大河「秀吉」で明智光秀の母親が亡くなったのは1996年のことのようです。「十字架というかはりつけによる死」ですね。96年といえばほとんどのPCはネットに繋がってないか、繋がっていても電話回線の時代です。これが史実かどうかは簡単には調べられなかったと思います。とすると、いまだに「はりつけで死ぬ」と思っている方もいるかも知れない。そうでも別になんの実害もないのですが。
八上城攻めで人質となった光秀の母、信長は約束を破って八上城側の人質を殺してしまう。その報復で光秀の母も殺される。つまり光秀にとって信長は母のかたきとなる。そして3年後、光秀は本能寺の変を起こす。これが光秀死後100年以上たった1685年頃書かれた「総見記」またの名を「織田軍記」にある記述です。資料性は薄い作品です。
誰がこんな逸話を許したんだ、大河「秀吉」の時代考証は誰なんだ、と思ったら小和田哲男さん。「麒麟がくる」と同じ方です。立派な方ですよね。たしか「許される範囲までは許す」という「おおらかな」方針を語っておられました。
でも「麒麟がくる」では採用されないでしょう。何故なら「完全に怨恨説」になってしまうからです。今までの流れで「怨恨説」はないでしょうね。あの爽やかな主人公に「怨恨」は似合わない。叔父の光安を殺した高政に対しても「復讐してやる。殺してやるからな!」とか思ってません。「勝ち負けは武士の定め」と、そこは割り切っている感じです。
お牧さんがどうなるか、史実は何も語っていないようです。すると、
①光秀が信長に仕えた時点で、明智の荘の一部をもらい、里に帰って村人と幸福に暮らし、眠るように亡くなりました。でいいような気がします。
が、結構重要な人物なのでそう簡単に永眠するわけにはいかないかも知れません。
②光秀が死んだ後、坂本城で誇り高い最期を迎える。これが一番ありそうですね。
③あるいは煕子と共に明智の荘に逃げ、帰蝶にかくまわれる。煕子さんはその前に亡くなる可能性大ですが。
ハッピーエンド大好きな私はこの③が一番いいのですが、「誇り高い」ので、それは難しいかも知れません。とにかく「はりつけにはならない」、私はそう予想しますし、なってほしくありません。
八上城攻めで人質となった光秀の母、信長は約束を破って八上城側の人質を殺してしまう。その報復で光秀の母も殺される。つまり光秀にとって信長は母のかたきとなる。そして3年後、光秀は本能寺の変を起こす。これが光秀死後100年以上たった1685年頃書かれた「総見記」またの名を「織田軍記」にある記述です。資料性は薄い作品です。
誰がこんな逸話を許したんだ、大河「秀吉」の時代考証は誰なんだ、と思ったら小和田哲男さん。「麒麟がくる」と同じ方です。立派な方ですよね。たしか「許される範囲までは許す」という「おおらかな」方針を語っておられました。
でも「麒麟がくる」では採用されないでしょう。何故なら「完全に怨恨説」になってしまうからです。今までの流れで「怨恨説」はないでしょうね。あの爽やかな主人公に「怨恨」は似合わない。叔父の光安を殺した高政に対しても「復讐してやる。殺してやるからな!」とか思ってません。「勝ち負けは武士の定め」と、そこは割り切っている感じです。
お牧さんがどうなるか、史実は何も語っていないようです。すると、
①光秀が信長に仕えた時点で、明智の荘の一部をもらい、里に帰って村人と幸福に暮らし、眠るように亡くなりました。でいいような気がします。
が、結構重要な人物なのでそう簡単に永眠するわけにはいかないかも知れません。
②光秀が死んだ後、坂本城で誇り高い最期を迎える。これが一番ありそうですね。
③あるいは煕子と共に明智の荘に逃げ、帰蝶にかくまわれる。煕子さんはその前に亡くなる可能性大ですが。
ハッピーエンド大好きな私はこの③が一番いいのですが、「誇り高い」ので、それは難しいかも知れません。とにかく「はりつけにはならない」、私はそう予想しますし、なってほしくありません。