りですね、まずは住職にと話してみます。!
何時も会っているのですが、墓石の文字内容まで
話した事がありませんでした。
まずは、聞いてみます。!
お役に立てなくてすみません。
和尚様が文字を判読してくださるといいですね。(^^)