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日々是好日日記

心にうつりゆくよしなしごとを<思う存分>書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ

小さな庭の小さな異変

2020年08月14日 06時57分20秒 | コロナウィルス
 新型コロナウィルスという極上の異変が存分に世界を覆っているのだからこれだけで沢山であるのだが、パンデミックと関係が有るのかどうか?、この夏、我が家の小さな庭にも小さな異変がある。
 その第一は、夕陽木(せきようぼく)として庭の西隅に植えてある百日紅(サルスベリ)の花が今年は実に元気がない。そもそも例年なら6月の20日前後には開花しているのに、今年は遅れにおくれて7月8日の雨の夕暮れ、一枝にたった一輪だけひっそりと開花した。隣家の庭先にも同じような樹形の百日紅があって申し合わせたように同じ日に咲いたから、すくなくともこの町内の季節の移ろいが全体遅れたということであろう。
 関東甲信に梅雨明け宣言が出されたのは8月朔日。いきなり、前日までとはうって変わった猛暑が始まった。さあ季節到来、この暑苦しい花が勢いよく咲くであろうと毎朝百日紅の花数を数えるのが日課になったが、あれから2週間今日に至るもまったく精彩がない。それどころか、梅雨時よりも花数は減り、加えて小さな枝には蕾そのものが見当たらない。そして、隣家の木もまったく同様精彩を欠いたままだ。連日の猛暑にうれしがるどころかようやく耐えている風情なのである。
 元来が暑さの季節に咲く百日紅は、同じく夏の花夾竹桃と並んでそれゆえに暑苦しくてそれがいまいち不人気の樹種でもあるのだが、今年の花は熱中症を病んだように勢いがない。どうしたことか?
 異変は百日紅ばかりではない。例年ならツツジやサツキなどそれぞれ5月や6月に咲き終わった頃にはカイガラムシ、グンバイ、ハダニ、アブラムシ等々新芽を食べる虫たちが大量に湧き出る。しかたなく被害を発見すると噴霧器を出してきて一斉消毒をするのがこの時期の年中行事である。
 ところが今年は今日に至るも、新芽の先があえなく枯れてしぼんでしまったという姿をほとんど見ない。虫どもによる顕著な被害がないのである。第一、シンクイムシのように彼の母親の蝶が訪う姿が全く見えない。まさか、蝶たちにもCOVID-19が取り付いたのでなければよいのだが。
 かくて、虫たちに食われない木々は元気なのかと言えば、百日紅と同様に心なしか元気が無い。コロナウィルスは地球環境の深奥のところ、つまり地球にとってその「膏肓」に達する処が病に侵されているために拡散したのではないか?、とそんな気がして、一人恐怖しているこの頃である。

ここまで7カ月、政府のコロナ施策は完璧に落第である

2020年08月05日 06時28分42秒 | コロナウィルス
 「政府の観光支援策『Go Toトラベル』事業の開始時期について、新型コロナ感染症対策分科会の会長を務める尾身茂氏は29日、政府に対し、判断に時間をかけるよう事前に分科会として提言していたことを明らかにした。しかし、政府には採用されなかったという。専門家の意見を聞きながら事業を進めるとしていた政府の説明と矛盾しかねない」(2020/07/30朝日新聞)。
 指を折って勘定してみると、7月の23日からの4連休に合わせて、安倍政権が拙速に「Go To トラベル」キャンペーンなる店開きを始めてから、1週間と経たないうちに全国での感染者数が突沸するように急増している。
 昨日本欄で扱った岩手県の初感染者2人は、22日から関東地方でキャンプして帰県した28日に感染確認。その間6日間である。同様、福井県で感染した6人は4連休の23~26日に沖縄県の石垣島や西表島を旅行して帰県し、26~28日に発熱や咳などの症状が出て29日にPCR検査で陽性と判明。これも旅行前に感染していなかったとすれば6日間以下の潜伏期間しかなかったことになる。
 感染症などの専門家の今までの説明では、新型コロナウィルスの潜伏期間は約2週間程度であるとされていたのが、このところの発症者数のデータからみると早い人では5,6日で発症しているらしい事例が数多くある。「定説」の変更が必要ではないか?
 しかし、ここで言いたいのはそういう話題ではない。案の定、「Go Toトラベル」キャンペーンは「Go to Hell」キャンペーンとなって、コロナ二次感染に拍車をかけるに格好のタイミングで行われた一大愚策にして犯罪的ですらあった。しかも、それはこれを発表したときにそのことはすでに分かっていた。そして結果はそのようになった、というごく単純な科学的知見すらがないがしろにされるこの国の政治と行政である。
冒頭の記事にあるように、新型コロナ感染症対策分科会の会長尾身茂氏はこのキャンペーンの開始時期について「異見?」を呈していたという。しかし、それを無視する形で政府はこれを強行し、そして見事に失敗した。
 ということは、政府が設置したこの「分科会」は単なる形式的集まりに過ぎず、安倍政権はそこで政策の評価や判断を期待しているわけではない、ということであろう。つまり、政府の施策に合致すればそれはそれでよし、だが不一致であればこれを無視するというもの。できるだけ一致するのが望ましいが、不一致であっても政府は政府のやり方でやりたいようにやる、ということでもある。
 事は、パンデミックという100年に一度有り無しやという「大事件」である。世界大戦にも匹敵する規模の一大事。国民の生命と財産とに係る重大問題であればこそ、その筋の学識経験者を集めて基本方針を示してもらう。政府は、四の五の言わずにそれを具体的に統治行為に移すのが役割であろう。この原則を破った政権の責任は重大だ。と同時に、専門家と称する選ばれた者たちが、しばしば「御用学」をも「専門」とする者たちであって、政治権力におもね、へつらうことがあるという。これまたこの国の歴史上の事実あることを、国民はよくよく知悉しておかなくてはいけない。
 国民にお盆帰省を思いとどまらせる程までに、政府の施策は失敗である。責任を明らかにすべく至急国会を開いてひろく公論に決すべきである。

初の感染者を出した岩手県の人々の真面目さが・・・

2020年08月04日 07時11分52秒 | コロナウィルス
 「岩手県で初の新型コロナウイルス感染者となった盛岡市の40代男性に対する誹謗中傷、個人を特定しようとする動きが過熱している。国内唯一の感染未確認県だったことで全国から注目されており、県は公式ホームページなどで冷静な対応を呼び掛ける。(中略)これまでも『第1号になっても責めない』と繰り返してきた達増拓也知事は、定例記者会見で、県としてデマや中傷に厳しく対応する姿勢を示した。『誹謗中傷は犯罪に当たる場合がある。犯罪抑止、犯罪への対応という観点で厳格に臨む』と強調した」(2020/08/01河北新報)。
 岩手県で30代と40代の男性2人が新型コロナウィルス感染症に罹患していることが判明したのは先月7月29日の夜遅くであった。日本国内で1月16日に初の新型コロナウィルス感染者を出してから実に半年余、47都道府県中唯一患者を出さなかった岩手県、純白のドレスを着て雨の泥道を歩く花嫁さんのように、何時泥跳ねが付着しないかとハラハラドキドキ。133万の岩手県民は一様に汚れない白衣を着たような気分。最初のうちは奇跡的と思ってもいたろうが、やがて大きな力で緊縛されたような気分になっていったのではなかったか?
 しからば、これが破られた時に生ずる「緊張の緩和」はおそらく津波のようになってさまざまな歪みを生じさせて奇怪な様相を呈することであろうと、筆者は予想していたのだが、案の定、上の記事だ。きっと、その一つ、これが一番困りものだが、最初の罹患者は衆人の白眼視をもって迎えられるであろうことを予想していたのだが、案の定だった。
 頼まれもしないのに自粛警察官を独り懸命に勤めているような生真面目な人ほど目をむいて怒っているのではないか? 上記記事によれば、感染者の勤務する会社にまで攻撃がなされていると聞く。古来こういう人物を「道学者」と呼んだのである。
 こういう内輪の非難合戦は新型コロナウィルスの思うツボであろう。太郎の屋根に雪降り積むときには、次郎の屋根にも雪は降り積むもの。「明日は我が身」と、病魔にとりつかれた同胞を思いやる心の広さで当たろうではないか? コロナの猛威はこれからが本番だ!

 

「コロナも経済も」とは、「二兎を追う」ことである

2020年07月30日 07時48分05秒 | コロナウィルス
 孫が通う神戸の小学校で新型コロナウィルス感染者が出たと、彼女らの母親から知らせが届いた。実感の無かったコロナがいたって現実味を帯びて迫ってきた。
 彼女らとはこの正月に会ったのが最後で、1月15日に国内第一号のコロナ感染者が出現したことで、春休みも会うことはならず、また例年なら必ず大騒ぎしながらやってくるはずの5月の連休も静謐のまゝに今日を迎えている。
 伝え聞くところによればこのウィルス、2020年7月8日厚労省発表データ「コロナウィルス感染症による国内感染データ」のうち「年齢階級別に見た死亡者数の陽性者数に対する割合」の統計データをみると、20代までの死亡率は0.0%とあるのに対して筆者の年代ではその値が28.7%とある。つまり、孫たちとの致死率の倍率の乖離はつまり無限大。
 畢竟、COVID-19ウィルスの暗躍を許す社会である限り、免疫形成に確実な「ワクチン」かはたまた薬効著しい「治療薬」の両者又は片方が出現しない限り、孫たちと老人が安全に交流することは、「決死の覚悟」をしない限り不可能である。つまり、もはや現代社会では高齢者は少なくとも3割の死を承諾しない限り社会的存在としては原理としてはありえないことになる。三世代同居の家族はいま如何なる覚悟をもって毎日を過ごしているのであろうか?
 と、ここまで考えてくると、パンデミック対策は重要だが、「経済社会」の維持も同等に大切であるという「政治」は、どこに立ち位置を定めて語っているのであろうか?と怒りと共に疑問が湧いてくる。この論理をもって「強力に」推進している安倍政権の勧める「Go Toキャンペーン」なる政策は、これを要するに「高齢者は死ね」とまでは言わなくとも、悪意の有無を問わなければ「慮外」であると結論して間違いではなさそうである。しからば、一昨日の本欄(https://blog.goo.ne.jp/genyoanki/e/64dc281052acfef203ddd88bbd29582e)でも触れた「嘱託殺人」と同種の論理を政権は支持していることにならないか? そういう評価を避けたければ「Go Toキャンペーン」は完全なワクチンが開発・流布されるまで延期します、というのが本当ではないか?
 上に、20代までの致死率は0.0%と書いたが、小数点以下二けた目はゼロではないはずだ。であれば若年者のコロナ死もゼロではない。まして、働き盛りの30代~50代の致死率はそれぞれ0.1、0.5、1.1%と決して低くない。人の命は地球より重いとする「原則」からすれば「経済優先」は人命優先を標榜する「政治」の原理としてはあり得ないのではないか?
 「経済優先」と声高に叫んでいる指導者として世界ではトランプ米大統領、ボルソナロブラジル大統領、モディインド首相、ドゥテルテフィリピン大統領などが挙げられる。何れ劣らぬ歴史の評価には耐えないはずの政治家ばかりである。
 ひるがえって、我らが指導者はどちらに与しているのであろう? このところ彼の姿が見えないのは感染死亡率への恐怖の故なのか? 60代の死亡率4.9%に恐れをなして「家で踊ろう」を決め込んでしまったのか? いまや国民は、船長不在の「さまよえる日本人」ではないか??

パンデミックで大量死の今、「嘱託殺人事件」をどう扱う?

2020年07月27日 07時38分15秒 | コロナウィルス
 京都に住む難病のALS患者の女性から依頼を受けた二人の医師による「嘱託殺人」事件が起こった。その中の一人の医師はこの女性から約130万円を受け取っていたという。
 この二人は「山本直樹 and mhlworz」名の共著で「扱いに困った高齢者を<枯らす>技術」という電子出版書籍を販売し、あくまでも著作レベルではあるが、「安楽死」に対して積極的な態度を持していたようである。
 報道によれば、二人のうちの大久保容疑者は、宮城県名取市で呼吸器内科・心療内科のクリニックを開業しており、終末期医療を行うホスピスの運営も行っていたという。彼の妻は自由民主党元衆議院議員だともいう。ネット上には、彼のものと思われるブログがあって、「高齢者を『枯らす』技術 長生きを素直に喜べない人へ」というタイトルで、「神経難病などで『日々生きていることすら苦痛だ』という方には(中略)一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいいと思っています」などという投稿を載せていたという(2020/07/24 JCAST News)。
 「Kindle」には、「病院での枯らし方」という題名の電子書籍が売られている。その紹介文には、「認知症で家族を長年泣かせてきた老人、ギャンブルで借金を重ねて妻や子供を不幸に陥れた老人。そんな「今すぐ死んでほしい」といわれる老人を、証拠を残さず、共犯者もいらず、スコップや大掛かりな設備もなしに消せる方法がある。医療に紛れて人を死なせることだ。病室に普通にあるものを使えば、急変とか病気の自然経過に見せかけて患者を死なせることができてしまう。違和感のない病死を演出できれば警察の出る幕はないし、臨場した検視官ですら犯罪かどうかを見抜けないこともある。荼毘に付されれば完全犯罪だ」などとあって、こういう被害者にならないために、またそういうことをしないために?「方法」を教える、というレトリカルなシノプシスが書かれている。
 先には、れいわ新選組の衆院立候補予定者とされていた男による、「国民医療費や介護費の負担を軽減して、その資源を若者のために使うためには『老人の命の選別』も必要になるという主張が公表されて大いに物議を醸したばかりである。
 パンデミックという「死」とその後に来るであろう地球的「再生」の一大ドラマの進行する現代、人心をかく乱する大津波のようなものが「ショックウェーブ(衝撃波)」となって社会の中を伝播しているのかもしれない。そう言えば、アメリカで起こったジョージ・フロイドさんが米国ミネソタ州の州都ミネアポリスで警察官に首を押さえつけられて亡くなった「殺人事件」とその後に起こった「Black Lives Matter」という社会運動が世界の耳目を集めたのはつい昨日のことである。この国で起こったこれら類似の「事件」をどのように受けとめていけばよいのであろう。
 そもそもこの事件は、昨年の11月30日だったというからすでに8カ月近く経過しての公表である。この決して早くない発表は何を意味しているのであろう。警察が、その触法性について逡巡する程の難問だったというのであろうか?
 他方、その後のメディアの扱いも世論も実に淡白な印象を禁じ得ない。このまま知らん顔して済ますのか、ジャーナリズムも政界も法曹界も何かを語らなくてはならないと思うのだが、今のところ何の反応も無いようだ。「GoToトラベル」に疲れて黙殺で終わりになるのだろうか? 「この国らしい」と言えばそれまでだが、それで良いのであろうか?
 昨日は、死者19人を含む45人が殺傷された「津久井やまゆり園」の悲劇から4年目の記念日であった。これも一続きの社会現象だったのであろうか?? はたまた、75億と増え過ぎた人類の自然淘汰の始まりか???