橋下徹大阪府知事の教職員国歌斉唱時起立義務化を考える

2011-06-19 06:57:21 | Weblog

 

 《橋下知事「大きな時代の転換点」 国旗国歌条例成立》MSN産経/2011.6.4 00:04)

 6月3日(2011年)、橋下徹大阪府知事代表の「大阪維新の会」(維新)府議団提案による府施設での国旗の常時掲揚と府内の公立学校の教職員に国歌斉唱時の起立を義務付ける全国初の条例案が府議会本会議で可決、成立した。

 同日夜の記者会見。

 橋下知事「教育行政、教育現場の大きな時代の転換点。国歌の起立斉唱だけが問題ではなく、職務命令に組織の一員である教員が従うという当然のことをやらなければならない。これまでの個人商店的な教員を、学校組織の一員としてみる第一歩が踏み出せた」

 教職員が何よりも拘っているのは国歌・国旗がそこに込め、象徴している思想であろう。条例によって受入れ難い思想に敬う態度を示せと強制する。

 条例可決に対する中西正人大阪府教育長の態度。 《橋下知事「大きな時代の転換点」 国旗国歌条例成立》MSN産経/2011.6.3 23:31)

 中西教育長は府議会で「条例による義務付けは必要ない」という態度を取っていたという。可決後の記者会見。

 中西教育長「議会の判断として制定されたので重く受け止める。現段階では、条例違反をもってただちに懲戒処分することまでは考えていない」

 大阪市長の声も伝えている。

 平松邦夫大阪市長「大阪市ではすべて起立して国歌斉唱が行われ、何ら問題はない。あえて条例化する必要がないものを、数の力で(可決)できるというパフォーマンスにつなげている。数こそ力なりといっている方ならではの遣り方で、ある意味危機感を感じる」

 国歌起立斉唱の面からのみ論じていて、国旗や国歌に込められている思想について論じていない。勿論、人によって何を象徴しているか受け止め方は違う。国歌・国旗共に平和を象徴していると見る受け止め方もあるに違いない。

 どう受け止めるかの自由は憲法が保障している。憲法が保障していることを自治体の条例で強制することができるのかという問題になるが、5月30日(2011年)に最高裁第2小法廷が「校長の教職員に対する起立斉唱命令は合憲」とする初判断を示している。

 《君が代斉唱不起立:再雇用拒否訴訟 起立命令は合憲 最高裁初判断「慣例的儀礼」》毎日jp/2011年5月31日)

 この判決は卒業式の君が代斉唱時不起立を理由に東京都教委が定年後の再雇用を拒否したのは「思想や良心の自由」を保障した憲法に違反するなどとして元都立高校教諭の申谷(さるや)雄二さん(64)が都に賠償を求めた訴訟に対する決定だという。

 判決を示した上で申谷さんの上告を棄却。申谷さんの敗訴とした2審判決(09年10月)が確定した。

 裁判官4人全員一致の判断。

 裁判長「起立斉唱行為は卒業式などの式典での慣例上の儀礼的な性質を有し、個人の歴史観や世界観を否定するものではなく特定の思想を強制するものでもない」

 言っていることは正しい。但し起立斉唱が慣例上の儀礼的な式典という観点から見た場合のみに限定される。慣例に過ぎない、儀礼に過ぎないのだから、個人の歴史観や世界観を否定するものではないし、特定の思想を強制するものでもないですよと言っているに過ぎない。

 国歌起立斉唱が卒業式・入学式等の慣例上の儀礼的な式典に過ぎなくても、国旗・国歌に込められていると見ている思想・信条が自身の思想・信条と相反する場合、起立斉唱の儀礼性・慣例性は意味を失い、個人の歴史観や世界観に直接関係してくるはずだ。あるいは少なくとも特定の思想に対する認知行為を強制することになるはずだ。

 判決はこのことにも触れている。

 裁判長「国歌への敬愛表明を含む行為で思想と良心の自由に間接的制約となる面がある」

 このままだと前者の判決箇所と矛盾することになるが、この「間接的制約」はすべての場合に当てはまるわけではなく、個々の状況に応じて当てはまるか否かを判断すべきこととして矛盾をクリアしている。

 裁判長「命令の目的や内容、制約の態様を総合的に考慮し、必要性と合理性があるかどうかで判断すべきだ」

 申谷さんのの場合――

 ▽教育上重要な儀式的行事で円滑な進行が必要
 ▽法令が国歌を「君が代」と定める
 ▽「全体の奉仕者」たる地方公務員は職務命令に従うべき地位にある

 以上の理由を以って「間接的制約が許される必要性や合理性がある」と結論付けて、その制約に違反したことを以って都教委が定年後の再雇用を拒否したことは「思想や良心の自由」の侵害には当らないとしたということなのだろう。

 いわばあくまでも教育上の儀式であることを最優先とさせ、法令が国歌を「君が代」と定めている、地方公務員は全体の奉仕者だから職務命令には従うべきだと、これらを補助的優先事項として、国旗・国歌が込め、象徴としていると見る思想・信条から本人が望まない形で受ける自らの思想・信条の精神的侵害を何よりも最優先に尊重されるべきだと思うが、下位事項に置いた。

 国旗に対する一礼や君が代に対する起立斉唱を求める日本人の多くは日本の国旗・国歌は平和を象徴すると言いながら、戦前を引き継ぐ日の丸であり、君が代と見ている。決して戦前と戦後で一線を画した国旗・国歌とは見ていない。

 戦前を引き継ぐ戦後のありようの最も顕著な一例が靖国思想であり、英霊思想であろう。天皇陛下のために戦わせ、お国のために戦わせて命を捧げさせた兵士を英霊として靖国神社に葬り、顕彰するというのは戦前の軍国主義時代の国家を主とし、個人を国家の下に置く国家主義から生れた思想であって、決して戦後の思想ではないにも関わらず、戦前と戦後を画することができずに戦後も引き継いでいるということは国家を個人の上に置きたい常なる衝動を密かに抱えているからこそ可能となる戦前と戦後の連続性でなければならない。

 いくら兵士が天皇陛下のために、あるいはお国のために命を捧げ、戦死したら靖国に祀られると信じて戦争を戦ったとしても、戦死した兵士の命を尊いとし、英霊と名づけて顕彰し祀るのは国家が個人をその基本的人権と自由を認めずに支配する国家と個人の関係を強制していた中での場面であって、国家が自らの支配下に置いた個人を支配下に置いたまま鼓舞する道具立てとしての奇麗事の価値しかなかったはずだ。

 問題は戦前の国家観を引き継いでいる者が現在もなお国家権力の側に多く位置していることであって、彼らは戦前と同様に戦後も日の丸に戦前の国家観に立った国家を象徴させ、天皇を賛美した戦前の君が代と同様に現在の君が代にも天皇を見ている。

 その天皇は決して戦後の象徴天皇ではなく、戦前の天皇に郷愁を持たせた天皇であって、そのことは天皇を元首の地位に就けたい衝動となった現れている。

 戦前の国家観、あるいは戦前の国家主義を担っている代表的な人物として安倍晋三元首相を挙げることができる。安倍晋三著の『美しい国へ』を参考に安倍晋三が君が代と日の丸に如何に戦前の国家を象徴させているか見てみる。

 安倍晋三は、「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる。それが自然であり、もっとも大切なことではないか」と歴史はその時代の視点で評価すべきだとする歴史観に立っている。

 戦前の軍国主義、国家が個人を支配した戦前の国家主義を肯定するためにこのような歴史観を持ち出したことは次ぎの言葉で分かる。

 戦前の日本は「たしかに軍部独走は事実であり、もっとも大きな責任は時の指導者にある」と一旦は「軍部独走」を否定するが、「だが、昭和17、8年の新聞には『断固闘うべし』という活字が躍っている。列強がアフリカ、アジアの植民地を既得権化するなか、マスコミを含め民意の多くは軍部を支持していたのではないか」とマスコミを含めた民意の多くが軍部を支持していたとすることによって「軍部独走」を肯定している。

 これがいわば「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる」ということなのだ。戦前の日本を肯定している以上、当然君が代も日の丸も戦前の思想を受け継いだ戦後の形式を取っているはずである。

 しかし「マスコミを含め民意の多くは軍部を支持していたのではないか」にはウソがある。「軍部独走」とは言っているが、「軍部独裁」とは言っていない。その軍部独裁にしても、天皇を絶対的存在と規定していた時代にあって天皇の名を利用し、その絶対性を軍部が自らに借り着させた(纏わせた)独裁であり、軍部が代表となって国家の個人に対する支配を担っていたのである。

 当然「民意の多くは軍部を支持していた」という下の上に対する関係は何者にも支配されない自由な立場に立った自発的な支持ではなく、上の下に対する直接的・間接的な支配を受けた、いわばコントロールされた、洗脳されたと言ってもいい、例えそれが熱狂的な性格のものであったとしても、歪んだ形の支持でしかない。

 国家が支配し、強制していた個人の存在性であることの実体に個人は気づかずに「断固闘うべし」を叫んでいたのであった。

 安倍晋三は〈「君が代」は世界でも珍しい非戦闘的な国歌〉と題して君が代と日の丸について語っている。

 〈アメリカのような多民族国家においては、この国旗と国歌は、たいへん大きな意味を持つ。星条旗と国歌は、自由と民主主義というアメリカの理念の下にあつまった、多様な人びとをたばねる象徴としての役割を果たすからだ。〉

 先ずアメリカの国旗・国歌を肯定する。〈自由と民主主義というアメリカの理念の下にあつまった、多様な人びとをたばねる象徴〉だと価値づける以上、アメリカの国旗・国歌は自由と民主主義を理念としていることになる。

 では翻って、日本の日の丸と君が代にどのような理念を置いているのだろうか。

 〈歌詞は、ずいぶん格調が高い。「さざれ石の巌となりて苔のむすまで」という箇所は、自然の悠久の時間と国の悠久の歴史がうまくシンボライズされていて、いかにも日本的で、わたしは好きだ。そこには、自然と調和し、共生することの重要性と、歴史の連続性が凝縮されている。〉

 いわば君が代は自然の悠久の時間と国の悠久の歴史を理念としていることになる。だとしても、ここには時間と国家の連続性を見ることができても、時間と国家の中身たる国民の連続的な存在性、どうあるべきかの理念を見て取ることはできない。

 安倍晋三は「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる」歴史観に立った歴史解釈者であったはずである。だが、この君が代の歌詞の解釈は「その時代に生きた国民の視点」に立った解釈から外れている。

 「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる」歴史観に立つ以上、君が代は元々は天皇代々の、あるいは万世一系の悠久の時間と悠久の歴史を謳ったものとしなければならないはずである。

 しかも歌詞を変えずに国民主権の民主主義国家となった戦後日本の国歌とする。歌詞を「時間と国の悠久の歴史」、「歴史の連続性」と解釈し、国民の連続的な存在性を一切顧慮していないことと考え併せると、戦前の天皇主義、国家主義を如何に引き継ごうとしているか、その意志を窺うことができる。

 天皇代々の、あるいは万世一系の悠久の時間と悠久の歴史を謳った天皇賛美の君が代を自然の悠久の時間と国の悠久の歴史を謳ったと言い替えて、どちらもそこに国民を存在させないまま君が代を正当化するところに戦前の天皇主義、国家主義を血としていることの韜晦を見て取ることができる。

 自らの血を隠して、〈「日の丸」はかつての軍国主義の象徴であり、「君が代」は、天皇の御世を指すといって、拒否する人たちもまだ教育現場にいる。これに反論する気にもならない。〉と言っているが、実際は次のように反論している。

 〈「君が代」が天皇制を連想させるという人がいるが、この「君」は、日本国の象徴としての天皇である。日本では、天皇を縦糸にして歴史という長大なタペストリーが織られてきたのは事実だ。ほんの一時期を言挙げして、どんな意味があるのか。素直に読んで、この歌詞のどこに軍国主義の思想が感じられるのか。〉

 ここでも「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる」と言いながら、今の時代に生きている人間の視点で歴史を都合よく解釈している。 

 確かに天皇は戦前の絶対君主から戦後の象徴天皇にその地位を変えた。だが、「君」は絶対君主としての天皇を指していたのであり、平和天皇に姿を変えたからといって、戦前の天皇制や国家体制(=国体)に郷愁を感じている多くの日本人が存在する以上、「ほんの一時期を言挙げして、どんな意味があるのか」では済ますことはできない。

 また「この歌詞のどこに軍国主義の思想が感じられるのか」と言っているが、歌詞に軍国主義に触れた箇所はなくても、天皇の絶対的存在性が軍国主義という軍部独裁の全体主義・国家主義を生む素地となったことを忘れてはならない。

 もしも「その時代に生きた国民の視点で歴史を見つめ直してみる」が正しい歴史観なら、戦前ドイツのヒトラー・ナチズムも当時のドイツ人の殆んどは熱狂的に支持したのだから、その歴史は正しいとすることになる。

 歴史の評価は「その時代に生きた国民の視点」ではなく、現在の時代に生き暮らしている国民の視点に立脚すべきはずだ。いわば解釈の対象となる時代の価値観ではなく、現在の価値観で判断すべきであろう。そうしなければ歴史から何も学ぶことはできないし、反面教師とすることもできない。正しくない歴史であっても、その時代の国民が熱狂的に支持したのだから正しい歴史だと受け継ぐことになった場合、歴史の進化・進展もないことになる。

 戦前の天皇主義・国家主義を戦後も引き継いでそのことを象徴させた君が代・日の丸としている人間が国家権力の側に多く存在する以上、君が代の起立斉唱や日の丸に対する一礼を単に君が代を国歌と法令で定めている、教育上重要な儀式的行事に過ぎない、「全体の奉仕者」たる地方公務員は職務命令に従うべき地位にあるとするだけで素直に行え、思想・信教の自由とは関係ないでは済ますことはできない。決して職務命令等で片付けていい問題でないはずだ。

 国民主権の時代である。君が代と日の丸が国民はかくあるべしとその存在性を保障する自由と民主主義を理念としたとき、誰もが思想・信教の自由に触れるとする鎧を脱ぎ捨て、敬意を持って君が代を起立斉唱し、日の丸に喜んで一礼するだろう。

 そうするためには少なくとも君が代の歌詞を変える必要がある。


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