2016年12月16日、安倍晋三はプーチンとの2度の首脳会談を経て、「共同記者会見」を開いた。
安倍晋三の冒頭発言は北方四島元日本人島民の返還に賭ける思いから入った。その思いを既に81歳を超えている平均年齢と、「もう時間がない」としている元島民の言葉で表現した。
そして北方四島を日本人とロシア人の「友好と共存の島」にしたいという元島民の願いを受けて、人道上の理由から日本と北方四島をより自由に往来できる方法を検討することで合意したことを明らかにした。
いわば北方四島の領土・主権の帰属の解決を先送りした発言となっている。
それもこれも平均年齢が81歳を超えていて、「もう時間がない」という元島民の切実な思いに応えるためだということなのだろうが、これは表向きの正当化であって、帰属問題を解決に向けて全然進めることができていないことが主因となっている正当化なのは誰の目にも明らかであるはずである。
対してプーチンはどのような問題から冒頭発言に入ったのだろうか。その問題によってプーチンの関心の第一がどこにあるのかが分かる。
プーチンの冒頭発言と記者との質疑応答は「産経ニュース」記事に依った。
プーチンは冒頭発言を日本とロシアの経済協力から入っている。貿易投資関係について話し合ったとか、「ビジネス対話が行われ、そして省庁間、実業界間の覚書が調印された」とか、「省庁間のミッションによって、数十もの非常に多くのプロジェクトが協議された」とか実利一辺倒の発言となっている。
そのために来日し、安倍晋三の故郷山口にまで訪れて首脳会談を開いたのだから、当然の入り方である。もし北方四島の帰属問題と帰属に応じた平和条約問題だけを議題としていたなら、プーチンは来日しなかったに違いない。
裏を返すと、安倍晋三は経済問題でプーチンを釣った。釣って、その魚(プーチンの日本に対する関心)を育てるためには経済に関わるそれ相応の餌を与え続けなければならない。
安倍晋三は元島民の思いを伝えてから、平和条約問題に入っている。締結されるにしても、遠い先のことだから、2番目に持ってきたのだろう。
安倍晋三「戦後71年を経てもなお、日本とロシアの間には平和条約がない。この異常な状態に私たちの世代で、私たちの手で終止符を打たなければならない。その強い決意を、私とウラジーミルは確認し、そのことを声明の中に明記しました。
領土問題について、私はこれまでの日本の立場の正しさを確信しています。ウラジーミルもロシアの立場の正しさを確信しているに違いないと思います。
しかし、互いにそれぞれの正義を何度主張し合っても、このままではこの問題を解決することはできません。次の世代の若者たちに日本とロシアの新たな時代を切り拓くため、共に努力を積み重ねなければなりません。
過去にばかりとらわれるのではなく、日本人とロシア人が共存し、互いにウィン・ウィンの関係を築くことができる。北方四島の未来像を描き、その中から解決策を探し出すという未来志向の発想が必要です。
この『新たなアプローチ』に基づき、今回、四島において共同経済活動を行うための『特別な制度』について、交渉を開始することで合意しました。
この共同経済活動は、日露両国の平和条約問題に関する立場を害さないという共通認識の下に進められるものであり、この『特別な制度』は、日露両国の間にのみ創設されるものです。
これは平和条約の締結に向けた重要な一歩であります。この認識でもウラジーミルと私は完全に一致しました」――
要するに領土問題は双方の主張の真っ向からの違いから解決の見込みが無いために北方四島で双方の主張を「害さない」「特別な制度」を設けて共同経済活動を行うことで合意した。
そして共同経済活動は「平和条約の締結に向けた重要な一歩となる」と訴えている。
但し安倍政権だけではなく歴代日本政府は「4島の帰属問題の解決を前提として平和条約を締結する」ことを基本姿勢としている。
と言うことは、共同経済活動を4島帰属の解決にこの上なく役立つ重要な要素に想定していることになる。そして「この認識でもウラジーミルと私は完全に一致しました」と、プーチンが安倍晋三と同じ土俵に立ち、同じ関係性を築いたかのように発言している。
だからこそ、前以て共同経済活動を「日本人とロシア人が共存し、互いにウィン・ウィンの関係を築くことができる」「新たなアプローチ」だと意義づけることができたのだろう。
だが、仔細に考えると北方四島の帰属をロシア側に置いた日本との「ウィン・ウィンの関係」を考えることは不可能で、ロシアが手放し、日本に帰属させた「ウィン・ウィンの関係」を考えることも不可能である。
このいずれかの関係も、日本かロシアか一方に「ウィン」を置かなければならない。双方共にとはいかない。
双方共にという意味で「ウィン・ウィンの関係」とするためには経済問題に限らなければならないはずだ。
いわば北方四島で日露が協力して経済活性化を図ることで得ることのできる「日本人とロシア人が共存」した「ウィン・ウィンの関係」と言うことになる。
と言うことは、帰属問題を外して可能とする「ウィン・ウィンの関係」でなければならない。
このことは共同経済活動は、「日露両国の平和条約問題に関する立場を害さないという共通認識の下に進められる」という発言に象徴的に現れている。
いわば日本と北方四島の自由往来と同様に双方の帰属問題の違いに触れないということを示している。
安倍晋三は北方四島での共同経済活動ばかりか、対ロ8項目の経済協力プランに言及し、「たくさんの日露の協力プロジェクトが合意されました」と経済協力を前面に打ち出した冒頭発言の終わり方となっている。
最初に元島民の思いに触れているが、日露の経済協力、と言うよりも、日本の対ロ経済協力を主体とした冒頭発言と見るべきだろう
要するに帰属問題を外した経済問題でプーチンを釣っていることになるから、共同経済活動が「平和条約の締結に向けた重要な一歩となる」と訴えていることは、日本国民向けにそう思わせて、自身の北方四島外交の正当性を見せかけていることになる。
「日露両国の平和条約問題に関する立場を害さない」共同経済活動は十分に可能だが、領土の帰属問題を害さない平和条約締結はあり得ないからだ。
プーチンが平和条約締結に触れたのは経済問題と結びつけてのことだった。安倍晋三も同じように結びつけているが、経済問題でプーチンを釣ってるのとは異なる。
プーチン「安倍首相のイニシアシブにおいて、南クリル諸島(北方領土)における共同経済活動も考えられています。このようなことを実現することで、平和条約締結に向けた信頼の醸成が行われていると思っています」
「安倍首相のイニシアシブにおいて」という言葉にも釣り人は安倍晋三だと分かる。
プーチンも北方四島での日露経済協力が平和条約締結に向けた第一歩となるようなことを言っているが、これは日本からの経済協力を釣る餌に過ぎないだろう。
質疑での次の発言が証明している。
先ずプーチンは日露の国境を定めた日露和親条約(1855年2月7日(安政元年12月21日)締結)に触れて、日本は北方四島を手に入れ、さらに1905年の日露戦争後の講和条約で南樺太を日本が割譲させたことに言及し、次のように続けている
プーチン「40年後の1945年の戦争の後にソ連はサハリンを取り戻しただけでなく南クリル諸島(北方四島)も手に入れることができました」
「北方四島は第2次世界大戦の結果ロシア領となった」としているロシアの基本姿勢を言葉を替えて改めて主張した。
このような姿勢をベースに置いたプーチンのその他の発言である。
安倍晋三が帰属問題を外して共同経済活動と平和条約締結に触れているのに対してプーチンは帰属問題をロシアに置いてそれらに言及している。
この同床異夢の関係は如何ともし難い。
安倍晋三は12月16日午前開かれた「日露ビジネス対話」で次のようにスピーチして、自身の外交成果を誇っている。
安倍晋三「後世の人々は2016年を振り返り、日露両国の関係が飛躍的な発展の軌道に乗った一年であったと意義付けることでしょう」
ビジネス対話だから当然だとしても、帰属問題に限ると、同床異夢の関係性から抜け出ることができていない以上、経済協力に限って日露両国関係が「飛躍的な発展の軌道に乗った一年と意義付けるだろう」と断らなければならないはずだ。
帰属問題抜きの日露発展を喜ぶのは経済界と経済界と引っついた政治家のみである。
安倍晋三は自分に都合の良い統計だけを取り上げてアベノミクスの成果だと見せかけるのが得意だが、これも同一線上の成果誇示となる。もし正直な政治家なら、安倍晋三に正直さを望んもでないものねだりに過ぎないが、「プーチンと16回も首脳会談を重ねながら、経済関係の飛躍性に反して帰属問題では飛躍は望むことはできない同じ一年となってしまった」と謝罪しなければならない。
望むことのできない一年だったからこそ、「戦後71年を経てもなお、日本とロシアの間には平和条約がない。この異常な状態に私たちの世代で、私たちの手で終止符を打たなければならない」と、「一年」という期間を「私たちの世代」という不確定の長い期限に置き換えなければならなかったはずだ。
要するに同床異夢ばかりか、安倍晋三の不正直も目立つ記者会見となっていた。