豊茂甲地区は、大洲市役所の西北西約12kmのところ
郷の峠へ戻って峠の丁字路(大洲市と八幡浜市の境)を鋭角に右(北:長浜方面)へ、
坂道を下って行きます、約1.6kmで「米軍飛行艇慰霊碑」を見て
さらに道成りに約5.5kmの左カーブの「⇐本村・郷」の標識に従ってその先の右カーブの手前を左(西)へ
道成りに北東方向へ約800m進んだ

右手の藪の中に大きな木が見えました
前の道路脇に
車を止めさせて頂きました



北東側から藪に入ると目的のコガノキです

「町指定文化財 コガノキ 天然記念物」の標柱です
*喜多郡長浜町は、平成17年(2005)1月11日に-、大洲市・喜多郡肱川町・河辺村と新設合併し、改めて大洲市が発足しました。

説明版です
大洲市天然記念物
豊茂のコガノキ
根回り6.8m、幹周6.8m、樹高約13m、枝張り東西に19.5m、南北に15.5m、推定樹齢約400年
コガノキは、古い樹皮が班状に薄く剥げ落ち、木肌に残った痕跡が鹿の子ども(小鹿)の模様に似ていることから名付けられた。「カゴノキ」とも呼ぶほか、大洲地方では単に「コガ」とも呼ぶ。
県内では標高700m以下でみられるといわれ、、温暖な緩斜面で成長することが多い。
本樹は、張木山(468.6m)の麓に広がる段丘の端部に位置し、標高は約260mになる。
本樹は神木として保護されてきたため、これほどの大木に成長したとされる。また、本樹のそばにある石碑は、一字一石経(小石に1字ずつ法華経を転写したもの)が埋納されていることを伝えており、強い信仰の対象であったことがわかる。
このほか、大洲藩主が切り目を入れたと言い伝えられる傷痕も残されている。
コガノキとしては県内でも有数の大木さを誇るとされるほか、地域の歴史や伝承を後世に伝える重要な樹木である。
指定年月日 昭和46年3月30日 大洲市教育委員会



北側から

一字一石経の石碑です

八大竜王と八王子山千匹塚の石碑です

熊野権現の石碑です


西側の道路から



南西側から



南側から見上げました
では、次へ行きましょう

2024・4・12・12・30
郷の峠へ戻って峠の丁字路(大洲市と八幡浜市の境)を鋭角に右(北:長浜方面)へ、
坂道を下って行きます、約1.6kmで「米軍飛行艇慰霊碑」を見て
さらに道成りに約5.5kmの左カーブの「⇐本村・郷」の標識に従ってその先の右カーブの手前を左(西)へ
道成りに北東方向へ約800m進んだ

右手の藪の中に大きな木が見えました

前の道路脇に




北東側から藪に入ると目的のコガノキです


「町指定文化財 コガノキ 天然記念物」の標柱です

*喜多郡長浜町は、平成17年(2005)1月11日に-、大洲市・喜多郡肱川町・河辺村と新設合併し、改めて大洲市が発足しました。

説明版です
大洲市天然記念物
豊茂のコガノキ
根回り6.8m、幹周6.8m、樹高約13m、枝張り東西に19.5m、南北に15.5m、推定樹齢約400年
コガノキは、古い樹皮が班状に薄く剥げ落ち、木肌に残った痕跡が鹿の子ども(小鹿)の模様に似ていることから名付けられた。「カゴノキ」とも呼ぶほか、大洲地方では単に「コガ」とも呼ぶ。
県内では標高700m以下でみられるといわれ、、温暖な緩斜面で成長することが多い。
本樹は、張木山(468.6m)の麓に広がる段丘の端部に位置し、標高は約260mになる。
本樹は神木として保護されてきたため、これほどの大木に成長したとされる。また、本樹のそばにある石碑は、一字一石経(小石に1字ずつ法華経を転写したもの)が埋納されていることを伝えており、強い信仰の対象であったことがわかる。
このほか、大洲藩主が切り目を入れたと言い伝えられる傷痕も残されている。
コガノキとしては県内でも有数の大木さを誇るとされるほか、地域の歴史や伝承を後世に伝える重要な樹木である。
指定年月日 昭和46年3月30日 大洲市教育委員会



北側から


一字一石経の石碑です


八大竜王と八王子山千匹塚の石碑です


熊野権現の石碑です



西側の道路から




南西側から




南側から見上げました

では、次へ行きましょう


2024・4・12・12・30
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