わたしの心を
そんなに覗きこまないでください
あなたの姿が
全部映るほど身をのりだして
あなたを映しつづけているのは
眩しすぎるし
もしあなたが落ちてきたら
わたしの心は
一瞬の輝きをみせて
砕け散ってしまうだろう
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
堤防の隙間から
姿をあらわした蟹に
あなたは指をさしだす
蟹が急いで姿をかくすと
あなたは息をひそめて待つ
こんなくり返しを
あなたは楽しげに
青々とした時間の中に捨てている
わたしは
あなたのすぐうしろにいるのに
遠い一枚の絵をみているようだ
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
この道をたどってゆくと
すぐに海に出ることは解っているが
わたしはわざと
街の方向に足をむけたり
風を眺めたりして
海につく時間をのばしている
たった一日という
うっすらなページに
孤りきりの安らぎを
一文字も残さずに
十分にふくらませてから
波の音にくるんでおきたいのだ
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
濃い霧が
ほんのりと赤く染まっている
このむこうに
紅葉がある
ふとバスガイドが
わたしはナナカマドが好きなのです
と言う
少しひくい声で言う
その声が
わたしの心に
濃い霧のようにかかって
わたしの想いは
ナナカマドを探しに
山深く旅立ってしまった
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
ポツッとかすかな音がするたびに
梢から
黄色い揚羽蝶がまいおちてくる
赤い揚羽蝶がまいおちてくる
静まりかえった路に
おちた蝶たちは
もう身じろぎひとつしないで
冬の虫ピンにつらぬかれている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
トンボがひいていった軌跡を
風が片手ですくいとっていく
風に揺れた花が
頭をこきざみに振りながら
すました顔に戻ってゆく
木陰に腹這いになって
日盛りの風景をみていると
あのひとが千代紙で折った
千羽鶴が
次から次へと飛んできそうな気がする
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
朝霧に濡れているトマトを
かじった時の
特に「へた」に近い青みの残るところを
かじった時の
香りが残っているので
わたしの心は厚みをなくしてくると
朝の畑の路に踏みこんでゆく
もう遥か遠い日のことなのに
何の迷いもなく歩いてゆけるのは
歳月にとり残された
朝の記憶を
作りあげた憧憬のせいだ
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
麦の穂の揺れる音が
あちこちでぶつかりあって
空に軽快な花火を打ち上げている
帽子を忘れた少年が
風を頭にのせて走っていく
雲雀のおしゃべりが
絶え間なくふりそそぎ
麦の香りが
細い筆先に含ませた絵の具で
真昼をより明るく染めつづけている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
菜の花が咲いている
少し汗ばむほどの春のなかに
菜の花畑がつづいている
わたしは車窓から
孤り目をやっている
菜の花が咲いている
菜の花畑が拡がっている
わたしは
友の葬式に出るために
孤り汽車に揺られている
菜の花が咲いている
途方もなく明るく咲いている
そして
わたしの心は
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
心の片隅をのぞかせて
あなたが微笑ったので
冬の梢を通してみる
晴れわたった空がみえた
わたしの想いは敏感に
空がかくしている雪の香りに気付いて
そっと目をそらしたまま
あなたの微笑みのすぐ横を通りすぎた
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
それは風ではありません
わたしの深い吐息です
誰にも知られてはならない
私の深い吐息です
それを聞かれてしまったうえは
もうわたしは
あなたを愛する他はないのです
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more
好きだと想う時の
心のふるえが
唐突に戻ってきたのは
あなたがグラスの水を
すっきりと飲み干した時の
のどもとに気付いた時だ
そこには
わたしからとうの昔になくなってしまった直線が
惜しげもなく
時にむかって投げこまれている
塚原将『閉ざされた愛』より . . . Read more