現在
このなかでひとが燃えている
ひとつの傷もない想い出が
青空のなかに放り出されて
明るんでいる
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
こんなに早く目覚めたのは
帰ってゆく夢が
少しばかり
足を滑らせたためだ
どんな夢だったか
目覚めたばかりなのに忘れてしまったが
掌のなかにこもっていた
レモンの香り
振りむきもせず
そのくせとても優しい背中をみせて
夢は
おちてくる最初の光を
またいでいってしまった
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
風が強いので
信州に行きたいと思った
風が冷たいので
いっそう強く行きたいと思った
もう全てが枯れきってしまったであろう
茶褐色の高原につったって
孤りぼっち風に吹かれていたいと思った
そういえば
久しく身を切るような風に向かって
息の切れるまで走ることを忘れていた
風に乗って雲がすっとんでいった後の
あっけらかんに寒い空に
夢を投げることを忘れていた
浅間のふき上げる煙に
心を燃やす熱さ . . . Read more
過ぎてゆく時間と
同じ速さでしか
ものを想うことが出来なくなったので
なんのためらいもなく
投げる花の軌跡が
いつのまにか
あなたの言葉になってゆく想いは
一枚の絵にして
心の書庫にしまいこんでしまった
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
わたしのなかに
透きとおった穂先の揺れる
ひとつの時間を握った少年がいる
少年は遠い日に
空に寄せる波に乗って
行ってしまうはずだったのに
わたしは
少年の旅立ちの日から
そっと目をそらせたので
少年は美しいだけの影をひいて
わたしのなかに佇んでしまった
だからわたしは
いまでも麦わら帽子をかぶって
海辺を駆けてゆくことが
好きなのかも知れない
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
わたしには
まだ涙があった
強い風のなかに
ひとひらも欠けることなく
揺らぎつづける花に
手を差し伸べることもせずに
ただ
想いをこめて流す涙が
こんな小さなことに気づいたことで
わたしは午後の明るさを
ゆっくりとかぶりなおしたのだった
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
キラッと身をよじった魚から
水は大急ぎで池に逃げ戻った
少年の掌を
魚はかぼそく打って
あたりをほんのわずか生臭くした
パケツのなかを
魚はくるくるまわった
くるくるとまわって くるくるとまわって
池はもうはるか遠くにいってしまった
少年は
浮きをじっとみつめていて--
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
路のむこうから
咲きこぼれる桃の一枝を持って
少女が歩いてくる
わたしの心は少年になって
少女のところに駆けより
話しかけている
本当のわたしは
すこし俯きかげんに
路の端に寄って
近づいてくる少女の影さえも
踏まないように
気をつけているのに
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
蝉が鳴いている
もう
空気を水飴でくるんでゆくような
声ではない
むしろ
たったひとつ残っていたレモンを
とり去った後の
まるい籠のような声だ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
唐突に風が流れこんでくると
その時だけ
大通りからの音が
わけもなく路地をさざめかせた
一杯飲み屋の赤提灯が
世の中の不幸を一身に背負った顔つきで
ひとゆれすると
風の運んできた音は
枯れたつりしのぶの香りを残して
墜落した
この路地の一番深い処に
大きく口を開いて
大通りに向って蹲っているのは
巨大に黴びた鮟鱇だ
塚原将『消せない時間』より . . . Read more
目覚めの遅いわたしにも
花はまるく挨拶して
風に流れる淡いふきながし
花の隣には
黒く光沢のある眠りへと
ひたすら向かっている種が
それらはお互いに知らん顔をして
昨日咲いた花の
やわらかな握りこぶしの中に
ススキの一穂にも似た
陽差しが少し澄ましていて
塚原将『消せない時間』より . . . Read more