玉川上水 花マップ

玉川上水沿いの主な野草の生育地図を作ります

4月の観察会(4月9日)

2023-04-09 08:42:31 | シンポジウム


 10時集合でしたが、電車の時刻が少し変わったみたいで、鷹の台の駅に着いたのが9:58だったので小走りに鷹野橋に行き、着いたのが10:00ちょうどでした。みなさん集まっておられ、恐縮でした。春らしい気持ちの良い天気で、この2週間ほどの間に冬景色に近い林が薄緑になり、今では濃いめの緑になりました。
 シキミの花が咲いていて、有毒であることの説明をしましたが、最近読んだ論文に、「有毒だから動物は食べないという思い込みがあるが、実施にはシジュウカラが果実を食べて貯食するし、落ちた種子をヒメネズミが運んで貯食する。思い込みは危険だ」という記述があったことを説明しました。私は仙台の海岸のタヌキの糞分析をしましたが、たくさんのドクウツギの種子が出てきました。ドクウツギの果実を食べると人が死ぬことがあるくらい猛毒とされますが、タヌキが食べたことは事実です。
 歩きながらエゴノキやゴンズイなども蕾をつけていて今年は早いと思いました。
 アマナのある林に行きましたが、アマナの花は終わっていました。数年前にここで林の明るさを測定したら、アマナの花が咲く頃から急に暗くなることがわかりました。明るいうちに光合成をして花を咲かせ、終わると生産物を地下にためて、葉も枯れて来年の春まで休眠します。そこにはミミガタテンナンショウ、ムサシアブミ、ウラシマソウの3種のマムシグサの仲間がありました。
「どうしてミミガタというのですか?」
という質問があったので、仏炎苞の説明をして、その側面が大きく張り出すのを耳に喩えたという話をしました。


マムシグサの仲間が性転換すること、オスの花に入った昆虫は下の方に隙間があって出られるけど、メスの花は出口がないので筒の中で動き回るので確実に授粉するなどの話をしました。


玉川上水の柵の中にキンランがいくつもあり、歓声が上がりました。やはり今年は花が早いようです。
上水公園の先にクマザサが密生していたので
「これはクマザサといって園芸品種です。山にはなくてお寺の庭などに植えられています。クマは熊ではなく縁が白く隈取るの<隈>です。こういう大きくて幅が広い葉を少数つけるササは日本独特で、そもそも<笹>というのは中国の漢字にはない国字(和製漢字)です。中国では林を作るのが竹、林の下に生えるのは篠(秋篠宮の篠)とかきます。どちらも揚子江以南で、それ以北にはありません。揚子江の緯度は九州の南の方で、日本列島では大陸にはない緯度にササが生えて、樺太まで続きます。ササの分布からすれば、カラフトはやはり日本領土なんです。(笑)これは間違いなく日本列島が高温多湿なためで、それは日本海があって大陸からの風が日本海の湿気を含んで日本の山にあたって雨を降らせるからで、冬の雪は3メートルになり、世界有数です。日本海は対馬海峡が開くまでは淡水の湖で、日本は大陸と地続きでした。私はモンゴルに行きますが、草原の植物は日本のものと共通のものが多くて驚きますが、これは地続きだった証拠です。でもササはありません。当時の日本には草原に住むバイソンもいたのですが、絶滅しました。理由は狩猟の可能性もありますが、主要因は日本海ができた後に多湿になって森林が覆って草原が消えたからです。」
「バイソンってウシですよね?」
「はい、大型のウシでステップにいます」
「モンゴルには何しに行くんですか?」
「遊びです」(笑)
「家畜と草原の関係を調べているんです」

百石橋を越えるとイネ科があり
「これはなんですか?」
「カモガヤです。牧草で英語でオーチャードと言います。家畜用に改良されているので、栄養価は高く、消化率も良い牧草です。これが道路をつけるときに法面の緑化にも使われるので、山を走る道路沿いに広がってるんです。それをシカが食べますが、栄養価が高い上に、シカにとって一番食物がなくなる冬の終わりに、もう芽生えるものだから、おそらくシカの死亡率を下げていると思います。それが日本中でシカが増えた理由の一つになっている可能性があります。
 カモガヤというのは、イネ科の花は細長い穂を作るのが多いのに、これは丸っぽい穂を作ります。それがカモの足みたいだというところから来ています」
「へえ」


この辺りにはカタクリがあるのですが、先週は咲いていましたが、今日は終わっていました。その代わりと言ってはなんですが、フデリンドウとチゴユリが見られて喜びました。

フデリンドウ

チゴユリ

 ある木立の下にイチリンソウの群落がありました。花はややピークを過ぎていましたが、きれいでした。バイモは花が終わっていました。

イチリンソウ


右岸の地域センターの前の林には毎年キンランがたくさん咲くのですが、今日はまだ早かったようで蕾のものが少しあるだけでした。その林を抜けようとするところで
「高槻さん」
と声をかける人がいたので見ると、小平前市長の小林さんでした。私は数年前まで教育委員をしていておせわになりました。偶然に驚き、やあやあと立ち話をしましたが、私は中央公園に予定されている道路のことが気になっているので、あの計画はどうなっているか聞いたら、
「もう決定事項だから近いうちに工事が始まるだろう」
ということでした。
「覆ることはあり得ないんですか」
と聞くと、
「あり得ない」
という返事でした。リーさんも加わって質問をしたので、私が少し離れたところ、なんと水口さんが自転車で現れました。なんという偶然でしょう。水口さんは10年前にこの道路建設の反対署名運動をした人で、多くの反対署名を得ましたが、数が過半数に達しないという理由で開封されることなく処分されるという残念な結果になりました。水口さんはこれをきっかけに4年前に小平市議に立候補して当選し、今新たな選挙の準備をしているところで、いわば彼女の人生を決定する出来事でもあったわけです。その時の市長がまさに小林さんで、その二人にここで会ったのですから驚きです。
 私たちが左岸から右岸にコースを変えなければ、あるいは数分でも早いか遅いかしていればすれ違っていたわけだし、もちろん小林さんにしても、水口さんにしてもこの時間にここに来なければ会うことはありませんでした。あるいは会ったにしても、少しずれた時間に別々に会うという確率の方が遥かに大きいわけです。
 いずれにしても驚くべき偶然で出会い、少し言い合いにもなっていましたが、じかに話し合えたことは有意義でした。今思えば記念撮影をすればよかったと悔やまれます。
 関口さんが
「木には年輪ができるわけですが葉っぱは細胞が増えて大きくなるんですかね、それとも元々ある細胞が数は同じで大きくなるんですかね?」と聞きました。
「さあ、よく知りませんが両方じゃないですかね。葉の元になる組織ができて細胞が増えるのでしょう。それがぎゅっと詰まった形で芽吹いて細胞が大きくなりながら展開するんだと思います」
 関口さんは先月から観察会に咲かされるようになりましたが、いろいろなことに興味があるらしく、カモガヤの名前を聞いたのも彼でした。
「木本、草本って言いますが、あのホンというのはなんですか。木類、草類でいいと思うのに」
この理由は私は知りません。後で思ったのですが、一つには明治時代に作られたこういう学術用語は必ず漢字の音読みの言葉で、それは、学者は武士の家柄で漢字をよく知っていたのと、「高尚であるべき学問の用語は普通の市民の言葉とは違って然るべきだ」という意識が強かったことに関係しそうです。昔の医者はよくドイツ語を使うので患者はなんだかわからず、お互いがそういう関係を認め合う(庶民は、お医者さんは俺たちとは違う世界に生きていて、俺たちにはわからないような言葉を使う偉い人だと思い、医者の方もそうでありたいような優越感を持っていた)空気がありました。その意味で「木類」を「きるい」と訓読みするのは許せないというような心理があり、「もくるい」はいいとして「草類」は「くさるい」では訓読みになり、「そうるい」では分かりにくいということもありそうです。「本」というのは少し不思議な言葉で、本質とか本性というときは大事なものという意味ですが、書物を本と言います。あれは書物が本質的なものが詰まっているということでしょうか。一方、イネ科のことを古くは「禾本科」とも言いました。これから推察すると「本」は「いろいろなものがあるが、それに共通した性質をまとめる」という機能的な意味があるのかもしれません。ススキとかタンポポとかいろいろあるが、これらは草という共通点があり、それを束ねるのが「草本」という言葉なのかもしれないと思いました。
関口さんの質問は続き
「動物は<いる>、植物は<ある>と言いますが、動くものは<いる>で、植物は動かないから<いる>なんでしょうか?」
どうやら関口さんは言葉にも関心がありそうです。私も言葉好きなので会話が弾みました。
「植物は生き物ですが景観の背景のように捉えられがちだと思います。私が思うに、<いる>は<居る>ですよね。この<い>は<ゐ>です。日本語は緑も青も<あお>ですが、このように日本語では前後関係でわかればいいので、あまり言葉を細かく分けない傾向があります。だからもともとは存在することを<ゐる>で表していて、使っているうちに動くものと動かないものを区別した方がいいということになって<いる>と<ある>に分かれたのではないでしょうか。和歌山の方言では<犬がある>と言います。必要がなければ区別しないわけで、日本人にとっては水とお湯は違うもので別の言葉ですが、英語ではwaterとhot waterで同じものを温度で区別するということだし、日本では兄と弟は違うが英語ではどちらもbrotherで、elder brotherという必要な状況がないという具合に、言葉はその社会の必要度によって分化したりしなかったりするので、<いる>と<ある>は必要になったのだと思います」
関口さん
「死体の捜索をしたことがあって、警察が見つけたとき<あった>と言ったのが違和感があって、生きていれば<いた>で、死ねば<ある>になるのかと思ったんです」
「なるほど」

 帰路は雑談しながら戻り、サワフタギとカマツカが似ているという人に違いを説明したり、クマシデの花があったので、イヌシデとの比較の話をしたりしました。
とても良い天気で、爽やかな新緑の中を気持ちよく歩きました。少し足を伸ばしたので、いつもは12時前に解散するのですが、今日は30分くらい遅くなりました。

写真の多くは豊口信行さんによるもので、感謝します。
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