歴史とドラマをめぐる冒険

大河ドラマ・歴史小説・歴史の本などを中心に、色々書きます。
ただの歴史ファンです。

小説「北条泰時の野望」・下書き

2022-10-13 | 鎌倉殿の13人
北条泰時と安達景盛が御所に実朝の前に伺候すると、実朝はいつものように人払いを行った。
こうして宵の口になると三人で政の相談をする。それがもう何年も続いている。
「京の様子はどうだ」と実朝が尋ねる。
「伝わってくる話はいつも同じだ。上皇は相変わらず和歌を作り、武術を好み、そして大規模に国家鎮護の祈祷を行っているらしい。」と景盛。上皇とは後の後鳥羽院である。
「鶴岡八幡宮のほうは」と実朝。
「公暁殿も相変わらず、加持祈祷に熱心らしい。少し異常なほどな」と泰時。
「何を祈っておるやら」と実朝は笑った。
「あいつは俺を恨んでいるだろうな。やつは鎌倉殿になりたくて仕方ない。しかし母上と義時は先手を打って、さっさと京から皇子か藤原の息子を呼んできて、鎌倉殿に据えることを決めてしまった」
「鎌倉殿はそれでいいのか」と景盛が尋ねる。
「ああいいさ。それが公暁の為でもある。長く生きたければ鎌倉殿になどならないことだ。鎌倉は北条と御家人のものだ。それでいい。鎌倉殿など高貴な飾りで良いのだ。」
こういう割には、実朝には気概があり、「単なる飾り」になりきれない。そこが不幸と言えば不幸かと泰時は思った。実朝は色好みでないわけではない。上皇の従妹を嫁にしている手前、側室は公然とは置けないが、若いころから何人かの女性と関係を持っている。それでも誰にも子供ができなかった。北条政子と実朝、そして北条義時は話し合いの上、京から鎌倉殿を迎えることにし、話は進んでいる。子ができないことを除けば、実朝は鎌倉殿として御家人の力関係に配慮した政治をきちんと行っている。むろん義時の補佐のもとで、ではあるが。

公暁は先代の鎌倉殿、頼家の子だが、感情に流されやすく、狭量で、自負心だけが高く、とても人の上に立てる器ではない。鶴岡八幡宮の別当すら、勤まっているとは言えなかった。
「公暁殿が逆恨みして刃傷になど及ばねばよいが」と泰時。
「そこまで馬鹿ではありまい。鎌倉殿である俺を殺して、自分が鎌倉殿になれるとは、どんな阿呆でも思うまい。それに奴は軟弱だ。いざとなれば、自分の身ぐらい自分で守れるさ」
実朝の武術は飛びぬけてはいないが、それは荒くれ者ばかりの坂東の中でそうであるだけであり、京にいけば、おそらく「剛の者」という扱いを受けるであろう。日ごろから鍛錬を怠らず、身の丈も大きい。
実朝は言う。
「公暁のことはよい。それより気になるのは上皇のことだ。皇子を鎌倉に出すことを容認しながら、せっせと武を蓄えている。」
「一体、かのお方はどういう方なのだ。文を交わしている鎌倉殿なら、我々よりわかるのではないか」と景盛。
実朝は首をひねる。
「かのお人の特徴は競争心の異常な強さだろうな。なんでも自分が一番でないと気分が悪いらしい。文化においてはかの人は第一等のお人だ。しかし武においては、この鎌倉がある限り、一番にはなれない。それが悔しくてならないのだろう。慈円和尚のように、武人が力を持つのは道理、とは考えられないらしい。」
そして声を落として「わからないでもない。京は今はろくな政を行ってはいないが、とにかく長い伝統と歴史がある。たかだか三代目の、この鎌倉とは背負っているものが違うのよ」
「となると」と泰時。「今は鎌倉殿の上皇懐柔策おかげで、京との関係はすこぶるうまくいっているが、何かことが起きれば、あるいは上皇はこの鎌倉を潰しにかかるかも知れない」
少し間があった。
「そうなれば、戦うだけさ」と実朝がつぶやいた。
「上皇と戦えるのか」と景盛。
「戦えるさ。座してこの鎌倉が潰されるのを見ているわけにはいくまい」と実朝。
「すると箱根の坂あたりで、この国は二つに分かれることになるな。」と泰時。
それを聞いて実朝は笑った。
「太郎、お前はそうは考えてはいまい。院が兵を起こせば、お前は総大将となって、一気に京に向かうだろう。院に味方する守護も多いだろうが、結局は坂東武者の力にはかなわない。この国が二つに分かれることはない。鎌倉があるいはこの国の中心となろう.、、、、社稷は君である上皇より重いのだ。そしてその社稷より、民はさらに重いのだ。」
と言って、ニヤリと笑った。
この和歌好きの、京都好みの男は、あるいは自分より豪胆かも知れない。泰時は驚きをもって、この若い鎌倉殿の顔を見た。同時に、もし自分が将来、父の職を継ぐとしたら、父より実朝とはうまくやっていけるだろう。つまりは同志だ。と泰時は感じた。

かなり中略

実朝が公暁に討たれた。鎌倉は天地がひっくり返ったような騒ぎであったが、人気のなくなった自邸で、泰時はただ茫然としていた。そこに雪の中から一人の男が現れた。
「鎌倉殿!」と泰時は思わず叫んだ。
「太郎、俺が死んだと思ったか。公暁などにやられる俺ではないわ。だがな、俺はこのまま逐電して鎌倉を去る。」
「なぜだ」と泰時はまた叫んだ。
「まあ、そう興奮するな。次の鎌倉殿は京から来ることになっている。俺がいなくも問題あるまい。しかし問題なのは公暁の行いよ。まさかあの阿呆でも、鎌倉殿を殺して、自分が鎌倉の主人になれるとは考えまい。しかしやつはそう考えた。となれば、よほど強い力が、公暁に及んでいると考えなくてはなるまい」
「誰だ、それは、父か、三浦の義村か」
「違う。鎌倉に生きるものなら、俺を殺しても意味がないことは分かっている。公暁を唆したのは、鎌倉に住んでいない人間さ。しかもその者は大いなる力を持ち、さらに鎌倉を憎んでいる。」
泰時は考え、やっと落ち着きを取り戻した。
「上皇か」
実朝はニヤリと笑った。
「そうだ、上皇よ。公暁は鎌倉では棟梁にはなれないが、上皇が鎌倉を潰して、京に武士の都をおくとすれば、まあそれでも公暁を棟梁なんぞにしないだろうが、そう言って唆したのだろう」
実朝は泰時に背を向けた。
「そろそろ面倒な鎌倉殿の位など、辞めてしまいたいと思っていたのだ。太郎、俺は京へ行く。京とは必ず戦となる。俺は身分を隠し、京の情勢を調べる。お前は鎌倉を仕切れ。義時も相当老いてきた。これからが俺たちの時代ぞ」
そう言うと、実朝は風のように鎌倉を去っていった。

つづく。