玄文講

日記

科学予算バブルの観察報告

2005-03-24 00:09:25 | 経済
産学連携が叫ばれて、大学等技術移転促進法(TLO法)が施行されてから七年がたとうとしている。
それは企業が大学や研究者の持つ特許を活用し、新たな産業を振興しようという試みである。
同時に国による研究予算も大幅に増額され、96~00年度に17兆円、01~05年度に24兆円の政府研究開発投資が行われている。

ある意味、バブルである。
ただし急に予算が増えても使い道がなく、書類をすべてカラープリンタで出力して予算を消化している研究室がある、なんて噂も流れている。
もっとも悪い噂ばかりではなく、電気通信大学のようなうまくいっている話もいくつか聞いている。

私の研究室にも、特許の取り方を指南した冊子や内閣府からの「政府開発研究データベース」への登録用紙が送られてきたりした。

しかし内の研究室では誰もそんな本を読まなかったし、データベースに登録もしなかった。
「俺たちには関係のない話だよなぁ」
それが理論分野にいる私たちの共通した認識であった。

昨日も話したように、役に立たないことが存在理由でさえある私たちには、国のため産業のためと強迫観念のように唱えられてもピンと来ないのである。
たとえば、外に対しては温和で、身内に対しては猛々(たけだけ)しいことで知られる、かのノーベル物理学受賞者の小柴先生は

「先生の研究は何の役に立つのですか?」

というレポーターの何たらの一つ覚えの質問に対し

「今も、そして将来にも役に立つことなんて一つもない」

と自信満々に答えていた。そしてレポーターは「自慢するようなことじゃないだろう」とでも言いたげな、とまどいと侮蔑の表情を浮かべるのであった。
たしかに「今は役に立たなくても、100年後に残るのは自分達の仕事である」という彼らの自信と誇りを知らなければ、この発言を理解することはできないであろう。

これは産学連携からもっとも遠い分野である「理論物理」の世界から見た、この一連の「国興し」の観察報告である。

こんな話がある。
ある日、高名な学者のもとに国か何かの担当者が予算を決めるための話し合いに来た。そして

「先生の研究が完成するには、あとどれくらいの資金が必要ですか?」

と問われたその学者は「君ねぇ、研究というのはお金を投じたら、はい出来ました、というものではないのだよ」と苦言をていするつもりでいた。
しかし、その時、一緒にいた人が

「二千万ほどいりますね」

と返事をしてしまい、すると担当者も

「はい、分かりました」

と承諾し、話はめでたくまとまってしまったそうである。

お金の集まらない分野は衰退するというのは本当のことである。
だから振興したい分野に資金を注ぐのは間違いではない。しかし、問題はその注ぎ方である。

お金の使い方は2通りある。
細く長く使うか、太く短く使うかである。

理論研究はお金があまりいらない。紙と鉛筆と生活費だけあれば何とでもなる。
研究の成功に必要なのは地道で長い模索の期間と、一瞬の閃きを理論に導く情熱である。その過程でお金が果たす役割は、あまり大きくはない。
だから必要なのは、より多くの人間をより長い期間、養うための生活費の支給である。
つまり理論分野は「細く長く」お金を使う必要のある分野なのである。

今の投資計画は「太く短く」が方針であり、工学やバイオなどの産業関係はいざ知らず、理論分野との相性は決して良くはないのである。

それに太く短くでは、投資が消えた後に研究者があぶれる恐れもある。
私の先輩は、ある新設のナノテクノロジー研究所に5年契約で雇われた。5年後。それは偶然にも丁度、今の研究投資が打ち切られる時期と重なっていた。

しかし先輩にとってそこは専門外の分野であり、専門の人ではなく何故に先輩がそこに雇われたのかが私には不思議だった。

すると某先生はこう語るのであった。

「だって任期5年だよ。5年後にクビになるのがわかってて、優秀な研究者がすすんで入りたがるわけないだろう。もっと長期的に生活が保証されている企業とかに行くよ。だからそこには職にあぶれた専門外の人間ばかりが集まるんだよ」

幸いなのは、その専門外の人たちは無能ゆえに職にあぶれたのではなく、需要が少ない分野の研究者であっただけということである。
ちなみに、その後、先輩がどうしているのかを私は知らない。

そして研究予算の増額も終わろうとしている現在、人々が期待したような神風は吹く気配がない。
これから吹くのかも知れないし、吹いているのに私には見えていないだけの可能性も十分にある。

しかしいずれにせよ、科学は都合のいい奇跡を期待されているだけの存在なのだと思うと、残念な気持ちになってしまうのである。

(参考文献;フォーサイト11/2003、「産学連携バブル」の研究)

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