∞ヘロン「水野氏ルーツ採訪記」

  ―― 水野氏史研究ノート ――

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C-1 >上世山 傳宗院

2006-06-11 18:17:11 | C-1 >小河氏系水野



上世山 傳宗院(じょうせいざん でんそういん)
  愛知県知多郡東浦町大字緒川字天白48    Visit :2005-12-14 15:10

♦由緒『東浦町誌』
本尊:延命地蔵菩薩
開創:天文年中(1532--1555)、水野対馬守與次右衛門(*1)
開山:常滑天澤院 第四世 松隠珠厳大和尚を迎えて開山
天文十五年(1546)、本貫(本籍)は緒川城主で、また寄留地の布土城主でもある水野忠分が、愛知県知多郡美浜町大字布土の領地に、当山の第三世大良喜歓大和尚を迎え、曹洞宗心月斎を開山し転住させたことから、その後は後継者もなく、南西100mにある医王山東光寺による兼務住職の状態が続いた。
明治七年(1874)、水野嶺梅大和尚が再興し、乾坤院から独立した寺格となる。
 観音堂には、十一面観世音菩薩が安置され、三十三年ごとに開帳法要が営まれている。

♦『乾坤院文書』
 宇宙山 乾坤院、創建は文明七年(1475)、本尊は大通智勝如来(胎内仏-釈迦牟尼仏)。
創建の外護者は水野貞守で逆翁宗順(1433-1488)を請して建立。
水野一族と曹洞宗の関係は、乾坤院の建立に始まり、天澤院(愛知県常滑市)、春江院(名古屋市緑区)と、この傳宗院などを相次いで開創した。これは、統治の必要性から分家を要衝に配し、他の政治勢力を従属させていく課程で、祖先祭祀のために分家がそれぞれの菩提寺を建立したことを示していると云われている。

♦『尾陽雑記』
1.傳宗院の観音は春日の作十一面立像と云々。御たけ一尺七八寸もあらんか、此寺の
  旦那也。
[系圖]
某┓__此与次右衛門事、元は下野守家来にて他名なり、しかるに信元下寂腹(*2)の女
_┃__子少かたは(ママ(*3))にて、これを与次右衛門に嫁して水野を授く、さるにより
_┃__て与次右衛門子ともは歴然信元の孫也。
_┃
_┃___法名松隠_______┏某 覺太夫佐左ヱ門養レ之
_┗┳某 善太夫母下野守信元女 ━╋某 善太夫改ニ名常空━━━某 善太夫早世
__┃_____________┗某◆
__┗某 佐左ヱ門━━━━━━━=某◆ 覺太夫 実は常空弟

[現代語訳]
 この與次右衛門の事については、元は水野下野守信元の家来であり、姓は水野ではなかった。ところが、信元が側室に産ませた娘は、身体に障害を持っており、信元はその娘を与次右衛門に嫁がせ、改姓し水野を名乗らせた。こういう理由により、与次右衛門の子供達は、信元の孫であることは歴然としている。


[註]
*1=水野対馬守與次右衛門についての出自は、寺傳にもなく最近まで未詳であったが、
『尾陽雑記』に上記の通り記載されていたことが新たに判明した。生年は不詳であるが没年は、永禄十年(1567)と伝えられている。八年後の天正三年(1575)に義父水野信元が信長により討たれた。與次右衛門の末裔については詳らかではない。
また昭和四十三年六月発行の『東浦町誌』には、その由緒を「天文元年(1532)水野守隆安叟入道全心(刈屋城主水野信近の子)の創建である」(戸田純蔵筆)と記されているが、平成十年六月発刊の同誌には、表記の通り書き改められている。
*2=「信元下寂腹」については、信元の下の「寂腹」となるが、この言葉は、大漢和、国語、古語、中日辞典などを引いてみたが、どこにも散見されなかったことから、推量した。『尾陽雑記』は孔版印刷であることから「寂腹」は誤字とも捉えられる。
なお、本日「寂腹」の「寂」の文字について、名古屋市鶴舞中央図書館で、原本の毛筆書のものと、孔版印刷されたものとを校合していただいたところ、原本でもやはり「寂」と読めると回答があったので追補する。(2006/06/18)
*3=一部不適切な表現があるが、検証のため原文のまま転載する。




☆旅硯青鷺日記
 当山を訪れたのは、上記「Visit :2005-12-14 15:10」とあるように、約6ヶ月前の冬のことで、「常滑市民俗資料館」で開催された「第三代常滑城主水野監物守隆に、織田信長と徳川家康が宛てた古文書」展を観ての帰りでした。寺務所でお庫裏様に由緒等をお尋ねしたが、生憎書いたものが見あたらず、当山の読み方以外は具体的に何も取材できなかった。『東浦町誌』には「水野対馬守」としてしか記されておらず、その実態を東浦町にも問い合わせたが不明とのことで、最近まで不詳のままでありました。今月になって他の史料収集のため『尾陽雑記』を参照していて、幸いなことに上記の項目を発見することができました。
末筆ながら、「信元下寂腹」の語句解釈につきましては、「佐々木哲学校ブログ版」の筆者佐々木哲氏に監修いただいたことに深く感謝申し上げます。


宇宙山乾坤院
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/f01e3b69944c277e7b532d70dbf6c3a1

心月斎
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/850794e5ff361cecc77efa67c815e5c2

布土城
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/22368de504d937e72b7bd99d0c1d9639

大高城と春江院
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/817563d15b46c501f1d0b754a5c73353
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/4dff9cfb9930446d65cf3b3f4dcf8f18

天澤院
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/b0e55a6d70b3390d41909b0efdfc5932

小河水野家譜
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/694986f5283c9212e7114538de019f95




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