2016年12月7日午後3時から国家基本政策委員会両院合同審査会で安倍晋三と民進党代表蓮舫の党首討論が行われた。国会質疑での蓮舫の安倍晋三に対する追及の程度からしてあまり期待していなかったが、期待していなかった通りとなった。
但し安倍晋三の発言に対して自身では気の利いていると思っているに違いない短く纏めた機知に富んだ言葉を咄嗟にいつも通りに幾つか吐いていて、頭の回転の良さを見せていたが、その言葉だけを取り上げると、効果的に皮肉を効かせた発言に見えるが、いくらそうであったとしても肝心の追及どころを間違えて安倍晋三を追い詰めることができなかったのだから、相手の胸に刺さらない言葉だけの皮肉で終わる。
ブログ題名に使った「総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています」もその一つで、他に「強行採決をしたことがない?よく、息をするように嘘をつく」もその一つであろう。
この「息をするように嘘をつく」の言葉に対して橋下徹が自身のツイッターに投稿した「これが事実なら民進党蓮舫さん、人格攻撃はよくないよ。人を嘘つき呼ばわりしたら、蓮舫さんなんか二重国籍問題ではバリバリの嘘つきだ。国民はしっかり見ている。詐欺罪で有罪判決を受けながら僕を詐欺師呼ばわりした辻本清美とやはり同類か!政策論争に徹すべき」との発言を「産経ニュース」が伝えている。
私自身もブログに、〈蓮舫の二重国籍問題が騒がれている。日本国籍を有していさえすれば、台湾国籍放棄は手続きの問題だから、騒ぐ程のことはないと思うが、この問題での蓮舫の発言が微妙に違っていることである。となると、蓮舫の正直さが問われることになる。正直でなければ、代表の資格はない。〉と書いた。
安倍晋三と蓮舫の党首討論の発言は12月7日付「産経ニュース」記事から引用することにした。全体的なことは参考にして貰いたい。
蓮舫が追及どころを間違えた発言をする前に幾つかの遣り取りがあったから最初にそれを紹介したいと思う。
先ず蓮舫は日本には536万人もギャンブル依存症の疑いのある患者がいる、そういった依存症患者は勤労を怠り、副次的犯罪を誘発する危険性を抱えている、にも関わらず5時間33分の審議時間のみで強行採決に踏み切ったのはなぜなのかと追及した。
対して安倍晋三は2014年に視察したシンガポールの施設は「カジノだけではなくて、ホテル、あるいは劇場、ショッピングモールや水族館、また、テーマパークも構成」していて、「カジノといわれる施設の床面積は3%のみ」だから問題はないといった趣旨の発言をし、同時にIR法案は議員立法であって国会で決めることだからと、強行採決は自身に関係ないといった趣旨の発言を見せた。
この発言に蓮舫は2011年にIR議連ができたときの最高顧問は安倍首相であって、2014年のシンガポールのカジノ視察は総理としてのカジノ視察であり、「成長戦略の目玉になる」と発言していた「総理肝いりの法案だから、伺っているんです」と、議員立法で済ますわけにも強行採決に無関係だと済ますわけにもいかないといった趣旨の発言で応酬した。
こういった遣り取りがあってから、安倍晋三と蓮舫の次の遣り取りの場面に移る。
蓮舫「先程総理、おっしゃいました。カジノIR施設は、その中でカジノはわずか3%の面積だと。それ以外は商業施設、国際会議場、ホテル等で、確かにそこにおいては、設備投資、雇用を生み出す経済効果は一時あるかもしれません。けれども、総施設の売上のその7割、8割、9割は、わずか3%のカジノが生み出しています。カジノだけが盛り上がって、儲かって、それ以外の施設は衰退しているという事例が、世界でも報告されています。
カジノは、なぜ問題なのか。それは負けた人の掛け金が収益だからです。依存症に陥って、借金までして、それでも勝てなくて、負けた金が、それが収益であり、利益になる。つまり、サービス業やものづくり産業のような、新たな付加価値は全く生み出しません。これのどこが成長産業なんでしょうか。私は国家の品格に欠くと思う。成長産業であるという理由を端的に教えていただけませんか」
安倍晋三「まさにですね、この法案の中身については、中身については、これ欠席はされずに、まさに委員会においてご議論をいただきたい、こう思うわけであります。議員立法でありますから、私はこれ、閣法ではございませんから、これについて説明をするですね、私は責任を負っていないわけでございますので、提案者にですね、対して、すいません、ちょっとね、(柳田稔委員長「総理、ちょっと待ってください。静粛にお願いします」) 民進党のみなさん、静かにやりましょうよ。
委員長、お願いしますよ。こんなにね、ワーワーワーワー騒がれますと、私もしゃべりにくいんですよ。よろしいですね。みなさん、落ち着かれましたか。よろしいですか。よろしいですね。はい。そこでですね、やはりこれはまさに委員会において、建設的な議論をですね、これ専門家である提案者にしっかりと質問していただきたい。こう思う次第でございます」
蓮舫「総理自らが成長産業の大きな目玉になるとおっしゃっているんです。なぜ成長産業につながるのか教えて下さい」
安倍晋三「これは先ほど申し上げました、いわば統合リゾート施設であり、床面積の3%は確かにカジノですが、それ以外は劇場であったりテーマパークであったりショッピングモールであったり、あるいはレストランであるわけです。それは当然、そこに対しての投資があるわけで、投資があり、それは雇用にもつながっていくのは事実であります。だからこそ統合リゾートと言われているわけです。町中にカジノができるものでは全くないわけでございまして、限定的な場所で今言ったような形で作られることについてはご理解をいただきたいと思う次第です」
蓮舫「ただのリゾート施設だったら法律は要らないんです。カジノが入っているから、こうやって法律を出しているんじゃないですか。だからカジノがどうしたら成長産業に資するのかと何度も伺っても、総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています」――
「総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています」という発言は一見、効果的に皮肉を効かせた、相手をたじろがせる言葉に見えるが、要するに「カジノがどうしたら成長産業に資するのか」という追及を早々に引き上げて、そのように結論づけだけの話に過ぎないのだから、安倍晋三にとっては痛くも痒くもなかったはずだ。
事実蓮舫は追及の急所を一度は掴みながら、その追及に徹すべきところを、公明党の中でも山口代表や何人かの議員がIR法案に反対していることを挙げて、反対の正当性の要因に加えようとしたり、今年度の税収の下振れ問題や電通の長時間労働の犠牲となって自殺した女性の名前を上げて長時間労働の是正の問題等の追及に移ってしまうことで徹すべき追及どころを間違えてしまった。
統合型リゾート施設の中でカジノが占める面積は3%でも、施設全体の総売上の「7割、8割、9割」はカジノの売り上げによって占められていて、カジノで「負けた人の掛け金」を主たる収益としていると認識していたのなら、「カジノで負けた人の掛け金を主たる収益としているカジノ併設の統合型リゾート施設を成長戦略の目玉とするというのは、国家の品格を欠くのではないのか」となぜ最後まで追及しなかったのだろう。
蓮舫のIR施設の整備が「成長産業であるという理由を端的に教えていただけませんか」という追及に安倍晋三は真正面から答えず、そのことにヤジが上がると、そのヤジを批判することで自身の発言の正当性の保証に使ういつもの狡猾な誤魔化しに、「そういった誤魔化しは使わないで欲しい」とピシャっと遮ってしぶとく追及を続けるべきところを、「総理のその答えない力、逃げる力、ごまかす力、まさに神っています」と安っぽく結論づけてしまった。
折角の追及どころを、そうであることを気づかないままに自身から手放してしまった。
蓮舫が今年度の税収の下振れ問題を追及したのに対して安倍政権は100万人の雇用をつくった、47のすべての都道府県で有効求人倍率は1倍を超えた、企業の収益は過去最高だといった統計を例の如くに示してアベノミクスの成果を誇っているが、いくら誇ろうとも個人消費は殆ど停滞したままの状況にある。
個人の消費生活を豊かにしない、それ以外の経済指標の好結果とは一体何なのだろう。一部の富裕層・準富裕層だけが消費生活を謳歌しているということではないのか。
ここに見えるのは格差社会そのものである。
また税収の下振れは「円高である」と円高原因説を挙げているが、過去最高の企業収益が円安と株高に支えられ、税収の下振れが円高と円高を受けた株安に原因があるなら、アベノミクス自体は企業収益や税収にプラスの値を与える力はないと言っているに等しい。
なぜこれらの点を掴まえて追及しなかったのだろう。ここでも追及どころを間違えた。
安倍晋三はアベノミクスの成果を誇った挙句に「統合リゾートとしてさまざまな投資が起こり、まさに雇用を作っていくことにつながっていくということを先程申し上げたところです」と、蓮舫のIR施設の整備が「成長産業であるという理由を端的に教えていただけませんか」との追及をケロッと忘れて、それをアベノミクス成長戦略の一つに加えている。
つまり「負けた人の掛け金」を主たる収益としていようがしていなかろうが、「投資が起こり、雇用を作っていくことにつながってい」けばいいとしたことになる。
勿論、「投資が起こり、雇用を作ってい」けば、それだけで終わるわけではない。「投資」は回収し、回収の上に利益を積み上げていかなければならないし、「雇用」は維持していかなければならないし、利益の積み上げに応じて増やしていかなければならない。
全て原資は「負けた人の掛け金」と言うことになる。
と言うことは、統合型リゾート施設(IR施設)はカジノでのギャンブルで儲ける客よりも負ける客をより多く塩梅しなければ、施設自体が企業として成り立たないばかりか、成長産業ともならないし、成長戦略の目玉にもならないことになる。
ギャンブルで儲ける人間よりも負ける人をより多く出さなければならないということなら、ギャンブルに負ける人間をつくり出す産業であり、成長産業でもあり、負ける人間をつくり出すことを成長戦略の目玉としているということになる。
日銀の金融政策を受けた株価と為替以外、見るべき景気策を持たないアベノミクスだから、なり振り構わってはいられなくなったのだろう。そのなり振りの構わなさが強行採決という現象となって現れたはずだ。
蓮舫は折角の党首討論デビュー戦で満を持していたはずだが、一見気が利いているように見える警句紛いの発言だけを実際には何の役にも立たないままに印象に残こることとなった党首討論となった。
一番の原因は既に触れているように追及どころを間違えたからだろう。