波力発電や潮力発電等の海洋発電開発が海外比較で遅れていることから、政府が企業等の自由な実証実験可能な専用海域を早ければ2年後の平成26年度にも整備する支援策強化の方針を纏めたと次の記事が伝えている。《海洋発電実験場 26年度にも整備》(NHK NEWS WEB/2012年5月25日 4時20分)
5月25日早朝の記事である。海洋発電開発先進国イギリスと比較した日本の遅れを5月10日放送のNHKクローズアップ現代 「海から電気を作り出せ」が取り上げていた。
以下NHK「クローズアップ現代」に関する文章はNHKHP記事による。
上記記事は放送から15日遅れの報道である。官僚か政治家がこの放送を見て、慌てて取り掛かった支援策強化の方針ではないと思うが、昨年2011年3月11日福島原発事故を教訓に脱原発の方向性と原発を埋め合わせる再生可能エネルギー構築重点化の方向性を同時並行させるエネルギー志向に軸足を移してから1年以上経ちながら、再生可能エネルギー構築の目標は主として太陽光発電に偏ったために遅過ぎる海洋発電のための専用海域設置目標、その他となったということではないだろうか。
イギリスがスコットランド地方オークニー諸島に海外企業も参加可能な海洋発電開発実証実験の公的な専用海域の整備と海洋発電開発支援に乗り出したのは9年前だという。
そして既に民間企業による4年前設置の潮流発電装置が継続的な発電に成功、岸辺の変電所で電圧を整えて送電線に乗せて街の1500世帯に電気を安定的に供給しているという。
しかも検証の結果、この潮流発電装置の稼働率は風力発電の2倍にも達しているとのこと。
次の発言も海洋発電の安定性を伝えている。
ティム・ヨウ英エネルギー・気候変動委員会会長「私たちは2020年までに自然エネルギーを全電力の15%にします。短期的には風力ですが、長期的には海洋発電で賄おうと考えています。
なぜなら、信頼性が高く、原子力や化石燃料と同じ安定した電源として使えるからです」――
安定電源の可能性が高いから、最終的には海洋発電を自然エネルギーの主体に持っていくと言っている。
この展望に基づいた、2020年までに原発2基分の電力を海洋発電で賄う計画の策定ということなのだろう。
上記「NHK NEWS WEB」記事は日本の実用化に向けた開発の遅れを欧米に比べて公的な支援が弱いことを挙げているが、政治が何よりも海洋発電に目を向けなかったことが原因しているはずだ。私みたいに女性が目を向けない男は相手にされていないことを意味するのと同じ原理である。
NHK「クローズアップ現代」のゲスト発言も同じ趣旨になると思う。
木下健東京大学生産技術研究所教授「15年前までは、国のプロジェクトがあったんですけれども、それ以降、すっかりやめてしまったということで、そのときから、日本のエネルギー政策というのが一点集中になって、原子力と、あと自然エネルギーでは太陽光ということで、風力のほうもあんまり進まなくなってしまいまして、それが大きい。
しかし自然エネルギーというのは、基本的に各所各所の一番適したものを、優しく集めていくということですので、そこが非常に大きな失敗点だったと思います。
(海洋発電に対する国からの支援は)やっとぼちぼち始まったというところでして、まだまだ欧米の各国に比べると、断然小さいですし、中国や韓国に比べても見劣りするものです。
特に諸外国は数年先まで、中期的な見通しを国として出すと、そういうところが日本にはないものですから、難しいと思います」
どうもこの発言を読むと、この放送を見て慌てて海洋発電開発支援策強化の方針を纏めたような気がしてくる。
日本は全体的・長期的な展望がないと言っている。要するに調和の取れたエネルギー戦略がないと。
もしこの批判が当たっているとしたら、日本の政治はこの程度だということになる。
原発事故以降、あれだけ自然エネルギーだ、自然エネルギーだと騒いでいながら、日本の自然エネルギーに対する投資はイギリスの半分以下だと書いてある。
日本の企業として初めて大手重工メーカーがイギリスの実験場で海洋発電装置の試験を行うことになったということだが、国内に於いてはこれまではベンチャー企業などが細々とした自己資金と少ない公的支援のもと、目指した実験海域の漁業関係者との許可を得るための様々な交渉、自治体及び関係省庁の了解等、自ら走り回って実験を整えなければならない不便な開発環境にあった。
そしてやっとと言うか、政府は専用の実験海域の選定だけではなく、〈開発企業に代わって海の環境に与える影響の評価方法や漁業組合との漁業権等に関する権利関係の処理といった制度面の整備〉を開始することになった。
「NHK NEWS WEB」記事結び。
〈日本は海岸線が世界で6番目に長く、国の研究機関などの試算では、将来的には原発10基分の発電が可能とされていますが、発電効率を上げて実用化するには、さまざまな波や潮で実験をすることが不可欠で、海外でも国による海洋発電の実験場の設置が相次いでいます。〉
いわば政府はやっとのこと海洋発電にまともに目を向けることになった。
相変わらず後手後手だなあという印象を持ったところへ、野田首相が総合海洋政策本部の会合を開催した上で関係閣僚に対して海洋発電開発支援の加速を指示したという記事に出会った。
《首相 海洋発電開発加速を指示》(NHK NEWS WEB/2012年5月25日 11時20分)
最初の「NHK NEWS WEB」記事が「2012年5月25日 4時20分」の発信。上の記事は同じ日でも、「2012年5月25日 11時20分」の発信。翌日の5月26日に目に触れることになったはずだ。
要するにこの会合で企業等の自由な実証実験可能な専用海域の設置や環境影響評価方法や漁業組合に対する権利関係処理といった制度面の整備を政府が負担、海洋発電利用促進に取りかかることを決めたと記事が書いている。
この決定を受けて野田首相が関係閣僚に対して海洋発電開発支援の加速を指示したのだと。
野田首相「方針は新たなエネルギー社会を築く礎となるもので、これを機に各府省の連携を密にして、取り組みを一層強化していくことが重要だ」
海洋発電開発加速化の指示を出したというと立派なことのように見えるが、遅過ぎる海洋発電開発支援の取り組みに対する開発支援加速化の指示にゴマカシはないだろうか。
「取り組みを一層強化していくことが重要だ」と言っているが、この「一層強化」は従来も強力な取り組みを行なっていて、それを前提としたさらなる取り組みでなければ、「一層強化」とは決して言うことはできないはずだ。
ここに矛盾を感じて、不正直さの臭いを否応もなしに嗅ぎ取ってしまった。
尤も遅過ぎたから、言葉の綾で「一層強化」の指示を出したとも言えるが、なぜ取り組みが遅くなったのかを先ず問題にしなければ、いわば政策決定の過程を明らかにしなければ、それが政府の政策選択の過ち、あるいは政府の怠慢・不作為であった場合、無条件で免罪符を与えるばかりか、政治自身も自らの過ちを曖昧化することになる。
野田首相は日本の外国と比較した海洋発電開発の遅れを説明してから、開発支援加速化の指示を出すべきだったろう。それが正直な政治の姿というものだと思う。
遅れを知らない国民がこのニュースに接したなら、野田首相が的確な政策運営を行なっているかのように錯覚し、本人もその気になってしまう。
まさかそう思わせるために遅れには触れずに加速化の指示だけ出したというわけではあるまい。もしそうなら、陰険極まりないうことになる。
2010年6月、菅内閣は「エネルギー基本計画」を閣議決定している。日本を資源小国と位置づけて、ネルギーに関する「目指すべき姿」として、〈原子力は供給安定性と経済性に優れた準国産エネルギーであり、また、発電過程においてCO2を排出しない低炭素電源である。
このため、供給安定性、環境適合性、経済効率性の3E を同時に満たす中長期的な基幹エネルギーとして、安全の確保を大前提に、国民の理解・信頼を得つつ、需要動向を踏まえた新増設の推進・設備利用率の向上などにより、原子力発電を積極的に推進する。〉――
このように謳い、〈2020年までに、9基の原子力発電所の新増設を行うとともに、設備利用率約85%を目指す(現状:54 基稼働、設備利用率:(2008 年度)約60%、(1998年度)約84%)。さらに、2030 年までに、少なくとも14 基以上の原子力発電所の新増設を行うとともに、設備利用率約90%を目指していく。これらの実現により、水力等に加え、原子力を含むゼロ・エミッション電源比率を、2020 年までに50%以上、2030 年までに約70%とすることを目指す。〉と、長期的な具体的目標まで掲げている。
対して再生可能エネルギーに関しては、〈太陽光発電・洋上風力発電・バイオガス・海洋エネルギー・蓄電池に関する技術等の技術開発・実証事業を推進する。その際、産学官で適切に役割分担し、新たな技術シーズの発掘、コスト削減や性能向上等のための研究開発及び、実証事業を効果的に推進するとともに、それらに資する人材の育成を図る。〉の記述が主としてあるのみで、具体的な目標設定にまではいっていない。
「今後の課題」として海洋エネルギーを取り上げている箇所もある。
〈海洋エネルギー利用技術(海洋温度差発電・波力発電等)といった新たな可能性を有する技術の研究開発や、宇宙太陽光等、将来のエネルギー供給源の選択肢となる可能性を有するより長期的な研究開発課題については、技術開発の状況やエネルギー政策上の位置づけ等を総合的に考慮しつつ、必要な取組や検討を進める。〉――
今後の課題としているというだけで、具体化からは程遠い。
原子力発電を基幹的エネルギーと策していたことが前者に対する後者の違いの現れであるのは明らかであるが、2011年3月11日の福島第1原発事故を受けた再生可能エネルギー志向は、今さら言うことではないが、付け焼刃に過ぎなかった。
要するに原子力にばかり向けていた目を慌てて再生可能エネルギーに向けることになった。
このことを裏返すと、菅自身が原子力安全神話に骨の髄にまで侵されていたことになる。
菅直人は原子力発電推進を策していながら、原発事故以降、再生可能エネルギーを掲げるに及んで、「私は元々自然エネルギー推進の市民派だった」といったことを言っていたが、少なくとも原発事故まで自然エネルギーにまともには目を向けていなかった。
野田首相は菅内閣が2010年6月に「エネルギー基本計画」を閣議決定した当時、財務相として原子力発電推進決定に財源の面から深く関わっていた。
いわば野田首相は菅仮免と共に原子力発電推進の重点化にばかり目を向け、再生可能エネルギー推進には殆ど目を向けていなかった。
NHK「クローズアップ現代」で木下東大教授が指摘しているように、このような原子力発電偏重も原因した日本に於ける海洋エネルギー開発の遅れでもあるはずである。
そしてこの遅れとは同時に世界で6番目に長い、将来的には原発10基分の発電が可能とされる日本の海岸線という自然資源を政治が放置してきた重大性をも意味する。
であるなら、この説明なくして野田首相の加速化の指示だけの姿を見せるのはいいところだけを国民に見せる一種のゴマカシに当たるはずで、国民の評価を晦(くら)ます行為ともなるはずである。
過ちがあったとき、その過ちを認めて謝罪することから入ったとき、その過ちを取り返そうとする責任意識がより強く働く。
謝っても、責任意識が全然働かない政治家というのもいるが。
いいところだけを見せようとする政治は責任に対して地に足のついた確実な政治は望みようがない