経済同友会が現在の日中間の政治機能不全を国益に反する憂慮すべきこととして、その原因となっている小泉首相の靖国参拝の再考を求めた。対して小泉首相は「商売と政治は別です」と反撥したそうだ。
「財界の人から商売のことを考えて行ってくれるなという声もたくさんありましたけどね、それと政治は別ですと、はっきりと私はお断りしてますからね」(06.4.10.『朝日』朝刊)
『朝日』の4月11日の社説は「目先のそろばん感情からの提言と言わんばかりの態度は失礼だろう」と認(したた)めているが、財界人にしても、それぞれが所属する企業立場から言えば、〝商売〟を業としているかもしれないが、個々の〝商売〟が社会的全体を成すことで、〝経済〟の姿を取る。国民の生活にも関わってくる大事な姿でもあるし、当然一国の政治とも深く関わる。いわば、〝商売〟だけで終わらない。
今回の日本の景気回復も、中国との個々の〝商売〟が国全体に様々に波及して中国特需という名の全体的な経済相互性を形作ったことが大きな要因の一つとなっているのではないか。
そこら辺のオッチャンの立場にあるわけではなく、特に総理大臣という立場にある者は〝商売〟と短絡的に把えることも、短絡的に侮ることもゆめゆめ許されないのではないだろうか。
経済同友会としたら、〝商売〟で終わらない日本の全体問題(政治・経済・その他・その他)として提言したと思うのだが、二国間の関係を全体の問題にまで持っていかずに〝商売〟の段階に押しとどめて考える感覚は見事という他ない。
政権末期に至って血迷ったと取るか、それとも、日本の政治に戦術はあっても戦略なしと言う国外の一般的な評価からしたら、ごく普通の正常な感覚とすべきか。いくら総理大臣にまで上り詰めたとしても、日本人政治家であることに変りはないのだから、その制約を受けたごく普通の正常な感覚と見なすべきなのかもしれない。その方が日本の政治家の程度の低さに腹を立てなくて済む。