2016年10月14日付「NHK NEWS WEB」記事が韓国の元慰安婦問題に関わる日韓合意に基づいて韓国政府が設立した「和解・癒やし財団」に日本政府が10億円を拠出、元慰安婦245人を対象に支援事業を行うことになったのに対して財団は10月14日、合意の時点で生存していた46人のうち、これまでに29人が面会に応じ、合意に基づく支援を受ける考えを示したと発表したことを伝えている。
46人中29人がカネを受け取る考えを示した。63%の凄い確率である。
支給するカネは元慰安婦本人は日本円で1000万円程度、合意の時点で亡くなっている場合は遺族に200万円程度、「来週から現金の支払いをする」と記事は書いているが、実質は現ナマと表現した方が相応しいはずだ。
「中国新聞」のネット記事には、〈支援額については、生存者46人に1人当たり約1億ウォン(約920万円)を支給、故人199人の代理人には同約2千万ウォンとすることで日韓両政府が合意している。〉と伝えている。
安倍政権は、特に安倍晋三は慰安婦の強制連行の事実も強制売春の事実も認めていない。当然、日本政府としての責任も認めていないことになる。
以前書いたブログの記述と重なるが、第1次安倍内閣時代の2007年3月8日に辻元清美が提出した慰安婦の強制性(強制連行)に関わる質問主意書に対しての2007年3月16日の政府答弁書は、〈慰安婦問題については、政府において、平成三年十二月から平成五年八月まで関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、同月四日の内閣官房長官談話(以下「官房長官談話」という。)のとおりとなったものである。また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかったところである。〉とし、〈官房長官談話は、閣議決定はされていないが、歴代の内閣が継承しているものである。政府の基本的立場は、官房長官談話を継承しているというものであり、その内容を閣議決定することは考えていない。〉と答えている。
内閣官房超談話とはご承知のように河野談話を指す。
要するに「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」として、「河野談話」が認め、記している「軍の要請を受けた業者」が「甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた」とする事例に反して「官憲等が直接これに加担した」事実・強制性を否定し、「河野談話」は閣議決定されていないとして政府非公式の歴史認識に格下げし、この答弁書を閣議決定された政府公式の歴史認識だと、その正統性を打ち立てた。
この非公式か公式かの関係性が安倍晋三の2012年9月16日の自民党総裁選討論会での発言にそのまま現れている。
安倍晋三「河野洋平官房長官談話によって、強制的に軍が家に入り込み女性を人さらいのように連れていって慰安婦にしたという不名誉を日本は背負っている。安倍政権のときに強制性はなかったという閣議決定をしたが、多くの人たちは知らない、河野談話を修正したことをもう一度確定する必要がある。孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」――
これが慰安婦の歴史認識に関しての安倍晋三のホンネである。
このことは日韓合意が公式な文書として交わされていないところにも現れているが、共同記者会見で岸田外相が発表した合意内容にも現れている。
岸田文雄の発表。
〈慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。
安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する。〉――
一見、強制性(強制連行+強制売春)を認めているように見えるが、実際には認めていないことが日韓外相会談後に岸田文雄が記者団に語った発言によって明らかになる。
岸田文雄(日本政府の責任を認めたことについて)「慰安婦問題は、当時の軍の関与のもとに、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であるということは従来から表明してきており、歴代内閣の立場を踏まえたものだ。これまで責任についての立場は日韓で異なってきたが、今回の合意で終止符を打った」(NHK NEWS WEB)
安倍晋三及び安倍内閣が歴史認識に関して「従来から表明してき」た見解とは河野談話や村山談話等について「歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」という表現で、いわば歴代内閣が引き継いでいる立場を安倍晋三も安倍内閣も引き継いでいるというもので、各談話が示している歴史認識そのものを引き継いでいるという意味での見解とは異なる。
要するに岸田文雄が日韓外相会談で合意した「当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」こととその「責任」は安倍晋三が安倍内閣として全体として引き継いでいる、ここでは河野談話が示している歴史認識についての「歴代内閣の立場」に基づいて「関与」と「責任」を認めているに過ぎないというものであって、安倍内閣それ自体のホンネの歴史認識に基づいた「関与」と「責任」としていないだから、実際には何も認めていないことになる。
このことは2016年1月18日の参議院予算委員会で「日本のこころ」代表の右翼中山恭子が日韓合意で「日本軍の関与」と「責任」を認めたことは日本の軍人の名誉と尊厳と日本の名誉そのもの、更に国益を損なうと追及したのに対しての安倍晋三の答弁が証明することになる。
安倍晋三「政府としてはこれまでに政府が発見した資料の中には、軍や官憲による所謂強制連行を直接示すような記述は見当たらなかったという立場を辻本清美議員の質問主意書に対する答弁書として平成19年、これは第一次安倍内閣の時でありましたが、閣議決定をしておりまして、その立場には全く変わりがないということでございまして、改めて申し上げておきたいと思います。
また 当時の軍の関与の下にというのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設営されたものであること、慰安婦所の設置、管理及び慰安婦の移送について旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与したこと、慰安婦の募集については軍の要請を受けた業者が主にこれにあたったこと、であると従来から述べてきている通りであります」
安倍晋三自身、安倍内閣自体は強制性(強制連行+強制売春)の一切を認めていない。その責任も当然、認めていない。認める気もない。
このように事実と責任を認めていないにも関わらず、10億円も出す。この関係は事実の認知と責任を求める声が日韓間の外交関係推進の阻害要因として横たわっていることと無縁ではなく、その声を黙らせることで歴史認識を封じ込めることが阻害要因除去の唯一の方法となることからの、口封じの意味を持たせた10億円の拠出ということであろう。
当然、「現金」と表現するよりも「現ナマ」と表現した方がカネの性質をより的確に表すことになる。支援金の支給に合意した29人は約1億ウォン(約920万円)という現ナマを目にチラつかせたからこそ、合意したはずだ。
但し上記「NHK NEWS WEB」記事に〈合意をめぐって韓国では、市民団体を中心に日本の法的責任が認められなかったなどとして反対する声が根強くあり、財団との面会を拒否している人もいます。〉と解説されている。
合意時点での生存者46人から29人を差引いた17人は1億円の現ナマを目にチラつかせずに日本に法的責任を認めさせることの方を選んだ。認めさせることが何もゴマカシのない強制性(強制連行+強制売春)の証明とすることができるからであろう。
9月に入って韓国の「和解・癒やし財団」が元慰安婦に支給する支援金に添えるべく安倍晋三名義の「お詫びの手紙」を要請したが、財団は安倍晋三の謝罪を以って法的責任に代える、一種のゴマカシで17人を納得させる狙いがあったはずである。
但しお詫びの手紙を出すことは法的責任を認めることではないにしても、認めていない強制性(強制連行+強制売春)の事実とその責任を認めるという逆説に自らを落とすことになるばかりか、お詫びが一人歩きして、いつ非公式の法的責任に変わらない保証はなくなる。
だからだろう、10月3日午前の衆院予算委で官房長官の菅義偉は「我々はお詫びの手紙を出すことを毛頭考えていない」と明言している。
お詫びの手紙を出すことはまた、安倍晋三が総額10億円という大枚のカネをチラつかせて強制性(強制連行+強制売春)と責任を認めないままに一件落着を狙った深慮遠謀を無にすることになる。
日韓関係の修復の狙いもあったろうが、カネの力で歴史認識を封じ込め込めようとする経済的合理性は当然、アベノミクスの経済性をベースとしている。
安倍晋三の人間の存在性よりも経済優先の姿がこのことを可能としている。