chargeのブログ

人のブログを見て真似して書いていきます。似たブログを見つけたら教えてください。

三題話:料理・ベッド・公園

2014-06-29 23:06:19 | 日記

  人間が好む料理というのは大体、美味しさ、香しさ、温かさや冷たさ、口当たりのどれかまたは全てが良いものである。また、その食べ物は清潔な環境で上手な人に作ってもらうい、技巧や善意を感じさせる盛り付けがされると健康に不安なく安心して食べられる。それら全ての要素を満たす料理は多くの場合、美しく感じられ、食味をより一層印象深いものにし、ともに料理を食するものがある時に共感を生じさせて、親しみを強くさせる。私は先日、家族と庭の軒先でバーベキューを行い、食の楽しさを味わったのだが、思い出す限り、ここ10年でこれ以上に楽しいことは無いような気がした。そして、そういうふうに楽しく料理を沢山食べた後は眠くなる。
 人は腹が満ちると安心が生じ、胃や内臓に血流が増大し、インスリンが放出されて糖の同化が促進されるため脳の血流や血糖値が一時的に低下して眠気が生じるのだと考えられている。そして、意識を少し朦朧とさせながら寝具に向ってゆく。寝具と言えば日本では昔は布団であったが、最近はベッドも多い。私の部屋にはベッドがあるが、上に布団が敷いてあり完全には移行できていない状態である。そういった寝具の中で多くの人は安心して寝ているわけだが、その中は本来的には子供を作る行為で愛情の核心である性交を行う場所にもなる。食べるのも寝るのも性交するのも全て生存のためであるわけだが、それらは密接に関係していて満たされるときには連鎖的に全てが満たされる場合が多い。
 しかし、常に布団やベッドで食後の眠気を解消することが出来るわけではない。公園で花見などの宴を催している時に、酒などによって眠気が強くなりその場で眠ってしまうものもいる。人間の必然的な生理現象であり、食事の宴を催しておいて寝る用意がないのは気が利いていないことで、毛布の何枚かも持っていくとよいと思われる。しかし、そのせいであまり関係を発展させて仲が良い所を人が集まるところで見せるとやっかみを買って非難される恐れがあるので眠る必要がない程度にとどめるのが大人の節度だと私は思う。


体が感じられなくなった感覚を思い出せるか

2014-06-29 08:49:03 | 日記

 人間というのは苦痛で嫌なことや快感があって好ましく感じることを日々感じ取って記憶として蓄積し、それに基づいて行動の結果を予測して判断を行ったりすることによって思考活動を行っている。
 その蓄積した記憶を思い出す時にかつて持っていた体の感覚が失われていたら、その記憶はどの程度有効だろうかという疑問が私にはある。
 私は永久に終わらない大量の課題や私にとっての難問、カフェイン摂取、寝不足により頭痛と肩こりがひどく、耳鳴りまでした時期があり、鉛筆を持つのもキーボードを打つのもやっとであったのだが、その時にはいかなる面白いことも快感も思い出せなかった。
 苦痛だけで飽和し、長い時が経過して快感が思い出せなくなった状態にある人物というのは本当に人や場所、時期によって浮動する善悪についての判断能力があるかといえば論理的に判断する能力が失われておらずとも無いのではないかという実感がある。
 社会通念として憲法や法律の前提にまでなっている天賦の資質であるはずの善悪の判断能力が大分失われている状態であるのに論理性が失われていないというのは少しおかしく感じられるかもしれないが、勉強しているとそんな人にしょっちゅう出くわす。
 生命科学や医者など、生物に関連する学科や分野で偏差値が高いところに行けばいくほど目分量では密度が高くなっていく気がする。
 場所によっては、そうなっていなければ教えを信じてきよい心を保っているか勉強をしないで人間関係形成や利益の相互交換という有益な活動を行い試験を有利に進める材料をプレゼントされた人物かもしれないと僻まれてしまうかもしれない。
 そういう人物の特徴として字が汚く、自分で買い物をする時にメモに書く品目がすぐに決まらなかったり、決めないで行くとスーパーマーケットで右往左往するわけだが、大体のところ親の希望としてその状態にならないように勉強も運動もさせたことをその人は私と一緒に知るべきだったと感じている。
 周囲の人物が精神病と断定しエンガチョをしかねないし、就職も危うく、実際に精神病で危険人物だと言えなくもないのだが心を温めて感覚を呼び起こさせてやると良いことをするかもしれないということを周囲に知ってほしいと思っている。
    


表情について

2014-06-27 14:13:17 | 日記

 犬や猫のような動物にも多少はあるのだが人間には群を抜いて豊富な表情がある。人間の表情がどこまでが生理的・本能的なもので、どこまでが学習によるものなのかはかなり線引きが難しいが、地域や場所によって方言のように表情まで違っているわけで学習による違いは見逃せない。私はその視点で社会を見ると表情から人間を判断する前提条件として、ある程度の期間、自らやそれに関わる人物とコミュニケーションをとってきている事が重要だと考えているのだが、流動が激しかったり対人関係が少なくなりつつある今の世の中では昔よりそのようなことはかなり難しいことであってあまり初対面の人に表情からの推測は適用しない方がよいように感じる。

 しかし、表情のコミュニケーションが難しいのは昔から実際のことなのだが、昔から今に至るまで簡単であると思われがちなことであって、やはり評価を下げないようにコミュニケーションは難しくないと自信を周囲に感じさせながら、水面下で努力することが必要だとも私は考える。
 人間には乳児期には泣いたり笑ったりといった快や不快を表わす本能や生理機能によって決められている共通の態度や表情が存在していて、それがベースとなって感情の機能が発展していくので確かに同じようと言えなくもなく、人間の表情筋の付きかたに個人差が激しい訳でもないので概して見れば同じように感じられなくもないのだが、感じ取れる程度の差でもあると認識の違いを感じ取られてしまう可能性がある。そして、感じ取れるほどの表情の違いは実際問題としては人間関係の形成に余りプラスには働かない。表情の違いは身の回りの環境から受け取る刺激の違いやそれを同じように受け取った人物の感覚を表す時の表情や態度の差、男女差や顔や体の作りの違い、脳や神経の障害などに起因するのだが、どれも表情の違いを本能や生理機能で決定されている部分より広い状況において少なくするには解決の難しい問題である。私は小学生の時、友人たちが『おはすた』というテレビ東京の番組を見て、そこのキャストである山寺宏一のニックネームである『山ちゃん』を私のニックネームと重ね合わせて話題を振ってきたのだが、家ではその時間、NHKをつけていた記憶があり、番組自体知らなかったので笑いの意味が皆目見当がつかなかった記憶がある。最近の飲み会では『まるで味の宝石箱や~』という発言をするように強要され言ったことがあったのだが、『ドラGO!』という、これまたテレビ東京の日曜日の番組に出てくる彦麻呂という芸人のまねであり、何が面白いのか最初さっぱり分からなかった。そんなことが私だけでなく、世の中の大多数の人に起こっているのだ。
 表情はそのように差を少なくするには難しい問題が多いので言葉のような標準化が難しいし、本能的で決まっていると思いこみやすいため気をつけられることもなく、社会のかなりの場所で混乱した状況に置かれている。それでも、より利益を求める人は不自然であってもある場所での標準的な方法やある個人や集団のコミュニケーションの方法を事前に知っておくほうが良いように感じるであろう。その時に一番必要なのは、その集団でも感覚以上に出来ている人は多くない場合が多いはずなので受け入れやすいように自信を周囲に感じ取れるようにして、水面下では必死に周囲の状況を把握し続けることである。最近、上手くない人間に正しい方法を教えるのが好きであるという人間が多くないためより一層努力が必要である。



会社のセキュリティ

2014-06-26 20:12:07 | 日記

 会社で入退室のためにFelicaカードのを用いて認証する『MADOCA』とかいう鍵が付いているのだが、あの仕組みが不安で仕方ない。あの鍵がFelicaのどの部分を使用して居るかと言えば全く暗号化やセキュリティが施されていないIDmと呼ばれるカード固有の識別番号であり、非接触スキマーを使って読むと本当に読めてしまう。

 私のPCには非接触式ICカード(FeliCa)リーダーが付いているがIDmはその装置で何の工夫もなしにドライバとやり取りすれば読み取れてしまう。

 Felicaを利用した電子鍵が何種類か発売されているのだが、その電子鍵を会社や公的機関のセキュリティ用として採用に押してくる人物は製造者とともにバックドアを作ろうとする危険人物のように見える。本当に暴力団などの犯罪組織や宗教団体と関与して組織だって高度なことをしてくる可能性があると思ってよい。

 私の手元にはソフトウェアによって書き換え可能なFelicaデバイスを持ったスマートホンや携帯があるのだが、Androidアプリが開発できればほぼ間違いなくIDmを偽装出来るはずであり、非接触型ICスキマーや認可を受けていない個人や企業によるFelicaを用いた決済や認証によるIDmの習得というものはFelicaのIDmを利用する電子錠と組み合わせるとそれなりに意味を持つはずである。

 今後どうなるか確実には分からないがFelicaのIDmを用いた電子錠というのは精神科やFOMA方式と同じく、日本ローカルに近いマイナー性を持った問題であるため長い間、誰かが見つけても黙殺されて改善されずに独自に発展していく可能性が大きいと考えている。電子錠を一つ買って自分で試してみるのが一番早いのだが、本当に解錠方法が正しかった時に自前のページでは最近の情勢や法律の影響で公表できないし、セキュリティに関するジャーナルにレポートを送ってインパクトがある場合というのはそんなに高くなく私の現在の場所からすると元が取れない可能性がある。

 FelicaのIDmを用いたカギを使わないでという忠告は私がいくら言っても空耳になる可能性があるが、セキュリティに欠陥があるのはほぼ事実なのだと覚えておいてほしいと思う今日この頃である。


神経伝達速度について

2014-06-25 23:03:49 | 日記
 神経には大きく分けて有髄神経と無髄神経というものがある。
 有髄神経というのは神経線維の周りに絶縁性の髄鞘が断続的についている神経であり、脊椎動物しか有して居ない。その神経では信号が跳躍伝導という伝わりかたをすることによって筋を動かす神経では毎秒100m/s程度の速度伝わっている。無髄神経の信号伝達速度は0.5m/s程度であるため、その差はおよそ200倍ある。
 しかし、有髄神経伝達の速度でもやはりタイムラグというものは生じてしまう。人の視覚の情報が伝わる速度は40m/s程度であるため、網膜から脳までの距離を15cm程度とすると、目で見たものが脳に届くまでに4msほどかかり、その情報が脳で処理されるのに120ms以上かかり、100m/sの伝達速度をもつ運動神経に指示が出て50cm離れた手が動くまでに5ms必要であることがわかっておりトータルで150~200msほどかかるようだ。これがどのくらいの速度であるかと言えば秒速5mで動く物体が突然現れた時、1m以上動いた後でなければ何らかのアクションをどんなに訓練しても人間は起こせない。そのため、不意打ちというのは戦争での戦闘では非常に恐れられている。
 サッカーや剣道、野球などのスポーツではこのところをどうカバーしたり利用したりするかが勝負の決め手になってくるわけだが、あまり注目している事を聞いたことは無い。動き始めてからコースを予測して反応を返す200msの間に異なった方向へ動くことを予定して動く練習をしておくとかなり優秀になれそうだが経験則でいつの間にかやっているので言及されないのかもしれない。体育で学習するようになってほしいと私は思っている。

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