楽学天真のRead & Think

読書はこころの泉。
目がかすれるほどに読みたくなる。
私の乱読記録として、このサイトを再開する。

夏の香り

2006-04-30 23:52:24 | 芸術
 今日は午前中、天気が良く久しぶりに散歩をしました。
いい香りがすると思ったら、もう藤の花が咲いているのですね。
もうすぐ夏ですね。
明日とあさって、連休前の仕事の片付けだ!
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雨とはな

2006-04-30 00:31:24 | 自然
表ホームの手入れで時間がとれず、楽学サイトがおろそかになり、読者のみなさん。ごめんなさい。
今日は、花をお届けします。
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君主論と大学教授論:第15章~第20章

2006-04-27 07:51:53 | 人間
昨日は忙しくて。
さて、その隙間で。つづきです。

第15章~第18章は、君主の資質として求められるものについて語る。
ここは結構おもしろい。逆転の発想である。
世間の常識と正反対すなわち非常識。
しかし真実をついていたので、マキャベリの君主論は大ブレーク。
彼の君主論のハイライトだね。

第15章 褒められる君主とけなされる君主。
気前善 vs 強欲
慈悲vs 冷酷
豪胆 vs 優柔不断
丁寧 vs 傲慢
潔癖 vs 好色
律儀 vs 狡猾
堅固 vs 軟弱
重厚 vs 軽薄
信心 vs 不信心
上の対比の左は賞賛される理想君主。しかし、時にそれが身の破滅。
悪は善を駆逐するのが現実。
時に悪になれと。
それは大局において善へ転化すると信じて。
というのがメッセージ。

これって、本当だね。
場面において断腸の思いで悪になることが必要なことはあるね。
本当に.「許せ!」との決断がリーダーには求められることがある。
納得。

第16章 気前の良さとケチ
この章もわかり易い。
受け狙いの気前の良さは、その時は良いが、やがてお金がなくなると強欲君主となる。
そして、人心が離れる。
ケチでも評判が悪くなるのはその恩恵にあずかるわずかな人。
しかし、それによって圧倒的多数の人民は課税を免れ、名君となる。
世の名君たるものみなケチであった。
そういえば、かの「暴れん坊将軍」吉宗もケチの典型的君主。
でも大岡越前守がいて、善政をした。
「亨保の改革」だったね。

この受け狙いの気前の良い教授っているね。
大プロジェクトで使い切れない大金をとり、「ほらほらほら」とばらまく。
悪いのになると、それを鼻先の人参のように使う。
多くの正直な研究者は研究費に困っているから、断腸の思いでその人参に食いつく、そしてーー。
そのようなプロジェクトリーダは尊敬されず、金の切れ目が縁の切れ目。
貧乏でいい。必要以上の研究費は人を腐らす。

第17章 冷酷と慈悲
誰だって憎まれたくない。慕われたい。マキャベリは憎しみと思慕は共存できないが、恐れと思慕は共存でき、それこそ君主のめざすべきものと書く。

ん。確かに。
権力を持つ者は確かに怖い。しかし、憎しみまでになるのは、人民のものを奪ったとき。
恐れられること、すなわち冷酷を避けては通れない。

大学の教授も締める時は締めねばならないってことだね。
研究・教育・管理運営社会活動において。
教授のことばは時に刃物だからね。自戒自戒。

第18章:誠意と狡猾
ここまで読むと、読む前に、「狡猾が勝る」と書いてあると予測。
やっぱり。しかし、奥深い。
それは目であるという。
獅子と狐にたとえる。真っ正直、しかし強いな獅子。狡猾、しかしオオカミには勝てない狐。
信義は誠実な獅子のもの、裏切りは狡猾な狐のもの。
信義を演じ、いざという時に狡猾になれという。

これはほとんど、動物物語のようだね。

しかし、演じても目は総てを語るので、結局、誠実は本物でなければならない、なりきれってことか?
これは俳優だね。俳優は、演ずる人物になりきり目つきすら本物となって名優となる。君主も同じだと。
獅子であり、狐であれと。

ここ、結構きついメッセージだね。悪く言うと2枚舌だからね。「目をごまかす」なんて普通はほとんど不可能。
だいだい「目でばれる」。

でもあるね。やむを得ざる理由により、お約束反故にさせていただきます、ごめん、という場面。
恋愛において、人をふる時などその典型だね。 その「悪」を積みかさね、積み重ねられ人は大人になる。
さみしいけどね。それを嫌な人がピーターパンなのだね。研究者にはピーターパンが多いね。

第19章:憎悪と軽蔑から如何に逃れるか。
最も気を使うべきはやはり人民。そして次に兵士。
この両者は相反するので、獅子と狐(誠意と狡猾)をうまく使えと。
君主への軽蔑は優柔不断と支離滅裂からくる。

これもリーダーにとっての一般則だね。
大学の管理から、研究グループから、一家の親父にいたるまであらゆる責任のある人にあてはまる。
熟慮の上の冷静で正確な判断。一貫した論理。
誰の方を向いた決断か?憎しみを最小に押さえ、かつ人民の圧倒的な信頼の包囲があれば兵士といえども牙を剥けられない。

さて、以上の資質をもてば、名君となるが、このあとは鍵となる策。

第20章:砦は作るべきか否か。
この章のパラドックスもおもしろい。城砦とは何ぞや?築くべきか否か?マキャベリの答えはどちらでも良い。それよりもっと大事なものは民衆の信頼であると断定。それがあれば「人民の砦」が君主を敵から守るという。
マキャベリの君主論が名君を生んだ理由が今や明らかである。彼は民衆を最も大事にせよ、と繰り返し繰り返し問いたのである。

これは大学教授の研究と教育に翻訳すると,「学生を最も大事にせよ」「砦の中に囲い込むな。信頼して自由にさせよ。囲い込みは学生不信と抑制の現れ。それは自らを滅ぼす」という明解なメッセージである。やはり「学生よ自由に羽ばたけ」はただしいのである。

さて、あと五章で終わりだ。もっか君主論にもめり込み中。
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休憩ー花爛漫

2006-04-25 23:02:20 | 自然
君主論おつきあいいただいてありがとう。
休憩です。
わが町の今朝の花です。
満開、あざやかですね。
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君主論と大学教授論:第12章~第14章

2006-04-25 13:43:48 | 人間
今日も昼時読書。今週って暇なのかな?

第12章、第13章、第14章は軍隊のこと。
まず第12章。
お雇いの軍隊・傭兵はだめだと。かっこつけるだけ役にたたない。

 これを研究にあてはめる。研究における武器とは方法。方法には観察・観測・実験、そして理論。この中に、他にはない強い独創の存在が武器、すなわち軍。それをお雇い、すなわち人のふんどしであるということは勝てないというのがこの章の大学教授論への翻訳。これって芸術から商売まで、あらゆるところに共通することだね。
マキャベリってえらい!

第13章
 ここも第12章と同じ。 援軍は危ない。援軍が負けたら負け.。勝手も見せかけ。その後には援軍がすべてを支配する。すなわち決して勝つ事はない。自軍こそ総て。自軍とは臣民、市民、みずから養ったものから構成。

これも研究に当てはめると第12章と同じだね。研究も競争社会であり、ある意味「知をめぐる戦争」である。その際の共同研究における精神構造が似ているね。表では共同するが、ライバル意識が強く潜在している。国際共同研究などはなおさら。そこでは単に研究のライバルを越えて、「国」をも背負っている。日本人研究者は、性善説という仏教文化のせいなのか、いつもガードが甘く、外国の援軍を頼んで、持っていかれるね、研究でも。でも性善説って抜けきれないね。やっぱり温かくて。ジレンマ!

今進行中の国際共同研究や、予定している2件の国際シンポジウムなどにとってこの章は役に立ったぞ。

第14章.
この章は明解。精神をいつも戦争へ集中せよ。そして歴史の名君に学べ。

大学教授にとっての戦争とは研究と教育。戦場とは学会発表と教壇。いつもいつもそのことを考えよということだね。
そして歴史をつきぬけた科学者と教育者にまなべ。正論だ。
突然の
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