chargeのブログ

人のブログを見て真似して書いていきます。似たブログを見つけたら教えてください。

身長の増大、視力の低下、学力の低下

2014-07-18 05:06:24 | 日記

 私はさっき、「栄養が豊富になることによって身長などの体格が大きくなり、それによって貧栄養状態用に設計された人間の体のサイズを超えている場合が多いために眼球のピントが合わなくなって目が悪くなり、黒板や周囲のものが見えないときがあるために学力が低下する」という思いつきがひらめいた。何が面白くて、聞いたこともないホラ話を考えついたのかという感じだが一応、身長の増大と視力の低下は因果関係が認められていて、視力の低下と学力の低下には近視になってからしばらくの間、メガネなしで過ごしてしまうことが多く学力に影響する因果関係があるわけだから、身長の増大と学力低下には関連がある可能性が高いことになるという一応の論理性は持っている。

 

 思いつきなわけで正しい可能性は非常に少ないわけだが、間違っていると断定するのも難しい感じがしないでもない。どんなもんだろうか?


呪詛ってどんな感じなのか

2014-07-17 05:17:04 | 日記

 そこらへんの雑誌や何かに血液型や星座による占いが載っていることが結構あるのだが、あれは呪詛の一種である。
 呪詛というのは何らかの不可思議な力でもって事象をコントロールすることを試みる事であり、古今東西でそのような祈祷や呪いのたぐいはあるわけだが、実効的作用を及ぼすものは少ない。
 大体は本人の認識を変化させて効果を感じさせる作用がないこともないものである。本人の認識が変化していることは大体事実であるから広く行われているのだと私は考える。
 周辺環境の認識を変化させる視点や感覚を提供した時に提供した人の印象や考え方との関係付けを強く行う学習によるもののような気がするのだが私は今のところ詳しくは考えていない。
 
 本人以外に実効的作用はない呪詛をかけるときにどんなことが必要だろうかと考えると、場所と時間に合わせて呪詛を思いだし、行動に対して影響を及ぼすことが重要であるのではないかと帰納的に考えている。
 ある特定の場所での行動や考えを制約したいのであれば、特定の場所にしかないものを選び、日常生活全般の行動や考えを制約したい時には常に身近にある感じられるものを選んで新しいビューポイントや使用法を伝授するというのがなんとなく呪詛の共通点のように感じる。
 私は星座占いよりも血液型占いの方が効果があるように感じるのは都市圏では見えない星座より、血液の方が感覚的により接近していて重要だからだとそんな理由からなんとなく考えている。
 
 呪詛というのは実態的には学習に対して別名をつけただけに過ぎないのであるが、印象が変わったというのはおそらくとても大きなことだろうと私は感じている。


近視の仮説

2014-07-16 04:53:50 | 日記

 昨日、近視になる理由について一瞬考えて書いたのだが、やはり瞬間的に書いた文章なので誤記がかなりあった。もう一度、Wikipediaを見返してみると自分の言っていることと全然別のことが書かれていた。ここは私の飛ばし記事やメモのためのブログであるので、そのこと気にしないことにしているわけだが、最近プレビューの数が上がっている感じがあるので少し意識したほうが良いかもしれないと感じてはいる。

 さて、話題は近眼の話に戻るが、Wikipediaによれば近視の原因仮説には以下のものがある。

遺伝説
環境説
・栄養説
・照明説
・睡眠不足説
・体格向上説

 この中で有力なのは赤の太字になっている遺伝説と環境説である。ただ、どちらの説も説明がいまいちうまくいっておらず、複合要因によっているのではっきりとした原因はわからないということになっている。遺伝によって眼球の何が変わるのかと考えてみたのだが、眼球の形状というものは遺伝要素よりも眼窩の大きさや形状によって変化するため骨格が変わると眼球の形状が変わって前後の長さが変わるとか、チン小帯は運動筋であるので遅筋と速筋のバランスが人によって違うとかが考えいた。また、環境の何が影響するのかと考えてみたのだが、従来予想されていたような目を近づけたり暗いところでの作業でどうにかなるというのはチン小帯で人間の感覚に合わせて水晶体の厚みを変えることによってピントを調節する動作原理から考えると不可逆的になってしまうことが少しおかしいと考えていて、私はどちらかというと、その説を避けて、環境がやはり影響しているのだが体格向上説を支持しようと思っている。

 自分の考える近視の発生原理というのは骨格の遺伝要因と栄養状態の変化による体格変化という複合要因なのだが見たことがない。私は間違っている可能性が非常に高いはずなのだが、昨日、電車に乗っていて背の高い人が目算では大半がメガネをかけていて、背の低い女性のメガネ着用が少ないのを見て、おそらく合っているのではないかとなんとなく感じてしまった。身長差と視力の関係など見たことがないのだが、一生のうちに一回調べてみたい気がしないでもない。

 


近視になる理由

2014-07-14 21:19:51 | 日記

 目を近くを見て使いすぎると近視になると言われたことが私はあるのだが、実は本当ではないらしい。近視とはレンズの焦点が網膜より手前になることによって起きる現象であり、実際には眼球の前後の長さと深く関係していて目の酷使とは関係が深くないことを私は最近知った。
 酷使することによって不可逆的にレンズが変形したりチン小帯がうまく働かなくなるなどということがあるのだろうかとか、どうして近眼が増えたりするわけがあるのだろうと疑問に思ったから調べたのだが、最初に思い浮かんだ栄養状態の変化によって生じた人間の体格変化に起因するという仮説に大体一致する説も見つかり多少嬉しかったが、反面、本当にそうだと何かまずいと感じるものがあった。
 近視というのはWikipediaの近視の項目に記載されているように成長に伴う眼球の成長ともに進み、遺伝的要因が関連しているがはっきり要因が解き明かされていないものであるわけだが、近視が増えた原因として体格変化以外に私は考えづらいと考えている。  
 精神科の医者と一般人に共通した偏見と同じだが不都合な人物に対しての対策装置を作っておいたら予定外の人間を次々と巻き込んでいく感じがメガネの人を発育不良と発言した女の子の言動や目が悪くなったのを不摂生による自己責任であると咎める社会常識にいくらかあるのを感じる。
 その話題を機会を選んで振ってみるとその話題に関して人間の大半が正しいことなど絶対に言わないことを今の状況では多分多くの人が発見すると思うが、友人が不当な発言を過去から行っていたことに思い至ってしまうため実際にやらないほうが友人関係が間延びできると思う。
 実際にやってしまって間延びできなくなったら私と仲間になったほうがマシだと思うようになるかもしれない。案外、面白い世界だと思えなくもないだと宣伝しておく。


さ衣の小筑波嶺ろの山の崎忘ら来ばこそ汝を懸けなはめ

2014-07-13 23:46:45 | 日記

万葉集で筑波山が出てくる項目を読んでいたところ、『さ衣の小筑波嶺ろの山の崎忘ら来ばこそ汝を懸けなはめ』という歌が見つかった。
私の苗字は山であり、実家からは筑波山の頂上の先が微妙に見えているのでなんとなく近い感じを感じ取った。
意訳としては『着物を筑波(それに連なる八溝山系の山)の裾野の先に忘れてこなかったならば貴方のことを気にかけなかったかもしれません』というふうに読むのであろうと解釈している。
いろんな読み方ができなくもないので女性が詠んでいるのを見つかると家族や誰かが山崎って誰だと言い始めてもおかしくない感じである。
筑波は歌垣による男女交際のための集会が行われていたところであるので、その見方は間違いではない。
この歌を読んだ人が何万人もいる先祖の一人に読んだ人がいても何ら不思議はないと感じている。


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