★欧米の 正体見たり ガザホロコースト
★アンドレ・ヴルチェク:第二次世界大戦後の世界では、5000万から5500万とも言われる数の人々が西側諸国の植民地主義や新植民地主義の結果、亡くなっています。この比較的短い期間に、人類史上、最大とも言える虐殺がおこなわれてきました。その多くは自由とか民主主義といった崇高なスローガンを掲げておこなわれている。
この頃話題の米国際開発庁──(USAID):United States Agency for International DevelopmenUSAID──問題。大昔のコスタ・ガヴラス監督の映画『戒厳令』。 1970年代、軍事政権になる前の緊迫した情勢下にあったウルグアイで、国際開発局(USAID)に勤務するイタリア系アメリカ人の技師フィリップ・マイケル・サントーレが左翼ゲリラに誘拐されて物語が始まる。この映画がDVD化されていれば良いのだが、そういう重要なことはなかなか起きない。
映画も選んで見れば良いことがあり、例えば、映画『ナイロビの蜂』『誰がハマーショルドを殺したか』『コレクティブ 国家の嘘』などを見れば、mRNA脂質ナノ粒子製剤「ワクチン」は打たないと思われる。南アではエイズ「ワクチン」と詐称され、エイズウイルス入りの「ワクチン」が無料で打たれた。これはMI6傘下の組織の仕業。
また映画『マミー』(二村真弘監督)も皇国ナチス国(名誉白人低国)の司法の腐敗のひどさを知るための必見の映画。無実の死刑囚・林眞須美さんは毎朝殺されている。
★「釣り合いをとるためには、死刑に処せられる犯罪人は、自分の犠牲者に、あらかじめ恐るべき死を強制する日を予告し、そのとき以後、相手を何ヶ月もの間、自分の意のままに監禁しつづけた人間でなければならないだろう。そこまで極悪非道な人間は、通常は見られない。(『ギロチン』アルベール・カミュより、注:『死の影の谷間から』ムミア・アブ=ジャマール/今井恭平訳/現代人文社より孫引き)
ちなみに飯塚事件(第二の足利事件)の無実の久間三千年死刑囚 2008年10月28日、福岡拘置所で死刑執行された。麻生内閣で法務大臣・森英介在任中は、飯塚事件の被告人など9人の死刑囚の死刑執行命令を発令。
死刑制度があり、トンデモ司法(警察・検察・裁判官がトンデモ)なら当然ながら無実の死刑囚も処刑される。
映画の話題から話はそれたが、要するに自由とか民主主義の名の下に白人至上主義の欧米植民地主義国は世界中で殺戮を繰り返してきた。
その化けの皮が完全にはがれたのがシオニスト・ナチによる「食料も、水も、電気も、燃料も、医薬品もない」ガザ絶滅収容所での公開大量虐殺への全面支援。ナチスの親玉アメリカの役割は際だっているが、ドイツも英国も目くそ鼻くそ。
シオニスト・ナチ問題は極めて簡単で、複雑さなど何もない。白人至上主義による入植者植民地主義は悪いに決まっている。米大陸で起きたことも豪大陸で起きたことも先住民の民族浄化だ。欧米の白人至上主義者が歴史をちゃんと真摯に反省していたら、シオニスト・ナチなどいう国は存在しない。
さらに付け加えるなら、この国の住民には聖書はなじみが薄いが、シオニスト・ナチは虐殺奨励文学書の聖書を使うカルト国家であるということ。そう、「聖書が土地台帳、神が不動産屋」(エイアル・シヴァン)の入植者植民地主義だ。
カルト国家の教祖(戦争犯罪人ネタニヤフ)はこう言っている。
★ベンヤミン・ネタニヤフ:「アマレクがあなたにしたことを思い出してください」(申命記25:17)。 私たちは思い出し、戦います。※旧約聖書:サムエル記上:15章: 3節 今、行ってアマレクを撃ち、そのすべての持ち物を滅ぼしつくせ。彼らをゆるすな。男も女も、幼な子も乳飲み子も、牛も羊も、らくだも、ろばも皆、殺せ。
洗脳されたカルト民の兵士は赤ちゃんを殺して喜ぶ。
★イラン・パペ:私は1999年に、イスラエルのカリキュラムを見ると、このシステムの次の卒業生は、自分自身にとっても他人にとっても、極端で危険な人種差別主義者の狂信者になるだろうと警告する記事を書いた。
残念ながら、私は絶対に正しかった。これは、ゆりかごから墓場まで非常に洗脳された社会の産物です。あなたはこれらの人々を再教育する必要があります。ただ物を見せて、それで感動することを期待するだけではだめです。彼らは死んだパレスチナ人の赤ん坊を見て、「よかった、とてもよかった」と言うことができる。非人間化はイスラエルのDNAの一部であり、彼らにより多くの情報を与えるだけで立ち向かうのは非常に困難です。
最後に、「人間は平等」という真理がある。白人至上主義者にはこの真理は無縁だ。よってパレスチナ人はホロコーストで大量殺戮されても構わないと考える。もしこの国の住民がアジア人としての認識があり、かつまともな人間なら、パレスチナ人の自由が無い限り、また私たちも自由ではないと自覚すべきだ。