まあまあ人生

70年の人生 まあまあですね

栄枯盛衰

2006年09月14日 | Weblog
JRの線路横を自転車で走っていると、おしろい花が目についた。以前はよく目についたが、最近はあまり目にしないように思う。そう言えば、黄色一色で広い範囲でこの世の春ならぬ秋を謳歌していた、背高泡立ち草も今は見る影もない程、少なくなって来た。植物の世界も栄枯盛衰があるのだろう。環境の変化で爆発的に発生しても、時間の経過とともに自然に淘汰されてバランスが保たれる。 昨晩、テレビ「その時歴史が動いた」を見る . . . 本文を読む

神の愛

2006年09月11日 | Weblog
起床5時45分、洗顔後、朝祷会に出席のために自宅を出て、一軒おいて隣のマンションの横の道路に、松茸?が一本生えていた。(自宅の前の道路は私有地で舗装されていない地道である。)こんな街中で松も生えていないのに、松茸のはずはないと、よく見ると色はやや薄く透明感があって、松茸ではなく他のキノコであった。しかし、形といい何かおいしそうに見えた。早速カメラに収めようと思ったが、生憎、かばんに入れてなくて、家 . . . 本文を読む

飲酒運転

2006年09月10日 | Weblog
今朝の新聞に、姫路市職員による飲酒運転で、道路横断中の夫婦が跳ねられ、夫が意識不明の重体となった事故を起こしたと報道されていた。福岡で3児死亡の教訓が生かされず、各地で続発している。「これ位は大丈夫」と安易な気持ちの結果が大きな悲劇を作り出している。 先日、「飲酒運転の報い」というビデオを見る機会があった。電気工事業を営んでいる男性は、妻と子ども4人の家庭で、最近家を新築して幸いな生活を送っていた . . . 本文を読む

苦渋の選択

2006年09月07日 | Weblog
今日平野川の橋の上で信号待ちをしていた時、川面を眺めていると、ヤンマのギーネン(交尾をした二匹が連なっている)を見る。雨の影響か水が綺麗で、藻の上に止まり、メスが産卵しているのだろう。汚れた川でヤゴが成長出来るのか、よしんば生き延びても、おびただしい赤耳亀が生息しているので、その餌食になるだろうと思った。 少し、遠出をすると、稲は垂れ穂となっていた。まだまだ青いが所々茶色に実っているものも見受けら . . . 本文を読む

碁盤

2006年09月05日 | Weblog
先日、銀行に行った時、その日は勤務先の地域は、大型ゴミの集配日であったのか、立派なタンス等があちこちに置いてあった。とある家の横に碁盤が置いてあった。見れば5寸の厚みの立派な碁盤であった。拾うべきか如何しようかと迷ったまま銀行の自転車置き場ついた。自宅には二台あるためだ。暫く思案したあげく、事務所に置いておこうと結論づけて、銀行に入らず碁盤を拾いに行く。所々傷はあるものの立派なもので、使うあてもな . . . 本文を読む

ゆるし、愛、平和

2006年09月04日 | Weblog
起床6時、洗顔後朝祈祷会に出席。背広を着用しての足早であったが、汗が出ないほどの爽やかさであった。今朝は、大阪クリンチャンセンターのS総主事が「廃墟に響く鐘の音」と題して、コロサイ3:15から証しされた。S総主事は先日、長崎原爆追悼ミサに参加されて、改めて原爆の恐ろしさを痛感された。当時、爆心地近くの浦上天主堂には二つの鐘があった。原爆で二つとも瓦礫深く埋まっていた。一つは破損が酷く、もう一つは深 . . . 本文を読む

ラジオ深夜便

2006年09月03日 | Weblog
深夜3時ごろ、久しぶりに不整脈がやって来た。暫く様子をみるも治まらず、例の如くラジオを聞く。NHKラジオ深夜便3時代は、「日本の歌心の歌」で、昭和42年代の流行歌であった。ラブミー東京、霧の摩周湖、小指の思い出、ブルーシャトー、虹色の湖、白馬のルンバ、小樽の人よ、石原裕次郎の夜霧よ今夜もありがとう、最後は、相良直美の世界は二人のために、であった。 歌を聞いて知らない歌もあったが、ほとんどは耳にした . . . 本文を読む

常に喜べ、絶えず祈れ、すべてのことに感謝せよ

2006年09月02日 | Weblog
今朝も「さわ」でお粥の朝食を頂く。その後、教会の掃除に行く。掃除終了後、2週間に一度の診療所に行く。今朝も4時30分に目が覚める。早速「福音の光」を聞く。今朝は、京都一麦教会のD師が教会員の84才になるSさんの証しを語られた。Sさんは、2才の時2階から身を乗り出し、誤って下に転落し、命は取り留めたものの、小児麻痺のような症状で、学校に入った時は、皆からいじめられたとのこと、医者からは20才位までし . . . 本文を読む

9月1日

2006年09月01日 | Weblog
今朝、バス停までの道で、小学3~4年ぐらいの男児が、両手にカバンや袋を持っていた。カバンには、絵が書かれていると思われる画用紙が丸めて挟まれていた。それを見て、そうだ今日は、9月1日、夏休みが終わり登校する姿であった。少年の後姿を見ていると、宿題は全部やったという雰囲気を感じた。それと同時に、自分の少年時代の、始業式にはいつも苦い思いをしたことを想い出す。 残暑は9月まで続くとの予報であったが、今 . . . 本文を読む