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ヘナチョコ革命 2020年版

世界を変える・・・

「黒人と付き合っていることを注意された」アメリカでも日本でも起きている“黒人差別“。ある夫婦がいま伝えたいこと

2020-08-04 05:35:47 | 言葉刈り言葉生み
「黒人と付き合っていることを注意された」アメリカでも日本でも起きている“黒人差別“。ある夫婦がいま伝えたいこと
8/2(日) 12:32配信
https://news.yahoo.co.jp/articles/d34faa088dd54de57f947e393113b56a761ebd73?page=1
有理・デービソンさんと、ジョシュア・デービソンさん
アメリカのミネアポリスで、アフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさん(46)が5月25日、警察官に首を膝で押さえつけられ死亡した事件を発端に、「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」と訴える抗議活動が広がっている。日本での報道は減り、過ぎ去ったことのように感じられる人もいるかもしれないが、米国では現在も大規模なデモが継続的に実施されており、黒人差別の問題は存在し続けている。アメリカで「Black Lives Matter」の運動を間近で見てきた、日本人女性とアフリカ系アメリカ人男性の夫婦がいる。BuzzFeed Newsは2人に、話を聞いた。【 BuzzFeed Japan  / 冨田すみれ子】

「驚きよりも強烈な痛みと恐怖」

6月28日にニューヨーク市で開かれた集会
有理・デービソンさん(26)と、ジョシュア・デービソンさん(27)は、2019年10月に結婚し、ニューヨーク近郊の、ニュージャージー州・ハリソンで暮らしている。 ジョージ・フロイドさんの死を受け、ハリソンの隣街ニューアークでは5000人が集まって抗議をする平和的なデモも、事件の5日後にあったという。 ジョージ・フロイドさんが警察官に膝で踏みつけられている映像は、インターネット上で広く拡散され、それがきっかけとなり大きなデモに繋がった。有理さんはその映像を見た時、「驚きよりも強烈な痛みと恐怖を感じた」という。 その理由を、有理さんはこう語る。 「今までも彼のように警察による暴力によって亡くなった人たちはたくさん存在し、恐ろしいことに私たちはその事実を『差別』という名の元に、否応にも受け入れて毎日、生活しているからです」 「コロナ禍で全米が不安な中でも、こんなことが組織的に肯定されているという事実を受け止めるのに時間がかかりました」

黒人としてアメリカで生きるということ

7月25日にニューヨーク市で開かれた抗議で人々が持ち寄ったプラカード。2020年3月、自宅で就寝していたところ、手違いで警察官に射殺されたブリオナ・テイラーさんら、ジョージ・フロイド以外に警察などにより殺害された黒人の名前も連ねられている。
ジョシュアさんは、黒人としてアメリカで生活することについて、こう語る。 「黒人としてアメリカで生きるということは、どれだけ努力をして、どれだけ完璧であろうとしても『黒人である』という理由だけで、築き上げた全てを奪われることがあるということを、受け入れて生きるようなものです。黒人であるという理由で警察官にケガをさせられたり、時には命を奪われたりしてもなお、その警察官は刑罰を逃れることもあります」 「裁判官は、あなたが黒人であるという理由だけで、重い刑罰を下すこともあります。あなたがもし高級車を所有していても、『その車は盗んできたものだ』と言われることもあるのです。これらは全て、過去に何度も黒人の身に実際に起きてきたことです」

「肌の差は、私たちにとってはただの色素の違いだけど」

ジョシュアさんと有理さんの結婚写真
ジョージ・フロイドさんの事件を受け、6月には全米各地、そして東京や大阪など日本の都市を含む世界各地でも、「Black Lives Matter」のデモが実施された。 7月に入り、世界からの関心度は低くなっても、アメリカでは抗議活動が続き、一方で、黒人に対する差別や暴力、殺害も絶えない。 有理さんは、黒人であるジョシュアさんとアメリカで生活することについてこう語る。 「私と彼の肌の差は、私たちにとってはただの色素の違いですが、彼が隣にいないとき、その差が恐怖を生みます。予定より長い時間連絡が無かったり、家に帰ってくる時間がいつもより遅くなったり、デリバリーを受け取りに数分外に出ただけでも『警察に止められていないか』『誰かに肌の色が理由で突っ掛かれていないか』と思います」 「私たちが車でどこかへ出かける時も、警察の車を見るごとに緊張してしまいます。特別な理由がなくとも止められ、執拗な質問や最悪な場合、不当に逮捕される可能性がゼロではないからです」
有理さんとジョシュアさん
そのような状況の中でジョシュアさんは、有理さんが自覚している以上の神経を使い、注意を払って毎日を生活しているという。 ジョシュアさんのそのような日常は、日本で生まれ育った有理さんにとっての「普通の生活」とは程遠いものだ。しかし、有理さんは「大袈裟だと思うかもしれませんが、これが黒人としてアメリカに住むということなのだと思います」と語る。 「この状況が変わらないかぎり、私の夫や未来に生まれてくるかもしれない私たちの子どもが、次の標的にならないとは言い切れません」 黒人をパートナーに持ち、改めてここ数カ月、アメリカでの人種差別の問題を見つめ、有理さんはこう語る。 「当事者ではない私たちは、日々このシステムの中で生きる黒人たちが、辛抱強く、注意深く、恐れながら生きている事を、あたかも私たちと同じように『ただ生きている』と勘違いしていたことを自覚するべきだと思います」 「日々、同胞の悲報を聞いても、感情を押し殺して、反応できなくなっている彼らの横で、それが日常かのように『錯覚』して暮らしていたこと、そして、黒人差別に反対していればそれでいいと、それ以外の状況を黙認していたことを自覚し、自らの行動を見つめ直す必要があると思っています」

「絶対に諦めることはできない」

BLMの抗議運動
ジョシュアさんは「Black Lives Matter」は「アメリカ、そして世界が、黒人の命を他の命と同じように扱うための、私たちの世代による『努力』」だと話す。 「アメリカでは、黒人が『人間以下』の扱いをされてきて、長すぎる月日が経過しています。そのような扱いにより、多くの黒人女性や黒人男性が警察官により命を奪われてきました。このムーブメントは、そのような状況にスポットライトを当て、これまで黒人を傷つけ、命を奪ってきた警察官に罪を償わせるためのものです」(ジョシュアさん) ジョージ・フロイドさんの死は、このムーブメントの引き金となったが、警察による無実で無抵抗な黒人への射殺事件や暴行事件は他にも数えきれないほど発生している。 「市民に対して、警察官が過度な暴力を振るうことは決して許されることではありません。ましてやその市民が暴力的でなく、命乞いをしている時に暴力を振るうことはあってはなりません」 「黒人たちは、他の人たちと同等に扱われ、他の人たちと同じように命を尊重してほしいだけです。全てのアメリカ人は、同じように命を尊重され、政府や警察により守られるべきです」(ジョシュアさん) 警察による黒人への暴力や差別の連鎖を断とうとする市民の活動について、ジョシュアさんは、このように述べた。 「これまで、全ての世代の黒人は権利と自由のために闘ってきました。この問題は、解決するのに長い時間がかかります。しかし、平等のために闘い続けることは、私たち、そして次の世代の責任だと思っています。毎日のように、警察の残忍な行為により、黒人の命が奪われています。だから絶対に諦めることはできないのです」

日本の街中でも受けた、黒人差別

有理さんとジョシュアさん
有理さんとジョシュアさんは、日本で出会い、3年間の遠距離恋愛を経て結婚した。 日本で付き合っている期間や、ジョシュアさんが有理さんに会いに来日している時などに、日本でも何度も黒人差別を受けたという。 2人で街中を歩いている時にも、2人を避けたり、二度見したりする人もいた。有理さんは語る。 「一度は、コンビニで見知らぬ高齢の女性が、わざわざ私の肩を叩いて『黒人と付き合っていること』について、注意されたこともありました」 ジョシュアさんが2015年、京都に1年間、留学していた時には、電車で避けられるなどの経験もした。 アメリカでは常に警察を警戒して神経を使っているが、日本でも警察官の言動で、嫌な思いをしたという。 ジョシュアさんが当時住んでいた大学の寮からは大学や駅が遠いため、毎日、自転車で移動していた。自転車に乗っていた時、何度も警察官から、職務質問をされた。止められた理由が、「盗んだ自転車かどうか確かめるため」だったこともあったという。 日本でのそのような差別の経験を受け、有理さんは「結婚後はアメリカで生活しようと決めていました」と話す。 「アメリカでの差別の方が深刻な問題だとは自覚していた」とする一方で、「将来、黒人の子どもを育てることを考えたら、アメリカで生きる方が幸せなのではないか」と考えたという。 しかし、移住してみると、ニュースでも日々、黒人の殺害事件なども報じられ、そのような状況に対し、有理さんはこう語る。 「でも実際にアメリカに住むと、日々、映画や本、音楽で繰り返し表現される、組織的人種差別が私たちの生活に恐ろしいほど『馴染んでいる』ことを実感します」 「彼ともたくさん話をして、日本で生活することも視野に入れるべきではないかという話もしています。そうするにしても、日本社会での人種差別に向き合わなければいけません」
ポートランドなど、アメリカ各地で継続して実施されているデモでは、連邦政府の治安部隊が平和的なデモ隊に催涙ガスを発射したり、暴力を使ったりということも発生している。 有理さんは「この運動を指揮する黒人コミュニティーだけにこの偏った社会の形を変える責任や対価を背おわせることは絶対にあってはならない」と話す。 身近に起きている現実の問題として、そしてパートナーや家族、自分自身の問題としての黒人差別に対し、有理さんはこう語る。 「黒人を弾圧してきた歴史や組織的差別を作り上げた社会、彼らを利用し続けてきた政治、彼らと共存している他の人種が一丸となって、人単位の差別と社会・国単位の差別を解決していくことが不可欠だと思います」
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マルコムXの言葉

2020-07-03 16:19:51 | 言葉刈り言葉生み
マルコムXの言葉
荒このみ
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/re/k-rsc/lcs/kiyou/pdf_28-1/RitsIILCS_28.1pp.91-100ARA.pdf


「いわゆるニグロ」とマルコムXは言う。「ニグロ」と呼ぶのは白人の側であって、自分たちがそう定義しているのではない。だから自分たちは「ニグロ」ではないのだが、白人で構成されている世間がそう呼ぶので、「いわゆる」という条件をつける。これは単純なことのようで、実はマルコムX以前は誰も考えてもみなかったことだ。「ニグロ」という呼称に何となく差別と劣等意識を感じながら、それが白人の価値基準によるからそうなるのだ、と疑問を持ったものがいなかった。・・・

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ハイチをある種の「年中が解禁日」の生物学実験場している米軍

2020-07-01 08:07:00 | 言葉刈り言葉生み
2020/07/01
            
                                     
   ■米国はこれまでどのように細菌兵器を開発、製造、使用してきたか(2) 原題:細菌兵器の地政学的配備 http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-12499.html
 米国メディアは情報漏洩がないように腐心しているのだが、それにもかかわらず、米軍がハイチをある種の「年中が解禁日」の生物学実験場としていることはいくつかの情報筋から判断して間違いない。ハイチ住民は想像できるほとんど全ての実験でその対象物にされている。さらに非難されるべきことは「ボート・ピープル」になるという間違いを犯したハイチ人への処遇である。「ボート・ピープル」とはハイチにある米国病理学研究所から逃れて小型ボートで米国に流れ着く難民である。米国政府は彼らのほとんどをモルモットや実験用ネズミの代用とするためにプエルトリコに移送する。彼らはそこで米国議会やメディアの視野から消えてしまうので、複数の報告によれば、強制収容所に入れられて母国ハイチではできないあらゆる「科学的試験」の材料とされる。最近の1980年のある事例では、この収容所にいる何百人ものハイチ人男性は米軍の医師によって未知のホルモンを繰り返し注射され、女性のような乳房を持つようになった。古い記録を見ると、ハイチ人男性が同様の実験をフロリダにある公的立入り禁止の軍事基地でも受けていることがわかる。


■山本太郎『感染症と文明──共生への道』岩波新書、2011年

頁81──
「山の向こうはまた山だ」──ハイチの悲劇
 2003年から04年にかけて、ハイチに暮らしたことがある(そのときの様子は『ハイチ いのちとの闘い』に詳しい)。首都ポルトープランスにあるカポジ肉腫・日和見感染症研究所でエイズの疫学研究を行っていた。当時のハイチは──現在でもそうだが──失業率が70パーセントを超え、国民の3分の2が、1日2米ドル以下という貧困生活を送っていた。首都の路上には職のない人々が溢れていた。そんなハイチを語る言葉がある。「西半球の最貧国」「崩れ行く国」──。
 「山の向こうはまた山だ」というのは、そんなハイチの終わりなき苦難を表すことわざだ。
「ハイチはどうして、こうも貧しいのでしょうか」当時勤務していた研究所の同僚に訊いたことがある。同僚の一人は「ハイチは世界史のなかで翻弄され続けてきた。1804年の独立以降、(・・・以下略)
頁83──
 新世界と旧世界の遭遇
 植民地時代のハイチは、フランス領サンドマングと呼ばれた。世界の砂糖の4割を生産し、砂糖以外にもコーヒーや藍、カカオの生産を行う豊かな実りをもたらす植民地だった。そんなハイチがもたらす富の多くは、しかし、近代世界システムの中で中央に位置するフランスに移送され、それがフランスを豊かにすると同時にハイチを貧しい状態のまま固定する役割を果たした。(・・・以下略)
 旧世界と新世界の遭遇は、カリブ海に位置するエスパニョーラ島で起こった。
 現代のハイチとドミニカ共和国があるこの島をコロンブスが発見したのは、1492年のことだった。当時のハイチには、先住民であるタイノ・アラクワ族約50万人が暮らしていた。そこへ、ヨーロッパ人によって天然痘が持ち込まれた。流行を経験したことがなく、免疫をもたない先住民たちはひとたまりもなかった。人口は3分の1以下にまで減少した。天然痘に続いて麻疹が流行し、ジフテリアやおたふく風邪がそれに続いた。つぎつぎと現れる感染症に、タイノ・アラクワ族の人々は抵抗する力を失った。
 遺跡から発掘される土器や石器を除けば、現在のハイチに彼らの存在を伝えるものはない。ヨーロッパ人によって持ち込まれた感染症が、タイノ・アラクワ族の生活を徹底的に破壊したのである。
頁84──
・・・マラリアは奴隷貿易とともにハイチに持ち込まれた。持ち込まれたのは、マラリアだけではなかった。おそらく、病気を媒介するネッタイシマカとともに、黄熱やデング熱も落ち込まれた。

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官公庁の報告書でもないのに、書名に「白書」とつくのはなぜなのだろうか?

2020-06-28 06:22:12 | 言葉刈り言葉生み
2020/06/28
            
              大藪順子:「ブラック」という多様性。共生が当たり前の米社会でステレオタイプを疑う                           
             大藪順子は、 WiMN『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋、2020年)にも記事を書いているのだが、その本の中では他の著者が差別語「ブラック」を使っている事例が見られる(以下参照)。この記事の表題では「ブラック」となっているので、私がよく使う差別語「ブラック」と混同しそうだが、この(大藪順子)「」の用法はブラックの多様性という意味を強調して、「」をしたと考えるべきだと思う。


 ところで官公庁の報告書でもないのに、書名に「白書」とつくのはなぜなのだろうか?辞書で【黒書】を引くとこうある──こくしょ【黒書】民間機関などが独自の観点から調査して、欠点や改善点を告発・指摘する報告書。〔官庁が出す白書に対していう語〕。よって黒書の黒には何の悪も含意されてはいない。ところが、差別語「ブラック」が大氾濫する名誉白人低国では、意味を誤解される可能性が高く、もう黒書という言葉は使えないのであろう。
 差別語「ブラック」が大氾濫し、黒に悪を込めて「黒い会社」と記者が表記するこの国では──ブライアン・スティーブンソン『慈悲の気持ちで十分』の書名が「黒い司法」とつけられる正邪逆転の名誉白人低国では──もう黒書という言葉は使われないのかしれない。
 






■名誉白人低国では性暴力を批判する女性が差別語「ブラック」を使う

http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-11787.html


■警察からのセクハラが一番多い
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-11837.html


■差別語「ブラック」を使う松元千枝(ブラック企業大賞実行委員会)が学んだジャーナリズム
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-11779.html


■「てめぇ、なめてんのか!」と言えばいい・・・、「やめてください」は命令ではなく依頼、礼儀正しいお願い
http://blackisbeautiful2013.blog.fc2.com/blog-entry-11814.html



■「ブラック」という多様性。共生が当たり前の米社会でステレオタイプを疑う
大藪順子 Nobuko Oyabu 2020/06/27 18:00
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/ブラック-という多様性-共生が当たり前の米社会でステレオタイプを疑う/ar-BB161KZm?ocid=spartandhp
私が人生の半分ほど暮らして理解したアメリカは、最近流行りの「チョップドサラダ」のようなものだ。以前アメリカ社会は「人種のサラダボウル」と表現されていたが、具材がそれぞれ「個」として存在するのではなく、一緒に切られて混ぜられて共存するしかないのがアメリカだ。前回書いた人口調査から見えるアメリカの人種事情のように、すでに多様性や多文化共生はアメリカ人のDNAなのだ。
今回は個人的な見解だが、私のチョップドサラダファミリーを通して、普通の黒人の生活と、Black Lives Matterについて内側から垣間見てもらいたい。
私たち家族はミックスレイス、インターレイシャル、ブラックアジアン、マルチカルチャー、国際結婚など、気分に合わせて表現が選べるという家族だ。
どこから見ても黒人の夫は、黒人の父と、白人・アジア人・黒人の背景を持つ母との間に生まれた。彼の兄弟のパートナーたちには、フィリピン人、ラトビア人、モロッコ系フランス人、ラテン系アメリカ人と、家族みんなが集まると、ちょっと古いが「We are the world」を歌いたくなる。実際にWe are the worldを作ったのは、彼らの従兄なのだから、なおのことあの歌がフィットする。もっとも世界平和より、自分たちの平和を維持することに専念している人たちではあるけれど。
全員肌の色が違う私たち家族
夫の自覚するアイデンティティーは黒人だ。「黒人」という言葉には、一つの色では表現できない多様性が含まれている。肌の色だけでいうと我が家では、義父さんと夫のようにダークブラウンな人から、義兄姉たちや我が子のようにラテン系のような人もいれば、義母さんのように白人のような人もいる。
ただ、夫が生まれ育った60年代は、彼曰く「昔から黒人の血が1滴でも入っていたら、黒人とみなされてきた」のが常識だった。これが、今もアメリカ社会に根強く残る黒人の定義であり、差別の対象とされやすい。
「パパはブラックじゃないよ、ブラウンだよ」夫が兄弟たちとの食事の席でお互いをブラックと呼び合った時、当時5歳だった私たちの子どもが言い放った。「そうだね! 君は正しいよ」と大人たちは笑ったが、肌の色は、黒人もアジア人も白人も、茶色のグラデーションのどこかに入るのだ(ここでまたWe are the worldが聞きたい)。
興味深いことに、夫の家族は自分たちを決して「アフリカンアメリカン」と呼ばない。「ブラック」というのだ。なぜなら、アメリカの歴史の中で、黒人に対する呼び方は、時代の流れで変化する意識に合わせて変えられてきたからだ。特に白人たちの意識の変化によってカラード・ニグロ・ブラック・アフリカンアメリカンと表面上の言い方が変えられてきた。黒人にしてみれば、昔も今もブラックのまま変わらない。
夫の家族の先祖にアフリカから連れてこられた人がいたのは間違いない。だが、彼らはアメリカ中西部のミシシッピー河のほとりの小さな町で生まれ育ち、大学卒業後は一般企業に就職し、結婚して家を建て、悩みながらも幸せに生きてきた中流階級の田舎者たちだ。
夫も兄弟たちもアメリカでは普通の会社員だが、そんな黒人の姿をイメージできる人は、残念ながらあまり多くない。そもそもアメリカから入る情報は、政治・経済・ハリウッドと、広大なアメリカのほんの一部分でしかなく、その限られたビジュアルで培われてきたステレオタイプにより、黒人たちはとんだ誤解をされている。
例えば、黒人はエンターテイナーかスポーツ選手か、または貧困層でギャングみたいで怖い人というように、白人目線で作られた黒人イメージが、そのまま日本に限らずアメリカの外ではステレオタイプとして根付いてしまっている。アメリカで出会った日本人の中にも、自分が白人とでもいうように偏見に満ちた言動をする人が何人もいた。残念だがNHKが流した黒人のアニメーションが的確にステレオタイプを表していた。
そういう私自身も、大学で黒人の友達ができた時初めて、自分の潜在意識の中のステレオタイプに気づかされ、それがどれだけ間違っているかを反省させられた。
ステレオタイプは恐ろしい。ジョージ・フロイド氏が警察に殺される少し前、ニューヨークのセントラルパークでは、バードウォッチングをしていた黒人男性が、犬にリードをつけずに散歩している白人女性に「公園の決まりですから綱をしてください」と言ったところ、女性はとっさに警察に電話をし「黒人男性が私を脅迫している」と通報した。このビデオもSNSで拡散され、彼女は仕事と犬まで失った。
ちょっと厳しすぎるのではないかと思うかもしれないが、もしあの状況を立証できるものがなければ、この黒人男性の命が危なかったかもしれないのだ。黒人にとってバードウォッチングすら自由にできない社会を象徴した事件であり、ステレオタイプが人の命まで危険にさらすという事例だ。
「黒人」であるという大切なアイデンティティー
夫の兄弟の中には、白人として生きることもしようと思えばできた人もいる。みんな自分は黒人だと言う背景には、「1滴でも黒人の血が入っていれば黒人」という定義の影響が強いのは事実だが、それをマイナスとは捉えてはいないところが興味深い。多様な背景が普通に家庭内に存在し、肌の色が素晴らしく多様な黒人家庭にとって、「黒人」というのは家族の大切なアイデンティティーであり、まとめ役なのだ。
Black Lives Matterを掲げる群衆の中の多くの白人たちに、どれだけ多様なバックグラウンドを持つ人がいるだろうか。最近気軽にできるDNA鑑定により、白人だと思い込んで生きてきた人の中にも、黒人や他の有色人種の血が流れていることを知った人も多い。Black Lives Matterという言葉が他人事ではないことに、DNAによって気づいた人も多いだろう。
Black Lives Matterムーブメントとデモが要求するものは、黒人が監視されず普通に安全に暮らす権利だ。結婚によりチョップドサラダの一部になった私は、黒人の血を引く我が子にその当たり前の権利が保障されること、また自分の多様性を誇りに思い、他者を尊重する人になってほしいと心から願っている。
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ガラパゴス市長──「ガラパゴスをそんな否定的な意味で使うのは看過できない。・・・」

2020-04-29 06:29:13 | 言葉刈り言葉生み
                  
            



■『中日新聞』(2020年4月28日)社説
ガラパゴス化の岐路か コロナ禍に考える
https://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2020042802000111.html



■小林健治『差別語不快語』にんげん出版、2011年


頁150──


 最近、日本だけで通用する独自の“進化”を遂げた携帯電話が、「ガラパゴス化現象(ガラケー)」と自虐的に呼ばれていますが、当のガラパゴスに住む人々が聞いたら、どんな気持ちになるでしょうか。
 朝日新聞(2011年2月16日朝刊)の記事によれば、「日本国内で独自に発達した製品を島固有の動物にたとえる言葉だと(ガラパゴスに住む人たちに)説明したが、揶揄する響きに気づくと、皆たちまち表情が曇る」と書いています。ガラパゴスの市長も、「ガラパゴスをそんな否定的な意味で使うのは看過できない。わがエクアドルの駐日大使に知らせて日本政府に抗議しなくちゃいかん」と眉間にしわを寄せ、不快感をあらわにした、とあります。悪気のないたとえであっても、その比喩に使われる国や地域の人々の心情は別のものです。注意を要する事柄です。


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