筆者より一回りも若い友人のMさんが死んだ。実にあっさりと逝ってしまったので、あの世とこの世がこんなに近いのだということを実に強く実感している昨日・今日である。
先月といってもまだ2週間前のこと。コロナ騒ぎで延び延びになっていた会議にいやいやながら出かけようと準備をしているところへケータイが鳴った。出てみるとMさんだった。
彼は、それこそ世界を股にかけて獅子奮迅の活躍をしていた健康人だったのに、定年と同時に白血病で大学病院に入院したのが3年前。快方に向かっているという状況報告をもらって以後、音沙汰無いのが元気な証拠とこの日まで音信不通だったのである。
久しぶりの元気な張りのある声だったので「やあやあ!」という調子でやり取りが始まった後で、彼の口から「白血病の方は緩快したのだが、さりながら、・・どうもそれとは無関係に癌にかかっているらしい。・・・肝臓がんで、末期かも知れないと医者は言っている」と打ち明けられた。
「それにしては、声色に張りもあってそう思えないようだが・・?。電話で判断を述べるのもなんだが、言っていること冗談じゃないの?」と言うと、「そうじゃない。すでにだるくて相当に疲労感が強いんだ」という。「それでなんで呑気に電話なんかかけてきたのかい? そこは病院なの?」と尋ねると、「今日は金曜日、明後日入院することになっている。入院してしまうともはやコロナ騒ぎのいま見舞いは禁止されているので誰にも会えない。あの世に行く日までつながっていたいから、SNS経由で何でもいいから声をかけてくれろ」と電話をかけてきた訳を語った。
月曜になると再び電話があって「入院して診察を受けたが、精密検査をするまでもなく肝がんは末期であること。すでに黄疸を併発していて手の施しようがないと主治医の診断だから、長くはない」という。慰めようも無いので「じゃあ、『奇跡』を起こすしかないね。がんばって大奇跡を起こしたらどうだい?」と言うと、「じゃあ」とだけ言って短い電話が切れた。彼と話したのはこれが最後ですべてだった。
なるほど、その日からSNSに入院完了の彼の投稿が載る。と、当人の人格なのだろう、実におおぜいのレスポンスがあって、これを読み応答するのは大変だろうと同情したのは言うまでもない。それから2日ほど一方的な集中投稿が一段落したころ再度Mさんからの投稿が載った。6月30日15時55分と投稿時刻が禄されていた。
「いよいよ今週末くらいかな。返信できるような気力がない。毎日FBを書いてきたが、途絶えた時が会話のお別れですね。今まで本当にありがとうございました。深く感謝申し上げます。サヨウナラ。・・・と言って、明日アップできるかも。できるといいな」
これには、たくさんの応答が寄せられたのだが、「今週末」とは彼の願望過多であって、彼の余命はこの投稿の翌朝午前7時51分が限度であった。
それにしても、あの世とこの世がこんなに至近距離にあったということ、ネットという現世の網の目があの世まで伸びていはしないかと思う程にこの世とあの世が指呼の間にあり、そう遠からずあの世とこの世もSNSでつながるかもしれないと、そんな思いを感じた数日であった。
今夜はMさんの通夜、明朝告別式が行われるという。コロナ騒ぎと足元の悪さの中、そう遠からずあの世で会えるはずの身の、無理して老体を運ぶのもどうか・・。ともあれ、東の空に向かって、合掌