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江戸期の別子銅山の素吹では、珪石SiO2源の添加操作はなかった?(3)

2020-03-08 09:34:58 | 趣味歴史推論

 仕込みの鉱石(黄銅鉱と黄鉄鉱)に付いていた脈石量とそのSiO2量を推算し、泥質片岩の量と比較する。
鉱石の組成分析値は、できるだけ脈石の少ない塊の試料について分析された値と考えら、実際の操業では、鉱石にもっと多くの脈石が付いていたと筆者は推測する。ラロック目論見書に書かれた明治7年の操業実績値に基づいて物質収支を計算し、脈石量とそこからのSiO2量を推算する。
素吹の1回作業につき(素吹は1炉につき1日3回作業が行われた)SiO2、Fe、Cuについて物質収支を計算する。
計算の基になる値
(1)操業実績値:明治7年(1874)6~11月の平均実績値→表の330回作業から1)
仕込:焼鉱 609kg  泥質片岩 40kg 木炭 243kg 
回収:鈹 88.4kg  床尻銅 8.5kg  鍰 355kg
(2)鈹の分析値:明治7年6~11月の平均実績値2)
Cu 51.5% Fe 22.5% S 23.5% 不溶分・砂・石英 3.2%
(3)鍰のFe推算値
鍰の分析値:明治7年分析値2)
酸化鉄及び酸化アルミニウム 68.2% 石灰2.8% 酸化マグネシウム 微量 ケイ酸質成分および不溶性残渣 27.6% 銅2.7%
これを基にFeを推算する。SiO2 27.6%とし、Al2O3は開坑当時と推定される鍰3)の比率Al2O3/SiO2=9.0/30.0 と同じと考えて、8.3%となる。FeO=68.2-8.3=59.9 よってFe=59.9×(55.8/(55.8+16))=46.5%となる。
(4)焼鉱中のFe推算値
原料の鉱石の組成値4)
Cu 11.5%  Fe 36%  S 43%  Zn 1.0%  Co 0.1%  SiO2 7.5% Al2O3 0.7% CaO 0.1%  MgO 0.5%
焙焼では、原料鉱石のS分が大きく減り代りにO分が少し足される。焙鉱のCu,Feは原鉱石からの減少はなく、焙焼率は7.23%なので、5) 1/(1-0.0723)=1/0.9277=1.078を原料値にかけると、焙鉱の組成は、Cu12.4 %  Fe 38.8%  となる。
(5)脈石中のSiO2値---泥質片岩中の石英を主とみて SiO2 70%と推定した。6) 
(6)泥質片岩中のSiO2値---68%とした。7)  
計算
焼鉱は、鉱石(Fe,Cuの硫化物由来のもの)X重量と、付いている脈石MX重量からなる。
M=(脈石重量/硫化物由来重量) 609=X+MX---(1)
1. SiO2についての物質収支
仕込 焼鉱 609kgの脈石分MX中のSiO2=MX×0.70
   泥質片岩のSiO2 40kg×0.68=27.2kg
   炭灰からのSiO2 10kg (前報より)
回収  鍰 355kg×0.276=98.0kg
    鈹 88.4kg×0.032×0.70=2.0kg
0.70MX +27.2 +10 = 98.0 +2.0 -----(2)
よってMX=89.7  すなわち脈石中のSiO2は89.7×0.70=62.8kgとなる。
(1)に代入して X=519.3  すなわち鉱石分は519.3kgとなる。
M=0.173  すなわち、脈石重量が鉱石(硫化物由来)重量の17.3%とかなりあることが分かる。
この鉱石重量と脈石重量を使ってFeについての物質収支を取り、妥当であるかをチェックする。
2. Feについての物質収支
仕込 焼鉱 X×0.388=519.3×0.388=201.5kg
回収 鍰 355kg×0.465=165.1kg
   鈹 88.4kg×0.225=19.9kg
   計 185.0kg
185.0/201.5=92%となり、ほぼ妥当である。
同様なことをCuについても行う。
3. Cuについての物質収支
仕込 焼鉱 519.3kg×0.124=62.9kg
回収 鍰 355kg×0.027=9.6kg 
   鈹 88.4kg×0.515=45.5kg
   床尻銅 8.5kg
      計63.6kg
63.6/62.9=101%となり、妥当である。


 計算からの結論として、鍰のSiO2の由来は、脈石由来62.8%、泥質片岩由来27.2% 炭灰の粘土由来10.0%であり、2/3は脈石からであることがわかった融剤として添加した泥質片岩の割合は27.0%と低い。これはもし、脈石が(62.8+27.0)/62.8=1.43倍に増えたら、泥質片岩の添加はしないでも量的には間に合ったことになる。ただ融剤と脈石は状態が異なるので、同じ効果とはならない可能性もあるが。別子鉱床の脈石は、結晶片岩で、黒色片岩(泥質片岩)、緑色片岩(塩基性片岩)、石英片岩(白雲母も含まれる)等であり、組成的には可能性はあると思う。

まとめ
①明治7年(1874)の鍰のSiO2は、脈石由来62.8%、泥質片岩由来27.2% 炭灰の粘土由来10.0%であり、2/3は脈石からであることがわかった
②脈石は、硫化物に対して約17wt%とかなりあることがわかった。
③もし脈石が1.43倍に増えていたら(硫化物に対して24wt%に相当)、SiO2量としては、泥質片岩の添加は必要なかったことも考えられる。

注 引用文献
1. ルイ・ラロック「別子鉱山目論見書-第1部-」p159(住友史料館編集 平成16年 2004)→表
2. 同上p161
3. 開坑当時のものと推定される鍰の分析値(近世住友の銅製錬技術p98 表4-3 K05を除いた13件の平均値)
Fe 41.5  Cu 0.6    SiO2 30.0  Al2O3 9.0  CaO 1.8  MgO 1.1  K 0.6  Zn 0.5 S 1.0
4. ラロックの分析値と調査の鉱石分析値から推定した値(近世住友の銅製錬技術p133)
5.  1872年(1872)原鉱石8460tを焙焼して7848tの焙鉱を得た(焙焼減は7.23%)(コワニェの覚書p116)
6. 別子鉱床の脈石は、結晶片岩の黒色片岩(泥質片岩)と緑色片岩(塩基性片岩)である。(「住友別子鉱山史」(別巻)別子鉱床群の地質・鉱床p205(平成3 1991)
主となる石英片岩の構成鉱物(ホームページ 岩石鉱物詳解図鑑>石英片岩)は、石英(SiO2)、白雲母(KAl3Si3O10(OH)2))、緑泥石(Mg,Fe)5Al(Si3Al)O10(OH)8) 曹長石(NaAlSi3O8)などである。
それらの分析値の例
石英 SiO2
白雲母の分析例(平島ら、地質学雑誌 98(5)450(1992)より)
 SiO2 50.26  TiO2 0.31  Al2O3 28.53  FeO 3.20  MgO 2.50  Na2O 0.45  K2O 10.31  
緑泥石の分析例(白水晴雄「結晶片岩・含銅硫化鉄鉱床(別子)中の緑泥石」ジャーナルフリー 2(1)15(1962))(重量%)
 SiO2 26.04  Al2O3 19.96  Fe2O3 1.85  FeO 21.34  MnO 0.47  MgO 18.56 H2O+ 11.62
7. 山崎新太郎 千木良雅弘 地学学雑誌 114(3)109-126(2008.3)
「四国三波川帯の泥質片岩」 バルク密度 2.09 真密度(solid density) 2.71
 SiO2 68  Al2O3 16  Fe2O3 5  K2O 3  MgO 2  Na2O 2  TiO2 1  CaO 1

表 別子銅山の明治7年(1874)6~11月の素吹操業実績