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楽学天真のWrap Up


一語一句・一期一会
知的遺産のピラミッド作り

新年会

2007-01-06 02:31:33 | 人間
昨日は皆、正月から帰り新年会。まだ全員はそろわないが、ま、いいか、と大学の中で鍋をして一杯。
そこのごちそうはこれ!


小浜鯖めし!最高でした。ありがとうございます。
実はこの差し入れにはいわくがある?
 私のところにヒメネズミさんという母親院生がいることは前に記したが、1昨年、彼女の卒業研究でフィールドへ行かなければならなくなった。
しかし生まれて間もない子供がいる。どうしようか?一同考えた。その時、私のところで居候をしている男子院生のおかあさんが保母さんであるという。そこでなんやかんやいう間に学生たちと赤ちゃんとそのお母さんと、まとめた大調査隊を組んだ。立っていられないほどのとんでもない嵐に襲われる調査でもあった。私も含めて合宿所で散らかす一方の男どもと赤ちゃんの面倒を見ていただき、おまけに食事の世話から洗濯から何から何までやっていただき無事終了したというわけである。なにやらこの集団のおふくろさんと化している。なにやら私にとっても母親のような(なんていったら怒られる!)。
というわけで、時々差し入れをいただいて宴に彩りを添えてくれる。
今度一度来てください。みな楽しみにしております。
彼は今、船の上ですが。
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続く時差ぼけぼやきー高名研究者と人格

2006-12-12 23:07:39 | 人間
もうこちらへ来て3日目なのに時差ぼけで深夜に目が覚める。でもその日本時間は夕方。このまま日本へ帰ったらまた時差ぼけだな。
さて、本日で私の学会でのやまは無事超えた。しかし、討論は今日が本番。学生たちの居並ぶポスターはこれからである。そこに多くの人が集まり議論が展開される。防御と攻めと人間関係のやりとりと、おもしろい時間である(学生諸君は緊張だね)。

 これから展開されようとしている国際プロジェクトに、ある高名なアメリカの研究者の参加を巡ってアメリカの中で白熱した議論がある。わたしもその判断に巻き込まれている。サンプルとデータを取得するのに不眠で取り組む、すばらしい人である。しかし、その人の専門とするサンプルの取得は他の専門とするデータの取得とぶつかる。あちらをたてればこちらがたたないのである。しかもそこから得られるデータは、あることがらを理解するのにどちらも欠かせない。その時、大喧嘩になる人なのである。そのとき、その人は主張が通るまでしゃべり続けるのである。必ずしも科学全体を見通さない場面がしばしばある。そしてしこりが残る。多くのトラブルを生み続けて来た人である。同じ専門分野にあっても他の国や他の大学からの人を押しのけてしまうのである。そして他のアメリカ人は小声でささやく。「そのひとはーーだから」と。
自らを「神に選ばれた民」といい、1,900年も前にローマ帝国にかの地を追われ、さまよい続けた流浪の民。このトラブルの根は実は今も深刻である。この自由の地、アメリカにあってさえ。
 さて、どうするか。なやましい決断が迫られている。高名な研究者、かならずしも人格と関係がないことはしばしばである。
もっとも、私も人のことは言えた人間ではないが、困ったものだ。さ、もってきた仏教本でも読も。
 
 
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とげぬき地蔵

2006-11-19 22:47:56 | 人間
今日は終日氷雨。どこへも行く気にならず久々の寝て曜日。
学生下宿に泊まった後、抜けるような朝の、巣鴨の「とげぬき地蔵」を記そう。
説明文を読むと、いかに迷信の世界であったとはいえ、すがるような人の思いが胸に迫る。25歳(数えでは23!)で命が消えそうになるなんてはかなすぎる。今は医学の進歩で皆長生きしてしまうので、逆に命の尊さがないがしろにされている、と思う。


今は体に病があることも老化とともに問題であるが(私も)、こころの病も多い。とげがこころに突き刺さった人がいかに多いことか。このお地蔵さんはそんなことにも効かないかね。


ところで、このお地蔵さんの手に持っているものはなに?とげにしては大きいしーー??
それにしても、菊がきれいだね。私は昔から菊はなにか抹香臭くて好きではないが、精魂込めた菊はいいかも(年かな?やはり)

しかし、今日の菊まつり巣鴨は、氷雨で悲惨だったかもね。
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大将の器

2006-11-09 04:50:53 | 人間
またまた早朝。でもこの夜は10時に帰宅後、朝3時まで泥のように眠る。目が覚めて仕事再開。でもあるソフトのインストールに時間を要するので、その間に読みかけの「人きり以蔵」短編集の続読。その中の一編「言い触らし団右衛門」の一節。

『大将の器量とは一座の者の心を読んで、その雰囲気の中で中心になれる器をいう。とすれば、鉄牛(主人公)どのは、しょせんは一騎駈けの武者であろうか』

うわー、これってほんとうによくわかる。科学者の中でも、ただただ「俺が俺が、最初にそれを、これも、あれもーー」と目立ちたがるものがいる。一方で、ほとんど無言だが、極めて本質的なところで「ボソッ」。断然後者が、ものごとを進める中心となる。いやはや、命を賭けた白兵戦の世界もそうだっていうのは、どこでも皆一緒だ。
 この大将のありさまって、きっと集団で身を守る時の本能だね。だれがボスとしてふさわしいかを瞬時にして見分ける。
ボスをあやまると集団が滅びる。かの国の首領様のように。サル学の中にもあるのではないかな?
これだから、司馬もの小説はやめられない。
おっと、インストールが終わったので、現場へ復帰します。
では、また
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「もういやだ大学院」の君へ (1)

2006-08-24 11:09:16 | 人間
 このブログに乗せる写真を大きくしたいのでgoo blogアドバンスにしたが、そのアクセス解析によってどのような検索ワードで私のところに訪れてもらっているかが分かる。コメントやトラックバックがなくてもそのことが励みとなって書き続けている。今朝起きて、気になる検索キーワードがあった。「もういやだ 大学院」である。とても悲しい気分になった。ひょっとすると私のところの学生ではないか?とさえ思えてくる。
 ちょっと前までの若い私ならば、研究こそ人生の全てと思っていたので、アジって、アジって(アジる、とはアジテーションをする、すなわち熱い演説調の話し方をすること)「ほらほら研究ってこんなに面白いだろ!」というに違いない。でも今はちょっと違う。

人生には実にいろいろあると思うし、「もう一度人生をやるとしたら何をやりたい?」ってマジに聞かれたら本当に迷ってしまう。

<研究を1からやり直してみたい>っていうのが一番熱いかも、やはり。これが安全パイであり、やってみたいこと、知りたいことが山のようにある。年を重ねるごとに大きくなる。そしてそのための時間も足りない。もう一度、人生があればそれだ!

でも他に
<子供の頃、なりたいなと思って、そんなもんじゃ飯は食えない!と親に一括された「絵描き」もいいな~>
小学校低学年の頃、本当に好きで好きで図画工作の時間が待ち遠しかった。でも、高学年になるとたまにしかうまく描くなくなって、でもそのたまにうまく描けたときのうれしさがたまらなくて親に言ったら一括されてしまったんだった。大学生になってフラット旅をして、列車のデッキから流れる風景をデッサンで切り取った時はいいぞと思った。ロシアでの長い長い待ち時間、絵を描いているとそんな時間気にもならず、<ん!うまく描けたロシアの車>なんてね。いい世界だよな「絵を描くって」と思う。

<今度こそ、運動でいつも一番前を走り、オリンピックにでも出たい>
私は子供の頃、病気をしたので運動会はいつも苦痛。でも一度だけ、障害物競走で一番になったことがある。網をくぐる時に前を走ったものたちが絡まって大慌て脱出不能の大パニック!一番後ろからのろのろいっていた私は、<お!あそこが通れるではないか>とするする抜け、誰もいないうちにゴールイン!ウサギに勝つ亀の話は大好きだった。<一番て気分がいいね>とそれから何度も夢に見たな。今度の人生はこれもいいな!

<子供の頃、いくら練習してもうまくならなかったピアノ、今度の人生では3歳くらいからはじめて作曲家!学生の頃、勝手に曲を作って一人酔っていたあの世界もいいな>
恋をしている時など、ピアノを引いていると、楽譜なんかいらない。自分の好きな勝手なメロディーとリズムで、強く叩いたり弱く弾いたり。実らない恋が音楽の中で成就していく、なんて最高だよね。やっぱり作曲家!いまはただのカラオケおやじだがね。

<田舎で広大な土地を買って、そこを花で埋め尽くす!花園農園の経営>
花って、本当にいいね。水をやりすぎても枯れる。やらなくとも枯れる。肥料をやりすぎても枯れる。やらないと、か細くなる、でもそれはそれで盆栽という世界もある。人間の勝手な思いだけでは、いとも簡単に死んでしまう。でも人の思いやりが通じた時、一面満開の花になる。これって絶対に止められなくなるに違いないと思う。

<本を読みあさり、考え続ける哲学者あるいは読書評論家>
本屋へ行くと山のように溢れる本。古本屋へ行くと絶望的に多い、本の数。絶対に人生全てを費やしても読み切れない。でも全部読みたい!そして偉大な哲学者たちのように、自然とは世界とは歴史とは人間とは政治とは経済とは言語とは全てを知り尽くしたい。悩んで悩んで、<お!そうか!>と気がつく喜び、それを味わってみたい。

なんてね。私はやりたいことがありすぎて、次の?人生まで夢見てる。

そのやりたい夢と今の自分のいる場所の関係を見つけられると、いいのだけれどね。「もういやだ!今のいるところ」と逃げるのも手ではあるが、一歩引いて今の自分の居所を見つめてみて「今、いるところも精一杯生きてみる」とすると無駄にならないね。そしてもっと夢に向かって歩む力にもなるね。逃げてみるのもありだと思うけれど、人生逃げ癖がつくとまずいしね。逃げるのではなく夢に向かって「今って、ここってなに?」がいいのかもね。人生死ぬ時の瞬間まで夢を見ることができる、と思ってる楽学天真です。
次回は私の大学院時代の苦しみ、楽しみを記そうかな、と思う。


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