働き手の豊かだった少年時代の筆者の家族では炊事・洗濯は姉や叔母たちの手で十分に間に合っていたので、筆者の家事分担は唯一、朝起きて鶏小屋の戸を開けてニワトリたちを広い庭に解放してやることだった。朝の早い鶏たちは食欲も朝が一番。だから戸口を解放してやると一斉に表に飛び出して、庭を徘徊している毛虫や昆虫、そこにこぼれている雑穀類などを顔色を変えて?ついばんでいる。
この間に当方は餌をつくるのだが、その原材料は小麦の製粉粕であるフスマ、それにお勝手から出てくる残飯類や切り刻んだ野菜に粉砕した貝殻を混ぜ合わせ、水で溶いてかき混ぜれば出来上がりだ。程よいタイミングでその容器の縁をヘラで叩きながらケージに向かって歩いて行けば庭いっぱいに広がっていた鶏たちは一斉に巣に戻ってくる。巣箱に入れた新しい食餌をかれらは先を争って食べる。そのすきに鳥小屋の戸を閉めてしまえば筆者に課せられた一朝のノルマは終わるのである。
このように飼われている鳥たちは広い金網で囲われた広い小屋に集団として囲われてはいたのだが、それはしばしばやってくるキツネやイタチから彼らを護る防壁でもあったから生存環境としてはまずまずであったと言っても良かろう。それでも時折、小屋の床の思わぬ隙間から侵入するイタチに体中の血を吸い取られてあえなく殺戮されるという悲劇もしばしば起こっていて、その防御もまた筆者の職務分担にはなっていたのである。
こんな4分の3世紀ほど昔のことを思い出したのは吉川貴盛元農林大臣(70)が広島県の鶏卵生産業者から多額の賄賂を受け取っていた容疑で在宅起訴されたというニュースに刺激されたためである。これについては西川公哉元農水大臣も同様の嫌疑がかけられているという。二人が請け合った?「請託」は、鶏卵養鶏業者の巣箱がアニマル・ウェルフェア(AW)に反し、動物虐待にあたるという諸外国からの指摘に対し、これを日本政府として受け入れないように請託することを目的として多額の金銭を渡したというものである。あろうことか、この賄賂は大いに奏功して請託が実現もしたという。まさに、この悪人たちはわがニワトリたちの宿敵に違いない。
物価の優等生と称賛され続けてきた鶏卵市場価格、その裏にはおよそAWとは程遠い飼育環境。国民栄養をひたすら提供し続けてくれた鳥たちはその短い生涯を金網の上に立ちっぱなしで過ごし、ただただ300卵を生み終えて死んでいく。それでも終わらずに、その死肉はイヌ・ネコなどペットの食餌に加工されてからようやく輪廻の循環に入るのである。
こんな動物虐待によって得た金が政治を動かす原動力になっているという罰当たり。しかもこの不正が見つかったのは、元法務大臣河井克行、その妻安里参議院議員の公職選挙法容疑捜査の中で、その買収資金を提供した鶏卵業者の存在が判明したためという。絵に描いたような悪、動物虐待に始まって人間社会迄も汚辱に染める悪の連鎖である。
庭で餌をあさっていた鳥たちは、餌を入れた容器の縁を叩く音を聞いて一斉に巣の入り口に殺到して筆者と一緒に中に入る。そんなヒトと鶏たちの豊かな関係の時代が有ったことを、不潔な事件報道から懐かしく今朝思い出しているのである。