はや三月。明日はお雛様
先日の源氏の会で、お雛様の女雛を見ると、
白いレースの裳(も)をつけていて変!という話が出た。
そうなのです、平安時代は女房が白い裳をつけて身分の差をあらわします。
明石の御方も若菜の女楽では、1人身分をへりくだって裳をつけました。
女主人が裳を着るのは変なのです。裳は女房がつけるものなのです。
http://www.iz2.or.jp/kizoku/shozoku2.html 京都風俗博物館より
しかし、お雛様は主に江戸時代から広まった。
鎌倉以降、裳は次第に短くなっていったらしい。
そういう意味で女主人がつけてもおかしくないということでした。
そして、白いレースは優雅に見えますしね。
平安時代は流し雛。本来は上巳の日に、紙の人形を流して、けがれをはらいます。
先日の源氏の会で、お雛様の女雛を見ると、
白いレースの裳(も)をつけていて変!という話が出た。
そうなのです、平安時代は女房が白い裳をつけて身分の差をあらわします。
明石の御方も若菜の女楽では、1人身分をへりくだって裳をつけました。
女主人が裳を着るのは変なのです。裳は女房がつけるものなのです。
http://www.iz2.or.jp/kizoku/shozoku2.html 京都風俗博物館より
しかし、お雛様は主に江戸時代から広まった。
鎌倉以降、裳は次第に短くなっていったらしい。
そういう意味で女主人がつけてもおかしくないということでした。
そして、白いレースは優雅に見えますしね。
平安時代は流し雛。本来は上巳の日に、紙の人形を流して、けがれをはらいます。