じゃあ・・・・・・と言って
言葉を切った
サヨナラという
小さな言葉が
あなたとの間で
これほど重いものだったとは
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
なくしたくないひとは
やっぱりなくしたくない
たとえそのひとの想いが
わたしの掌に戻ってきたところで
若すぎる柄のネクタイのように
周章(あわ)ててしまう他はないものであっても
孤りだけの想いは
その日のままの姿で戻ってゆけるので
わたしは
目をとじて歳月を辿ってゆく幸せを
知りすぎてしまった
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
あのひとにあげられるものは
わたしには残っていなかった
過ぎ去った歳月は
次々にくぐり抜けるのに
手渡さなくてはならなかった
ひとつの言葉を
他のひとにあげてしまったので
夜の街のコーヒー店で
砂糖を入れることができない
コーヒーを飲んだ
なつかしむ言葉のひとつひとつが
わたしの心を少年に戻してゆくほど
あなたを
あのひとと呼び換えた日の冷たさが強まり
愛していたのにという
つぶやきを
砂 . . . Read more
書きおえた手紙を
読み返す勇気もなく
封筒に入れると
小さな痛みが
たえまなく降り注いだ
あなたの心の動きを考えながら
手紙を書く哀しさは
昨日より降り続いている
雨の冷たさに
ほんの少し和らげられているだけで
それでも
この手紙を出すことが解りきっているだけに
降り注ぐ痛みのなかに
傘をさすことも出来ないのだ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
夕暮れになると
蒼く透きとおった槍が
わたしの胸に突き刺さる
あなたの肩の暖かさを
想いだす細い雨の夕暮れには
槍の穂先は
透明度を深くして
しまいこんだ涙のまんなかを
正確に突き通すのだ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
すれ違う旅人同志の挨拶のように
別れはいつもさっぱりしていた
なにひとつ惜しむこともなく
投げ捨てた煙草のように
ほんの少し煙ることもあったが
それすら目の前に続く路を
歩いていくことに気をとられて
消えてゆく火の哀しさに気づくこともなかった
五月の森を行く汽車のように
わたしのまわりはまばゆく揺れて
いくつもの別れは
次の出逢いのためにあったのに
永い永い森をくぐり抜けて
いつの間にか消え . . . Read more
すべて
頂を越したものは
もの哀しく醜悪だ
大上段に振りかぶった刃が
風の流れを垂直に切っておとすように
頂の直後は
まっすぐな死であるべきだ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
わたしが安らいで寝る夜に
みる夢は
ひとりきり
青いセロハンで包まれた夜の路を
歩きつづける夢だ
いつも誰かに逢いたいと
おもっているわたしが
何故そんな夜に
カーニバルの夢をみないのだろう
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
わたしのまわりで
無数のひとが燃えている
よく知っているひとびとから
街中ですれ違ったほどのひとびとまでが
心地良い香りで燃えている
その真中に坐りこんで
もう何も手繰りよせるものはない
燃えているひとびとの
形を残している骨を丹念にもみほぐして
細かな灰になってしまった
ひとびとのなかにもぐりこんで
前も後もないからっぽな時間に包まれて
ぬくぬくと ぬくぬくと
両手を精一杯頭の上に伸ばして
. . . Read more
赤ん坊は
落しものをしないような型に
掌をひらいている
眠りのすぐ前の
遠い目つきのなかに
もう夢が流れこんでいる
赤ん坊にとって
ごくあたりまえの時間を見つめていると
すきとおった痛さが
忘れ果てていた意識まで届いてゆき
そむけた目にうつったのは
ベッドの下に拡がった
夜深い草原だった
塚原将『消せない時間』より . . . Read more