ついに出た!タカ派の面目躍如といったところか。11月20日の日本外国特派員協会で講演・会見での発言だとのこと。
《石原代表「豪華客船の沈没思い出す」 講演・会見の要旨》(THE ASAHISINBUN DIGITAL/2012年11月21日0時40分)
記事題名の「豪華客船の沈没思い出す」は日本の現状に対する認識だそうだ。事実だとしても、あるいは事実に近いとしても、民主党政権だけの責任ではなく、自民党一党独裁長期政権の責任はより重いはずだ。
記者「石原氏はナショナリストだと思われている。軍事力を強化するより外交を追求した方がいいのではないか。」
石原核保有衝動者「軍事的な抑止力を強く持たないと、外交の発言力はない。今の世界の中で核を持っていない国は外交的に圧倒的に弱い。核を持っていないと発言力は圧倒的にない。防衛費は増やさないといけない。私は、核兵器に関するシミュレーションぐらいやったらいいと思う。これは一つの抑止力になる。持つ持たないは先の話だけど。(これは)個人(意見)です」 ――
《石原慎太郎代表:「核シミュレーション、抑止力になる」》(毎日jp/2012年11月21日 01時36分)は別の発言を伝えている。
石原核保有衝動者「核を持っていないと発言権が圧倒的にない。北朝鮮は核開発しているから、米国もハラハラする」
記事解説。〈核兵器の有無が外交力を左右するとの認識を示した。〉――
要するに日本の貧弱な外交力・外交上の発信力は核兵器を所有していないからだということになる。
だとすると、外交力・外交上の発信力は核兵器、最低でも他国を圧倒する軍事力が決定権を握ることになり、直接的に外交の場に立つ政治家自体は外交力・外交上の発信力に関しては無力だということになる。
核兵器を背景とした、あるいは軍事力を背景とした対外発信力とは、北朝鮮がよく使う手だが、恐喝外交に当たらないだろうか。
あるいは核兵器や軍事力を背景としなければ、満足な発信力を発揮できないというのは国家の姿として情けない姿を意味しないだろうか。
例え核保有のシミュレーションに限定したとしても、政治権力者が核所有衝動を内に秘めていいたなら、シミュレーションから保有まで一歩の距離となる。また、シミュレーション開始時点で、北朝鮮の核保有になお一層の正当性を与え、その正当性に応じたなお一層の核保有を北朝鮮に対して誘導させることにならないだろうか。
発信力が核保有に依存する関係にあるなら、敵対国の核保有数が自国保有数に勝った場合、敵対国の発信力も自国発信力に優ることになり、それをリセットして自国発信力を敵対国の発信力よりも上に置くためには自国核保有数に於いても敵対国の保有数に優る数としなけれがならなくなる。
あるいは核運搬ロケットをより強力な仕様とする開発を行わなければ、発言力の低下になす術もなく手をこまねくことになる。何て言ったって、他を圧倒する軍事力、もしくは核保有が外交上の発信力を決定するのだから。
あるいは発信力は軍事力や核に依存していることになるのだから。
まさに核軍拡競争である。
石原慎太郎は「北朝鮮は核開発しているから、米国もハラハラする」と言っているが、アメリカが北朝鮮に対してハラハラしているのは国家存立の基盤をなす経済が国民の飢え、餓死、あるいは困窮した生活を招いている状況にあるにも関わらず、それを無視して、先軍政治と名乗って軍事に多大な国費を費やす頭でっかち・中空の独裁国家が、それゆえにシナリオとしては高い確率で想定可能な破綻した場合の対外暴走を恐れての「ハラハラ」であって、単純に核を保有しているだけのことで「ハラハラ」しているわけではないはずだ。
北朝鮮が権・非民主主義の独裁国家であるために人権や民主主義の価値観を共有できないことからの話が通じないことの「ハラハラ」もあるだろう。
インドやパキスタンが核を保有していても、日本は両国と人権や民主主義の価値観を共有しているから、相互に話が通じる関係を築くことができる。
この場合のインドやパキスタンは外交の場で核を背景とした発信力を武器に日本に対しているだろうか。
アメリカは大量の核を所有しているが、核兵器を背景として発言しているのだろか。
日本が核保有したとしても、果たして尖閣問題で中国に対して発信力を高めることができるだろうか。日本が所有を果たした核兵器をバックに中国に対して発信力を高めたなら、中国は同じく核兵器をバックに日本の発信力に対抗するに違いない。
核保有と外交上の発信力が別物であることの例をもう一つ挙げる。
ソ連は計画経済の破綻等から国内が混乱、1991年にソ連崩壊、ロシア連邦が成立したが、計画経済から市場経済への移行が急激に行われたために、経済はなお混乱し、対外債務にも苦しむことになって、対外的発信力も力を失っていった。
多額の借金のある者が借金した相手に強い発言力、あるいは発信力を持ち得るだろうか。
もしロシアが発足後、核を背景に対外発信力を強めようとしたなら、意味もない恐喝外交となったはずだ。
ロシアはプーチン政権発足以降、エネルギー価格の急騰により苦しんでいた対外債務を返済したばかりか、巨額の外貨準備国となり、自信を深めて、対外発信力を強めていった。(以上、ソ連・ロシアに関わる記述は「Wikipedia」を参考に解釈)
多くの国がそうであるように経済の力が対外発信力の重要な保証の一つとなる。経済力を先導役として、政治家の対外的創造性が自らの発信力の確かな保証となるはずだ。
石原慎太郎が都知事だったとき、月刊「文芸春秋」2012年11月号に「最低限核兵器のシミュレーションが必要だと考える。強い抑止力としてはたらくはずだ」と書いていると、《橋下氏、石原氏の核武装論に「あってはならぬ」》(YOMIURI ONLINE/2012年11月9日17時41分)が伝えていた。
橋下徹「維新の会」代表の反応。
橋下徹「考えることは大いに結構だ。核を日本が持つかどうかを前提とするのではなく、安全保障で核の役割を考えるのは政治家としてやらなければいけない。
(但し)日本が置かれた状況下で、核保有を目指すと公言することは日本維新の会では、あってはならない」
核保有の公言ではなく、例え核保有にまで一歩の距離になるとしても、シミュレーションだけ、考えるだけなら構わないということなのか。
石原本人は日本外国特派員協会の講演で、記者から「自民党と維新の連立政権になったら、閣僚になるか」と問われて、「どの省の大臣になるつもりもない」(THE ASAHISINBUN DIGITAL)と答えているが、橋下徹自身は石原慎太郎の首相実現を熱望している。《石原代表を首相候補に 橋下氏が表明》(TOKYO Web/2012年11月18日 23時08分)
11月18日のテレビ番組。
橋下徹「一国民として石原首相を見たい。石原首相と僕に任せてほしい」
自社さ連立政権での社会党の村山富市首相の例もある。総選挙の結果が比較第1党の自民の議席に迫る纏まった議席で維新の会が第2党を確保した場合、強力なキャスティングボードを握ることとなって、橋下徹が「市長も知事も経験のない議員が日本国家を運営できるわけない」と、安倍晋三を押しのけて石原慎太郎を首相に担ぎ出すといった可能性は完全には否定できない。
だが、万が一そうなった場合、日本国民は核保有衝動を抱えた政治家を一国のリーダーとすることになる。