わが大地のうた♪

NPOグリーンウッド代表理事:辻英之(だいち)が今、南信州泰阜村から発信する炎のメッセージと…日々雑感!

続ける限りは

2014年01月21日 | 泰阜村が大学になる
私は東日本大震災直後から、立教大学で「自然と人間との共生」という授業を持ち続けています。

もちろん非常勤ですが、1年を通して毎週東京に通っています。

震災直後にこのテーマで授業を持たせていただいたのも何かの縁でしょう。

南信州泰阜村の、自然と向き合ってきた人々の暮らしを紹介することに加えて、自然の猛威に晒され、そして自然とのかかわりを断ち切られた東北の人々の想いをどうしても学生に伝えたいという想いが、毎週上京のハードスケジュールを可能にさせているのだと思います。


12月の授業で、原発事故の影響で全村避難を余儀なくされている福島県飯舘村からゲストをお呼びしました。

少なくとも5年間は帰れない「帰還困難地域」に指定された飯館村長泥地区。

その長泥地区の鴫原区長が、わざわざゲストスピークに来てくれました。

▼鴫原区長さんと立教大学



「牛を飼っていたから。東京なんて来たこともなかったよ」
と、はにかむ鴫原さん。

「降りたホームで待っていてください」とお願いした東京駅の新幹線ホームで、その通り待っていてくれました。

約300人の学生に対して、鴫原さんはゆっくり訥々と語りました。

自然とのかかわりを断ち切られただけではなく、賠償金をめぐるいざこざから村内や集落内の人々が断ち切られ、放射能へのとらえ方の違いから家族の中でさえも断ち切られていく飯舘村の現状。

そして、それに向き合って生きざるを得ない葛藤。

その絞り出すような魂の声は、学生の心を激しく揺さぶりました。

「大学の講義で涙を流すとは思わなかった」

「自分の人生を見直そうと思う」

いつもは寝ているか外部との世界との交信にいそしむ学生たちも(もちろん少数ですが・・・苦笑)、今回ばかりは鴫原さんの声に耳を傾け、流れる映像に釘付けでした。

そしてこれらの学生の率直な感想は、鴫原さんの心も揺さぶるのです。

「でも私は、こうやって、皆さんの前で話をできる今が、いちばん幸せです。どうかみなさん、今生きているこの瞬間を大事にして生きてください」

鴫原さんもまた涙声で学生に伝えました。

やはり学びは双方向性でこそ意義のあるものとなることを、改めて実感です。

▼学生に訥々と語る




今日、後期の授業が終了しました。

今年度、前期後期を通して毎週東京に通い続けました。

私がこの授業を続ける限りは、東北の人々の声を、学生たちに伝える役割を担おうと思います。

代表 辻だいち


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