11月1日(2010年)のロシアのメドベージェフ大統領国後島訪問に危機感を抱いた北方四島の元島民たちが政府に対して早期返還に向けた強力な外交交渉を求める中、我が日本政界のホープ、大店の若旦那こと前原誠司外相が海上保安庁の航空機で就任後初の上空からの北方領土視察を行った。《外相 北方領土問題早期解決を》(NHK/10年12月4日 20時53分)
前原外相(記者団に)「北方領土問題をぜひとも解決したい。政治関係がしっかりしないと領土交渉ができないので、政治を安定させて、ロシアと交渉したい」
金賢姫の遊覧飛行紛いではないと思うが、機上視察後、根室市の納沙布岬を訪れて元島民らおよそ40人と共に約7キロ離れた歯舞群島や国後島を額に手をかざしてかどうかわからないが、そこから北方四島を臨み見たという。そして元島民らと意見交換。元島民が早期解決のための外交交渉の要求。
前原外相「ねばり強い交渉も必要であると同時に、65年かかって、まだ解決しない問題を、あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものかと強く思っている」
これは素晴らしい発言である。卓越した創造力なくして口にし得ない言葉であろう。「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」と当たり前のことを当たり前のようにいっている。
メドベージェフ大統領の国後島訪問とその後の言動、ロシア側の反応がさも北方四島をロシア領土であるが如く振舞っている様相に危機感・焦燥感を抱いている元島民たちにとっては極々当たり前過ぎることであって、「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」であるなら、言うべき言葉は「ダラダラ長く」かからない早期返還に向けた成算あるアイデアであろう。
いわば「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」と時間だけがかかっていることに疑義を示しながら、「ダラダラ長く」かからない方策を何ら口にしなかった。少なくともNHK記事ではそうなっている。記事の扱いが正しいことなのか後で見てみる。
一連の日程を終えて記者会見。
前原外相「経済が交渉のカードになり得たときもあったが、ロシアは非常に豊かになり、問題解決のために考えなくてはいけない視点が変化している。新しい戦略を外務省で作っている最中で、先月、横浜でラブロフ外相と領土交渉について、意見を交わした。できるだけ早くモスクワに行き、第2ラウンドを行いたい」――
この発言の前半は国会答弁等の機会で何度も喋っていることの繰返しに過ぎない。「新しい戦略を外務省で作っている最中」だと言っている。それが「ダラダラ長く」かからない方策だというなら、そのことをこそ元島民に話して希望を持たせるべきだったろう。
もし外務省が作っている最中という「新しい戦略」を元島民に話しているとしたら、「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものかと強く思っている」は全く以って不必要な言葉となる。直截に「新しい戦略」について話せば済むことだからだ。
但しである、「新しい戦略を外務省で作っている最中」だと言っているが、政権交代から1年2ヶ月、前原外相が国交相時代海上視察したのが昨年10月17日で、これも1年上経過している。さらに日本が議長国として横浜で11月13、14日の両日にAPECが開催され、その機会に各国首脳と会談することは前の年から分かっていたことであり、尚且つ開催約2週間前に当たる11月1日にメドベージェフ大統領が国後島を訪問している。これらを併せ考えると、「最中」は遅すぎる。訪問があってから慌てて「新しい戦略」に取り掛かった遅すぎる印象を受けたので、NHK記事の動画を覗いてみた。次のような発言となっている。
前原外相「新しい戦略を今、アー、外務省の中で、エー、もう作って、ま、その一環で、この間ラブロフ外相と2時間の、領土交渉を行って、できるだけに2ラウンド目に早くやって、私の役割をしっかり果たしていきたい――」(NHK動画)
外務省の「新しい戦略」は既に完成していて、その「新しい戦略」の一環として行った「ラブロフ外相と2時間の領土交渉」が「新しい戦略」に則った第一ラウンドがであり、次の第2ラウンド目に早急に取り掛かりたいとしていると言っていることになる。
NHK記事自体の「新しい戦略を外務省で作っている最中で」と、動画の「もう作って」とでは意味が全然違ってくる。
前原外相が「できるだけに2ラウンド目に早くやって」と言い、尚且つ「私の役割をしっかり果たしていきたい」と言っている以上、第1ラウンドの「ラブロフ外相と2時間の領土交渉」が「新しい戦略」として描いたシナリオの最初の部分どおりに最低限一定以上の成果を上げていなければならない。
そうでなければ第2ラウンドに進むことができないばかりか、最初からつまずいたとなれば、「新しい戦略」の全体そのものの練り直しが迫られる。「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」どころでなくなる。多分、「ラブロフ外相と2時間の領土交渉」の第1ラウンドが一定以上の成果を上げたから、「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」と言えたのだろう。
だとしたら、やはり「あまりダラダラ長くやっているのもいかがなものか」云々は言わずもがなの発言となる。第1ラウンドの成果のみを伝えれば、元島民に希望を持たせることができるからだ。
当然、第1ラウンドの成果が「新しい戦略」の今後の成果をも占うことになる。と言うことは第1ラウンドの成果を窺えば、「新しい戦略」全体の将来的可能性を窺うことができる。あるいは前途有望であるかどうかを教えてくれる。
だが、この可能性、前途有望か否かをこの記事が最後に打ち砕いている。
〈前原外務大臣が北海道を訪れて北方領土を視察したことについて、ロシア大統領府の当局者はイタルタス通信に対して、「美しいロシアの自然を堪能することは、日本の政治家を含めて誰も禁じられていない」と述べて、北方領土がロシアの領土であるとする立場を改めて強調しました。〉――
「新しい戦略」に則った第1ラウンドの「ラブロフ外相と2時間の領土交渉」が一定以上の成果を上げ、次に「新しい戦略」が描いている第2ラウンドに進むことができる状況にあるとするなら、ロシア大統領府当局者の北方四島がロシア領土であることを既定事実とした「美しいロシアの自然を堪能することは」云々なる発言は存在するはずもない。だが事実としてこの発言は存在した。
この第1ラウンドの一定以上の成果は日ロ外相会議ばかりではなく、同じ11月13日開催の菅・メドベージェフの日ロ首脳会談も同じでなければならないはずだ。別々の「戦略」ということはないはずだからだ。
その成果は日ロ首脳会談後一方の出席者であるメドベージェフ大統領からすぐにも明らかにされることになった。日本側は菅首相がメドベージェフ大統領の国後島訪問は日本の立場や日本国民の感情から受け入れることはできないと抗議したと伝えるのみで、具体的な内容は一切明らかにしなかったが、明らかにしないこと自体が成果がなかったことを既に暗示しているのだが、メドベージェフ大統領が行った同じ13日の「日本の首相に会い、解決できない論争より経済協力の方が有益だと伝えた」のツイッターへの書き込みは日本側が菅首相は伝えたとしているメドベージェフ大統領の国後島訪問は日本の立場や日本国民の感情から受け入れられないの抗議が何ら効果を見なかったことを直接的に示している。
日本側が明らかにしなかったこの発言に関して、《【APEC】菅外交総括、成果なく隠蔽ばかり 鳩山以下との声まで… 》(MSN産経/2010.11.15 23:19)が内幕を暴露している。
記事題名の「鳩山以下との声まで… 」はわざわざ話すまでもなく、鳩山前首相以下の首相だという意味である。
〈首相は8日、「北方四島がわが国固有の領土であるという主張は明確に伝える」と強調した。だが、大統領との会談では北方領土訪問には抗議したものの、「わが国固有の領土」という表現は避けた。〉――
そして、メドベージェフ大統領の「日本の首相に会い、解決できない論争より経済協力の方が有益だと伝えた」のツイッター発言が明らかになってから、否定したら却っておかしくなるからだろう、首脳会談に同席していた福山官房副長官が11月15日のNHK番組で次のように発言したと記事は書いている。
福山官房副長官「大統領は『自分が北方領土に行くのが悪いことなのか。当然のことだ』という言い方をした」――
さらに11月20日付の「NHK」記事――《“歯舞・色丹の引き渡しも困難”》(2010年11月20日 4時14分)が菅・メドベージェフ日ロ首脳会談の詳細を伝えている。
菅首相の「日本の立場、国民感情から受け入れられない」の抗議に対する返事。
メドベージェフ大統領「日本とロシアは平和条約の締結を目指しているが、まだ締結されておらずロシアは日本に対し、いかなる義務も負っていない。ロシアの公的な人間がこれまでも訪問している以上、大統領としても訪問しなければならない」
この発言が福山副官房長官が後付で明らかにした「大統領は『自分が北方領土に行くのが悪いことなのか。当然のことだ』という言い方をした」に対応する大統領の発言であろう。
さらにトドメとなる発言を行っている。
メドベージェフ大統領「現在のお互いの活動レベルからいって、日本にすべての島、またはその一部を引き渡す用意があるロシアの指導者を想定することは実に難しい。大部分のロシア国民や政治家は日ロ間に領土問題はないと考えている」
北方四島ロシア領土宣言である。
このロシア領土宣言に対して菅首相は何ら有効な反論を述べることができなかった。述べていたなら、会談の詳細を隠すことはなかったろう。野党や国民の批判、その結果としての支持率の低下を恐れて隠した。
記事は最後に、「現在のお互いの活動レベルからいって」の発言を根拠にしているのだろうが、〈今回のメドベージェフ大統領の発言は、日本側から前向きな提案がなされない現状に不満を示し、交渉の主導権を握ろうというねらいがあるものとみられます。〉と解説しているが、四島を返還しない方向の「交渉の主導権」、ロシア側の「活動レベル」でもあるロシア領土化に向けた「交渉の主導権」を握る狙いであって、返還に向けた交渉の「主導権を握ろうというねらい」はロシア側による急ピッチな開発と併せて逆説化する。
「新しい戦略」がこういった状況に見舞われていながら、この状況に反して前原外相は何を以てして第1ラウンドの「ラブロフ外相と2時間の領土交渉」に一定の成果を上げたと暗に意義づけ、さらなる成果を求めて第2ラウンド目に進もうと思い描いているのか、全く以って理解不能となる。
この理解不能が前原外相が地元民との協議で「ダラダラ長く」かからない方策を何ら口にしなかったことが証明できる。
前原外相の同じ四島上空視察を扱った「テレビ朝日」記事――《「新戦略で領土交渉へ」前原大臣早期訪ロに意欲》(2010/12/05 00:24)は「新戦略」の内容について推測を加えている。
〈この新戦略について、前原大臣は「ロシアは環境や省エネに関心がある」と述べ、日本の高い技術力を交渉の材料にする方針を示唆しました。そのうえで、「できる限り早くラブロフ外相と会談したい」と述べ、来年2月にもモスクワを訪問し、首脳会談に向けた地ならしを行う考えを示しました。ただ、元島民からは早期の解決を強く求められたもののロシア側の姿勢は硬く、領土交渉を立て直すには、なお時間がかかりそうです。〉――
だが、最初のNHK記事で、「経済が交渉のカードになり得たときもあったが、ロシアは非常に豊かになり」と自ら発言しているのである。ロシアはソ連時代から北方四島に散々経済援助や経済支援を行わせ、取るだけ取って結局は何も返さなかった。果して日本の環境や省エネの高い技術力がこれまでの経済支援や経済援助とは違って有効なカードとなり得ると本気で思っているのだろうか。
メドベージェフ大統領は日ロ首脳会談が行われたのと同じ11月13日に日本の三菱重工業と大手商社の双日、中国の建設会社三社のロシアでの大規模な化学肥料工場建設調印式に出席し、調印に立ち会っている。建設される工場は廃液や排煙、あるいはエネルギー消費、さらに化学肥料製造に関して建設側が持つ環境や省エネ、その他の技術力を駆使して可能な限り環境と省エネ、製造の簡略化・機械化等に配慮するはずである。
いわばロシアへの企業進出であってもロシアでの工場建設であっても、環境や省エネ、その他の技術力を伴う形で常時実行される。またロシア政府が必要とする環境や省エネの高い技術力持った日本の企業に提携や技術輸出を求めた場合、企業は自らの利益のためにロシア政府の要求に応じる動きを見せるだろう。問題は資金であるが、前原外相は「ロシアは非常に豊かになり」と言っている。
となると、日本の環境や省エネの高い技術力がかつての返還カードだった日本経済力のカードと同じ運命を辿らない保証はない。
現在のところロシアをして返還の意思を持たせるに至っていないところをみると、「新戦略」の実効性自体が疑わしいばかりか、何を以て「新戦略」と言っているのかさえ不明と言わざるを得ない。
前原外相の今回の視察では、《前原外相が北方領土視察、元島民と対話》(釧路新聞/2010年12月05日)によると、〈自民党政権時代を含め、同領土を視察した外相としては10人目(政務視察の中曽根弘文氏含む)となる前原外相は「ロシア側の変化に対応した新しい戦略で望みたい」との決意を述べ、早い時期の外相会談実現と、その後の菅直人総理の日ロ首脳会談につなげたい意向を示した。北方担当大臣として来根した昨年10月の「(北方四島は)ロシアの不法占拠」発言は最後まで口にしなかった。〉と伝えている。
以前のブログにも同じようなことを書いたが、北方四島が日本固有の領土であるを確固とした事実としているなら、北方四島のロシアによる不法占拠も確固とした事実としなければならないはずである。ロシアによる単なる実効支配とした場合、あるいは前原外相が国会で答弁していたように「管轄権を事実上行使できない状況」とした場合、「北方四島は日本固有の領土である」の領有権意志を自ら弱めることになる。逆に「北方四島は日本固有の領土である」を国内・国外に強調・誇示するためにはこのことと表裏一体をなしている「ロシアによる不法占拠」を同じく強調・誇示して初めてバランスを保ち得るはずである。
「日本にすべての島、またはその一部を引き渡す用意があるロシアの指導者を想定することは実に難しい。大部分のロシア国民や政治家は日ロ間に領土問題はないと考えている」とし、そのような状況を背景に北方四島を着々と開発して領土化意志を露骨化させている以上、それを無効とする対抗ワードは「不法占拠」以外にない。また「不法占拠」という言葉自体がそのまま日本の領土であるとする強い意味を含み、その意志を常に全面に出すことになって、逆に四島のロシア領土化を少なくとも心理的には弱める働きをするはずである。
だが、前原外相は国交相時代に四島を海上から視察した際、「ロシア側に不法占拠と言い続け、四島返還を求めていかなければならない」と言いながら、ロシアの反発に遭うとたちまち自らの発言を自ら封じ、それ以来口にしていない。
歌を忘れたカナリアと化した。「ロシアによる不法占拠」と表裏一体をなしているにも関わらず、片方の「北方四島は日本固有の領土である」だけを歌うこととなって、抗議のエネルギー、抗議の激しさ自体を弱めてしまった。
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