気ままな推理帳

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江戸期の別子銅山の素吹では、珪石SiO2源の添加操作はなかった?(2)

2020-03-01 10:08:07 | 趣味歴史推論

 鍰を形成するSiO2源の一つである、素吹床の内張り炭灰(すばい、素灰、ブラスク)からのSiO2量を推算する。
炭灰(すばい)とは、木炭粉と粘土を練ってペースト状にしたものを指し、これを塗って吹床の内張りにした。コワニェの覚書の真吹の項に、「酸化鉄は円蓋やブラスクの粘土によって煆焼せられる」とあることから、ブラスク(炭灰)には、粘土が含まれていることが分かる。1)2)
炭灰(すばい)は、状況により ① 木炭の粉 ② 木炭の粉と粘土を練りあわせたもの ③ ②を使って床を作り補修する人 を指すようだ。以下は主に②の炭粉と粘土を練り合わせたものを指す。
別子銅山での炭灰の記録は以下のとおりである。
1. 「天保9年(1838)吹方の泉屋手代は、元締・役頭1人、番所方(銅山付きの役人とともに荒銅の貫目改めを行う)1人、番所方帳場2人、木方(焼鉱係)1人、木方帳場2人、中番炭方(製錬用木炭の管理)1人、中番炭灰(すばい)方(吹床の製造原料である炭灰[粉炭]を管理)1人 がいた。」3)
2. 「元禄8年(1695)の「11月中比外財人数改覚」の選鉱製錬関係では、床大工36人、同手子7,8人、同すはい20人、やき出し持26人、破鏈持60人、土持35人、破女158人とある。すはい、土持は床造築用の素灰の製造人と土の運送人である。」4)
「鉑吹(素吹)では、鉑吹大工1人、吹子差(ふいごさし)2人(吹子2挺)、吹床に用いる炭灰(すばい)を作る炭灰1人がつく。真吹では、真吹大工1人、手子2人、炭灰1人がつく。」4)
ここで床造築用の土とは、床の下地の粘土と 木炭粉と混ぜた炭灰層の粘土 を指すと思われ、その入手、運送には意外に多人数が携わっていたことが分かる。
別子銅山の絵図には炭灰の図は見当たらなかったので、他の銅山で探したら、「阿仁銅山働方之図」の中に「炭灰を踏みて吹床を拵える図」があった。5) →図
木炭を砕いて粉にした木炭粉を使って床の内張り(?)をする様子が描かれている。

素吹床の内張り炭灰層からのSiO2量を推算する。
素吹床の大きさは6) 縦57cm×横48cm×深さ36cm (=98リットル)、床炭灰層の厚さ10cm (真吹炉の天蓋の厚みが10cmであったので、床内張りの厚みもそれと同じとした)。
床内壁層は1日1仕舞(=3回作業)で厚さ10cmの60%(=6cm)が侵食され、毎日侵食された分を補修したと推定した。1回作業では、厚さ2cm分の炭灰層が侵食されるので、その炭灰量は[壁(57+48)×36×2 +底 57×48]×2.0=20リットル
炭灰の組成を木炭粉50容量%と粘土50容量%と推定する。粘土のバルク密度は約2.0 粘土の約50重量%がSiO2なので7)、1回作業での侵食SiO2分は20×0.5×2.0×0.5=10kgとなる。
真吹床の内張り炭灰層からのSiO2量を推算する。
真吹炉の大きさ6) 縦60cm×横54cm×深さ30cm(97リットル)、床内壁炭灰層の厚さ10cm 床内壁層は1日1仕舞(1回作業)で厚さの60%(6.0cm)が侵食されると、その炭灰量は、[壁(60+54)×30×2+底60×54]×6.0=60リットル。SiO2分は30kgとなる。

まとめ
1回作業で侵食される炭灰層の厚みを素吹では2cm、真吹では6cmと見積もり、炭灰層の50容量%が粘土と見積もると、
素吹床1回作業(3回作業/日)で炭灰層から入るSiO2量は10kgと推算された。
真吹床1回作業(1回作業/日)で炭灰層から入るSiO2量は30kgと推算された。

注 引用文献
1. コワニェの覚書 p121「鈹は酸化され、大部分の砒素は、煙突から蒸気となって脱去し、酸化鉄は円蓋やブラスクの粘土によって煆焼せられる」
2. ブラスク Brasque 小学館ランダムハウス英和大辞典(1979)では、
「[冶金]素灰(すばい):木炭を温水と糖蜜(みつ)で糊(のり)状にして、炉の内張りにしたもの」<フランス語<イタリア語 brasca  pulverized charcoal(粉にした木炭)
3. 末岡照啓「幕末期の住友」住友修史室報16号p39,44(昭和61.8 1986)
4. 小葉田淳「別子銅山史の諸問題」日本学士院紀要 44巻1号p12,20(平成元年 1989)
5. 「阿仁銅山働方之図」 秋田大学鉱山絵図絵巻デジタルギャラリー>銅山働方之図 年代「江戸時代?」書写者不明(秋田大学附属図書館蔵)→図
阿仁銅山は、秋田県北秋田市にあった鉱山。 享保元年(1716)には産銅日本一となり、長崎輸出銅の主要部分を占めた。(Wikipedia)
6. 寸法:住友別子鉱山史 上巻p261 (1991)素吹床(壱番吹床)、真吹床(弐番吹床)
構造:コワニェの覚書 p117「素吹炉:焙焼を経た鉱石は仕事場の土中に設けられた角錐台のブラスクで出来た小さい炉(四側と底は片岩の平板で蔽われている)中で熔融せられて鈹となる。」 p120「真吹炉は厚さ10cmの粘土で作った球帽形のもので蓋をされている。」 
7. 粘土の化学組成の例
 ①下田右「雲母粘土鉱物の化学組成と結晶構造」鉱物学雑誌13巻特別号p27(1977.3) 第2表S2(秋田県釈迦内鉱山産) SiO2 47.14% Al2O3 37.09% Fe2O3 0.49% MgO 0.83% CaO 0.57% K2O 7.10% Na2O 0.35% H2O 5.18%
②野呂春文ら 「粘土試料のEPMA分析」鉱物学雑誌 15巻特別号p46(1981.3)
Table1 ハロイサイト(岐阜県中津川産) SiO2 45.10% Al2O3 38.55% FeO 1.18% H2O 14.69%

図. 「阿仁銅山働方之図」の「炭灰を踏みて吹床を拵える図」の部分