そこらへんの雑誌や何かに血液型や星座による占いが載っていることが結構あるのだが、あれは呪詛の一種である。
呪詛というのは何らかの不可思議な力でもって事象をコントロールすることを試みる事であり、古今東西でそのような祈祷や呪いのたぐいはあるわけだが、実効的作用を及ぼすものは少ない。
大体は本人の認識を変化させて効果を感じさせる作用がないこともないものである。本人の認識が変化していることは大体事実であるから広く行われているのだと私は考える。
周辺環境の認識を変化させる視点や感覚を提供した時に提供した人の印象や考え方との関係付けを強く行う学習によるもののような気がするのだが私は今のところ詳しくは考えていない。
本人以外に実効的作用はない呪詛をかけるときにどんなことが必要だろうかと考えると、場所と時間に合わせて呪詛を思いだし、行動に対して影響を及ぼすことが重要であるのではないかと帰納的に考えている。
ある特定の場所での行動や考えを制約したいのであれば、特定の場所にしかないものを選び、日常生活全般の行動や考えを制約したい時には常に身近にある感じられるものを選んで新しいビューポイントや使用法を伝授するというのがなんとなく呪詛の共通点のように感じる。
私は星座占いよりも血液型占いの方が効果があるように感じるのは都市圏では見えない星座より、血液の方が感覚的により接近していて重要だからだとそんな理由からなんとなく考えている。
呪詛というのは実態的には学習に対して別名をつけただけに過ぎないのであるが、印象が変わったというのはおそらくとても大きなことだろうと私は感じている。
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