日々はつれづれ

旅に出たいと思いつつ、過ぎていく日々のつぶやき。

歳を越える、ということ。

2007年02月21日 | ひとりごと
もちろん違う環境で育ったのだから同じになるはずはないのだけれど。

同性の親というのは未来の自分を垣間見るような気がします。
40代の自分、50代の自分…老い方というか、そんなものの片鱗が見えるような気がするのです。

私の母はよく
「おかあちゃん(祖母のこと)より長生きはしたくない」
と言っていました。
その言葉を実行するかのように、祖母の歳に届くことなくこの世を去りました。

最近母の妹にあたる叔母が会うとよく
「ねえちゃんの歳に追いついちゃったよ」
と言います。

親だけでなく、同姓の兄弟姉妹というのも永遠のライバルであるとともに、
未来のひとつのビジョンなのかもしれません。

今の私には50代の自分の老い加減(白髪の出方とか:笑)はうまく想像できません。
ここは是非叔母に祖母の歳を越えて、
私がおばあちゃんになった自分を想像できるくらい長生きしてもらわないと(笑)。

歳とると特に兄弟姉妹は似てくるよねー、と親戚のじじばばをみて思います。
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B型の生態

2006年08月10日 | ひとりごと
先日6人中5人がB型というお食事会に参加しました。
B型人間たちも「こんなに密集することって始めてかも」というくらいでした。
珍しさのあまり、B型の生態を報告しあってみたり。

まずは世間一般のイメージやよく言われること。
「気分屋で自分勝手」「人の話を聞かない」「突拍子もないことを言い出す」などなど。
あと血液型を言うと「B型? 好き~」と「えっ…(嫌そう)」と反応が両極端だったりします。

これらをB型側から検証してみると…。
まず、自分の中では筋道立てて物事を考えているのですが、
結果だけをいきなり言うので突拍子もなく思われます。
なので他人に相談する時はすでに自分の中である程度の結論が出ていることが多かったりします。
そして解決するとさっぱりと忘れてしまうので、
後日「こないだのどうなった…?」と聞かれても「へ?」となることも。
長く悩んでいることも苦手で、ある日突然開き直ることもままあります。
 
小さなことにはうじうじと考えるくせに、大きいことには思い切りが良かったり。
最後までシュミレーションするのも面倒なので、ある程度の目処がたったら始めたり。
また、話している時に主語をすっとばすことが多く、いきなり話が変わるのも特徴的です。

とまぁ、これらがB型人間全てにあてはまるわけではありませんし、
「何言ってるんだ、もっといろいろあるぞー」と思われることもあるでしょうが。
どこか心当たりがありません? B型の方、及びB型の被害にあった方…。
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記憶の積み重ね

2006年06月12日 | ひとりごと
先日ひなたねこさんからトルコで買ったCDをいただいてしまいました。

思い出というのは記憶の積み重ね。
旅をした時などはそこの空気や匂い・音・誰かが言ったことなど印象に残るほど思い出が深くなります。
トルコの音楽はバスで移動中ガイドさんがかけてくれていたもの。
それを聞きながら延々と続く大平原を思い出し、写真をめくります。

またひとつ、旅の記憶が増えました。
コメント (2)
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桜の季節は文化祭に似ている。

2006年03月29日 | ひとりごと
電車の窓から見える桜の木がいつ花開くのか楽しみになり、
毎日今か今かとわくわくする気持ちは
何だか文化祭の準備をしている時のような高揚感があります。

今年はあそこの桜を見に行こう、ついでにあそこで買い物してごはんたべて…
とプランを練るのもなかなか楽しく、いざ咲けばじっとしているのがもったいなくなります。
宴会でおおはしゃぎしている人たちを見るのもまたおもしろいし。

しかし桜は咲いたと思ったらあっと言う間に散ってしまうもの。
その潔さが美しいのだけれど、宴の終わる寂しさと、
その後のなんでもない一日がまた始まるのかという脱力感と、
少しだけ残る祭りの余韻。

文化祭の準備がいちばん忙しくて楽しくて、あっという間に当日は過ぎて、
後片付けさえも祭りが終わる余韻で楽しめる。

それは桜の季節に似ている気がするのです。
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