空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦 6 【小説】

2021-05-14 19:42:51 | 文化


6 映像は残酷な場面があるという教師の指摘の通り、校長と教頭と生徒指導主任の校長室での話し合いでも、全体としては反戦の映像詩になって良い作品ではあるが、一部の映像に中学生には相応しくない所があるので、見せるのは止めて欲しいと結論づけられたようだ。
教頭は松尾にそのことを伝え、ロボットと松尾の平和についての話だけにして欲しいと言われた。
その間、ロボットは田島に何か言っているようだった。
 「余計なことは言わんでと言いますが、僕はいつもまじめに答えているつもりです。そうですね。わが社は今後、企業は利潤本位ではやっていけなくなる時が来るし又、利潤本意でやればいずれ破綻が来る。そこでわが社が従来の会社とはちがい人間のための組識であることを示すためにもこの人権と平和問題をとりあげ、もうけようとたくらんでいるのであります。」
「おーい。たくらむはまちがいだ 計画していると言え。どうもまだ故障が多いものですみません。」田島 が笑って言った。「いずれもっと優秀なロポットをつくるつもりですが、今の所は、このくらいの。ロボットが最高水準なんですよ」
「 間違ったからってそんな風に言うのは許せない。」菩薩がそう言うと松尾も田島もそのまわりにいた教師もみ な笑った。
「すごいロボットですね。会話ができるじゃありませんか」教師は目を丸くして、おおげさな口調で言った。
「ええ、あまり複雑な会話はできませんがね。ある程度プログラムされた範囲内の簡単な会話ならできるんですよ。」田島は菩薩君が何か言おうとして音を出しかけた所で彼の後頭部にあるスイッチをひねった。 「喋るスイッチを消しておきませんと菩薩君の耳に入った言葉に対して反応してしまいますのでね。」
「走ることはできるんですか」
「いえ、走るのは無理ですね。小走り程度なら、出来ますが、基本はまだ歩くことですね。この歩くというのが菩薩君には大変なことでしてね。わが社としても長い間の研究の結果、やっ との思いで出来上がった技術なんですよ。階段をのぼり下りすることは菩薩君にはゆっくりなら出来ます。」
こんな会話のあと、五時間目終了のチャイムがなり、六時間目の全校集会が始まった。

秋の青空の下には彼岸花の咲いた花壇が広いグラウンドを囲んでいた。優紀は彼岸花が菩薩君を迎えてくれているような印象を持った。小鳥が花壇と塀の間に並んで立っている桜やイチョウや樫の木の幾つもの木の間を枝から枝に渡るのを見逃さなかった。優紀はメジロだと思った。黄緑で雀のような綺麗な小鳥が頭の中に一瞬、浮かんだ。

松尾優紀は田島やロボット「菩薩」と一緒に体育館に入った。天井が高く床が鏡のようにみがか れた広い体育館に千人近い中学生が教師の号令によってならばされていた。ロポットが体育館の中を歩くと、中学生たちが振り向いて驚きと感嘆の目があちこちで輝き、溜め息に近い声や子供らしい奇声が飛び出た。教頭の案内で、三人は前方に席をとった。校長の挨拶の中に、松尾達の紹介もあった。松尾は座っている中学生の熱い視線を浴びながら言うことを考えていた。壇上にあがった松尾はひどく緊張していた。たとえ相手が中学生であるにしてもこれほど多勢の人間の前でしゃべるのは城井高校の生徒総会以来のことであるし、純真な中学生に良いお話をしてあげたいと思うと、よけい心臓のときめきを感ずるのだった。


松尾優紀はマイクの前にたった。テーブルが優紀の前にあり、その上に銀色に光るマイクがあった。横に一輪挿しの花瓶があり、赤いバラの花がすくっと上の方に真っすぐ伸びていた。横の天井の近くに窓がいくつかあり、そこから青空が見えた。
優紀の横にロボットが立った。ロボットは服を着ていず、銀色の肌そのままだった。顔は四角張っていて、二つの目も長方形で、人間の目と比べると柔らかみに欠ける。
唇も厚い。すべてがぎこちない恰好のロボットは2003年の技術水準を考えれば仕方のないことかもしれないが、田島によるとあと、十年で人間と間違えるようなものが出てくる。それは、もうロボットと言わずにアンドロイドというのだそうだ。
中学生は感受性の強い時代であるから、複雑な心理的な反応を起こしていた。小声で、「裸だ」とか、「でっかい目」とかクスクス笑いとかいうのが、松尾の耳にも聞こえてきた。
しかし、にらみのきくごつい顔をした体格のいい教師が怒鳴るとシーンとなる。
「みなさん、私は今日ロボット君と一緒にまいりました。このロボっトはおそらく世界一の技術によってつくられております。このロボット君のように歩いたり人間とある程度の会話ができるのは世界で一台しかないのです。もちろん今後ふえていくことは予想されますが彼よりも優秀なロボットをつくるにはさらに長い年月の技術開発が必要です。みなさん、すばらしいロボット君でしよう。ただ、こんなにすばらしいロボット君でも君達にはかなわない点があります。それは何だと思います?
色々な知識をこのロボット君につめこんでありますから知識の点では彼は中学生に負けません。ただどうにも君達にかなわないものがあります。それは君達の創造力と成長力です。君達はいつまでも中学生であるわけではありませんでしょう。君達はやがて大人になります。大人になるまでの君達の肉体や精神の成長には目を見張るものがありますね。これが君達の成長力です。そしてやがて君達の中には芸術や学問に興味を持つ人もたくさん出てくるでしよう。そして人類の文化に貢献するような優れたものをつくりだす人があらわれるかもしれませんね。こうした新しいものを生み出す力、これはロボット君にはありません。
こうした創造していく力は人間だけのものです。 ロボット君は あらかじめ教えてあげたこと以外はやりません。どうです。みなさん。君達中学生はどんなにすばらしい人達かおわかりでしよう。世界一の科学技術の粋を集めたこのロボットも君達には全くかなわないのです。君達中学生はそんなにすばらしい人達なんですから、自分に対して自信を持ち自分を大切にしそして自分をみがいてほしいと思います。宝石はみがかなければ輝きません。君達はまさに宝石なのです。この中学校で勉強をしたり、本を読んだり、スポーツをしたり、友達と友情を語り合ったりして自分という宝石を磨いて下さい。


さて、みなさん。私はルミカーム工業の平凡なセールスマンでありますが、最近、妙な夢を見ました。私の枕元に天使が現われまして、私にこんなことを言うのです。松尾優紀。おまえは神の国についておまえのまわりにいるすべての人達について語り、世界の平和をうったえなさい。世界は今危機に脅えています。核戦争がおきれば人類は減びることがあきらかなのに、世界の核保有国は核兵器の開発の手をゆるめることをしません。色々な平和運動はあるが、大きな力になっておりません。天使は驚くことに、私にこう言ったのです。
お前が立ちあがりすべての人に平和の尊さを訴え、それによって結集した民衆のカでもって米ロ中北の核兵器をなくしていくことです。神は必ずお前の味方をするでありましよう。天使はこう言ったあと私は真夜中目がさめ、この事について色々考えてみました。私は神様というのを信じておりませんから、そんな風に夢の中に天使が現われてきたことを不思議に思いました。それでもあいかわらす私は神様だとか天使だとかいうのを骨董品のようにしか見ておりませんでした。 私はこの世界には物質と物質をささえるいのち以外のものはないのだし、物質をこえる力などあるはずはないという信念を変えることはありませんでした。ただ、私の心にこの夢はある影響を与えるようになりました。平和のために立ちあがらなければならない。この事は私達自身の切実な問題なので す。なぜなら核戦争がおきれば世界が滅びると同時に私と私の愛する人達も滅びることになるからです。私は真剣に平和について考えるようになりました。私どもの会社、ルミカーム工業はロボット・車・テレビをはじめとする電化製品もたくさん生産しておりますが、こうしたものはすべて平和の中で活用されてこそ意味を持つものであります。みなさんのような中学生とこのロボット君が簡単な会話を楽しめるというのも平和があっ てこそであります。私は平和の大切さと必要性を感じましたので、夢の中で天使が命令したことに従うことを決意したのであ ります。みなさん、今から、ロボット君が君達に平和のメッセージを言いますのでよく聞いて下さい。」
松尾がそう言うとロボット君 が前に進み出た。後ろに技術者の田島が自信ありげな微笑を浮かべて立っていた 。ロボット君の四角い口から金属性の声が流れ出た。
「みなさん。私はロポットです。」
ロポット君がそう言うと体育館の中にすわって聞いている中学生の目の多くがキラキラ輝いた。ざわめきとも笑いとも言えるような心地良い雰囲気か体育館のさわやかな秋の空気をおおった。
「そして私の名前は菩薩と言います。この菩薩の意味おわかりでしようか。これは仏教でよく使われる言葉ですね。仏様の次にえらい方です。どういうわけか、ルミカーム工業のみなさんは私にこ んな偉い名前をつけてくれました。私は大変うれしく思っております。菩薩は世界に平和をうったえるロポットにふさわしい名前なのだそうです。私は松尾さんと同じようにみなさんに平和の大切さと必要性を考えていただきたいと思っております。
今日は皆さんに広島に原爆が落とされた惨劇を映像詩して、見てもらおうと用意して来たのですけど、中学生が見るには残酷な写真がいくつもありますので、感受性の強い中学生には心の衛星によくなのではないかという判断もあり、動画は中止しい、映像詩の中に歌われた詩を私のようなロボットから皆さんにお伝えしたいと思います。

【雨がやみ、美しい秋空が見え
花が咲き、小鳥がさえずり
自然の中で瞑想し
無限の一なる生命という
美しいイメージを得ても
オオルリという美しい青い鳥を見ても
美しいヴァイオリンの音を聞いても
世界が醜い争いの場になっては
ピストルの弾が飛んで
爆弾が破裂して
建物が廃墟となり
ヒトの死体がころがるようになったら、
森は泣き
月は泣き
川のせせらぎはしくしくと泣く

我らはいのちの子供でありながら
死体の山を築くとは
何と愚かなことだ
飛ぶだけなら、鳥はヒトより前からやっている
車で走る速さなら、昔からチーターは早い
確かに、科学は目を見張るほどのものを創造した。
なにしろ、ヒトははロケットで月まで行ったではないか
インターネットをつくったではないか
しかし、破壊力も凄まじい
核兵器の破壊力はヒトを滅ぼす
人は利口なのか愚かなのか
願わくは、地球がいのちの場として
緑と美しい水に恵まれて
生き物の楽園として栄えるためにも
平和が必要なのだ

以上で私の詩の朗読を終わりにします。何か疑問がありましたらお答えしますので遠慮なく質問して下さい。」



そのあとわずかの時間、 体育館にしみとおるような静けさが支配したのだった。しかし、それもほんの数秒のことで千名近い中学生の中に五人ほどの手があがりました。松尾に指名された三年らしい大柄の男の子がステージの近くにあるマイクにまでかけよりちょっと興奮したような早ロでしゃべりました。「菩薩さん」とその男の子は大きな声で言ったのですが、その声の調子が妙におかしかったので千名近い中学生がどうっと笑いました。彼は頭をかきながら笑い身体をくねらしながら言いました。 「僕は菩薩君と友達になり世界中の人々に平和を訴えたいのです。 でもどうやったらあなたとお友達になれるのでしよう?」
それだけ言うとその男の子はそそくさと自分の元いた場所にかけていった。またもや、 どうっというどよめきとも笑いともっかない音が空気の波のようにひろがっていった。 ロポットの菩薩君は一歩前に進み出てマイクを手にとって言いました。
「質問にお答えします。僕はいつもあなたとお友達のつもりです。 ここにいる千名近い中学生の一人一人と僕はいつもお友達です。 ですから一緒になって平和運動をすすめていきまし よう。」
次に出てきた質問者は一年生らしい小柄な女の子でした。
「ロポットさん。あなたの理想の女性像を教えてくれませんか?」
どおっという笑いが広がった。生徒を取り囲んで立っている教師達も笑っていた。菩薩は答えた。 「心のやさしい人で平和のために戦える女性が好きです。」 そのあと大きな声でハイと言って挙手し指名されないうちにマイクにかけよった生徒がいました。彼は目と耳の大きな生徒で小柄ではありましたが不思議な微捷さを持っていました。三年の女生徒の中に「原田君よ。又何か、おもしろい事、言うんじゃない」 とささやく声が流れると同時に「おいがんばれよ」という声援もおくられたのです。原田光治は中学三年生。小柄ではあるが天才的な頭脳で知られる。
学力テストでも常に学年でトップであり知能も異常に高いという噂がある。原田はマイクを持っとロポットをユーモラスに批評してみんなを笑わせた。そのあと早口にしゃべりだした。
「質問します。平和運動について、まだよくわからない点があるんです。確かに核戦争 の危機と人類の破滅は近い将来おきる可能性が充分あると思 います。 でもどうやってこの危機をのりきることができるんでしようか。僕にはよく分かりません。ですから、こういう事は考えないようにしているのです。 ここにいる大部分の人も、 いえ、日本中の多くの人達はこんなことをほとんど考えず日常の忙しさに追われて毎日を過ごしているではありませんか。僕等中学三年にとって受験の方が核戦争よりも心配の種なのです。だってそうでしよう。
核戦争について僕が今考えたってどうすることもできないんです。それは大人にまかせておくしか方法がありません。それもごく少数の大人ですね。 つまり核戦争を避けるのに力がある大人達にです。日本の大人達の中にそうした人がいるのかどうかわかりませんが、もしそうした人がいるとしてもごく少数の ほんのひとにぎりの人達だと思うのです。だとするならばロポットさんがやっておられる平和運動というのもたいした力にならないのではないかという気がしてくるのです。第一、電気製品のセー ルスに平和運動をくっつけるというのは僕には納得がいかないんです。
結局は電気製品の宣伝のためにロポットさんがこられたのではな いのですか。それなら、それで正直にそう言ってくれた方がすっきりするんですが、平和の使者のような顔をして僕達を惑わすようなまねをするよりずうっと正直でいいです。 この点につ いてのロボットさんの考えをお聞きしたいです。」
ロポット 「菩薩」 はしばらく沈黙していたので、後ろにいた田島が菩薩の頭をたたいた。その金属的な響きが体育館の空気の中に明るい楽しい調子で流れたので多くの生徒達の口もとに微笑が浮かんた。 田島がマイクを使わずに言った。
「ちょっと質問の内容がむずかしすぎるので菩薩君の頭が混乱しているようです。」
そう言った田島の声が聞きとれた前の方にすわっている生徒達の中から笑いがもれた。
後ろの方から「聞こえません」という大きな声があった。菩薩君はそれに答えるかのように「今の質問の意味むずかしすぎて私にはわかりません」と言った。今度は笑いが体育館の全体にひろがった。そのあと松尾優紀がマイクを使ってしゃべり始めたので、生徒達の注意は再び優紀に集まった。
「原田君の質問はロボット君には無理のようです。確かに平和運動はむずかしい。そして、どんな平和への努力もある日突然に起きる核戦争によってすべてが水泡に帰してしまう可能性があるんです。我々のどんな努力もすべてが無駄になってしまう瞬間は大変恐ろしいです。 しかしこういう絶望的な可能性があるからといって我々人間の平和への努力をおこたって良いということにはなりません。今も多くの人達が努力しているからこそ今の平和がたもたれているのです。 この世界は、天使と悪魔の戦いの場なのです。天使の活躍があるからこそ今の平和があるのです。 これは神話的な言い方ですけど、私達が平和のために努力するということはその背後に天使がおられるのです。
みなさん、悪魔をしりぞけ、天使の力を借りようではありませんか。私は確かに会社のセールスマンです。でも、電気製品のセールスと平和運動が矛盾するとは思いません。あらゆる職業についている人達がその職場で平和への発言をすべきだと思います。学校の先生も工場で働く人も自動車のセールスマンもすべての人が平和のために立ちあがった時、その力は必ず世界の平和に寄与できると私は信じております。確かに中学生にとっては受験の方が身近な切実な問題であり ましよう。 しかし中学生も平和のことを考え、家に帰りそういう話題を茶の間に提供することにより大人に平和の問題を考えさせ、大人に平和への努力を促すことはできるものです。そうすれば、選挙の時に、誠実な人に投票しようと大人は思うものです。選挙に行かないという人も減るでしょう」
松尾優紀は自分が言っていることをどの程度、中学生達が理解してくれたか不安であったが、与えられた時間も過ぎていたので話を打ち切った。
生徒達の盛大な拍手におくられて松尾と田島はロボット「菩薩」君と一緒に戸外に出た。
青空を見ると、白い大きな雲が動いていた。何かの動物のような美しい雲だった。
校門まで、教師と生徒が送ってくれた。
一人の中年の教師が追ってきた。「や、ご苦労さん。ソ連が崩壊しましたけれど、今度は中国が出てきますよ。その話を聞きたいものです。」
「はい」とロボットが言った。
校長と教頭が儀礼的な挨拶を繰り返していた。セールスマンが来て、こんな風になるのも異例のことですとも、教頭は言った。松尾もそうだろうと思った。
田島と松尾とロボットが車の中に入ると、「成功でしたね」と田島が優紀に言った。
松尾がまだ返事をしない内に田島が何か言おうとすると、「成功でした」と菩薩君が言うので二人は笑ってしまった。
[つづく ]



{久里山不識 ]
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