エスペラントな日々

エスペラントを学び始めて22年目である。この言葉をめぐる日常些事、学習や読書、海外旅行や国際交流等々について記す。

宇宙人?

2018-11-28 | 読書ノート


 最近読んだ本。Joha'n Valano(Claude Piron)の連作推理小説 Cxu-シリーズの一冊。
 宇宙からの訪問者を信じて新しい政治勢力を作ろうとしていた男が崖から転落死する。これが元ジャーナリストで、仕事でつかんだ個人の秘密を利用して恐喝をしていたことが明らかになり・・・。
 2つの対立する秘密組織 KGB(Komitato por Geopolitika Bonfarto)と CIA(Centra Informkolekta Agentejo)と、それぞれでスパイとして働く若い男女の恋や、怪しげな画家とそのエージェントを務めるこれまた怪しげな女性、などなどが複雑に関わり合って事件が起こり、話が進行する。メモを取りながら読まないと読んでいる方も混乱する。

 例によって単語使いで楽しませてくれる。いくつか紹介しよう。

 ・oftumas
 ・Fabelu al iu ajn, sed ne al sperata vulpo kiel mi!
 ・Zorgoj en li pezis pli plume ol plumbe.
 ・trinkis ieton.・・・io+et らしい。
 ・pure - nure
 ・boedzino・・・港ごとに奥さんがいる男の、妻のひとりが別の妻を指して言う。
 ・longa Hollywooda kiso
 ・cxeestunto・・・誰か(その場に)いたとしたら(その人は)・・・
 ・いろんな笑い方
   ridis belan blankdentan ridon
   rideto tigra aux jaguara
   pantera rideto
   rideto ne tre difinebla (cxu eble leoparda?)
   estis io vulpa en cxi tiu rideto
   duonsxakalan duonleopardan rideton
 ・「言う」のいろんな表現
   unuvortis, vocxis, varmvocxis, panikvocxis, prononcis, sentencis

 最後に、私がもっとも気に入った表現:
  ... pasio blindigas. Sed amo estas amo, kaj gxi ofte vidigas realan belon, kiu al neamantoj restas plene kasxita.:愛は盲目というが、しかし愛はしばしば、愛していないものには全く見えない真の美しさを見せるものだ。


   写真はネットで拾った表紙
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1887年、ボラピュック

2018-11-26 | 読書ノート


 前回の続きである。「Zamenhof kaj Volapuk」にはボラピュクがどれくらい広がったのか、簡単に紹介してある。
 1884年、第一回大会が Friedrichshafen(ドイツ)で開催され、150人ほどが参加した。1885年にはオランダに20のクラブがあり、そのうちの2つには100人以上の会員がいた。1886年には9つの雑誌が刊行されていて、100以上のヨーロッパの都市で講習会が開かれ、そのうちのいくつかでは200人以上が学んだ。帽子・ワイン・鉛筆・ランプといった「ボラピュクグッズ」も販売された・・・。
 まさにボラピュク運動がその頂点に達しているときに、ザメンホフの第一書が現れた。ザメンホフは公式にはシュライヤーに対する深い尊敬の意を表しているが、その作品(ボラピュク)に対しては容赦なく批判している。"... tiu cxi lingvo, simile al la antauxaj provoj, mortos, alportinte absolute nenian utilon.:この言語はそれ以前の試みと同様に、全く何の役にも立つことなく死んでいくであろう"(Fundamenta Krestomatio/El la unua libro de la lingvo Esperanto)。ドイツの言語学者 Haupenthal は、第一書の表紙に示された「Por ke lingvo estu tutmonda, ne suficxas nomi gxin tia」(言葉が世界的であろうとするのに、ただそれをそう呼ぶだけでは不十分である)は、ボラピュクに対する皮肉な当てこすりだという(vol=mondo, puk=lingvo)。
 エスペラントの第一書の出版は1887年7月にポーランド語で発行され、その年の11月24日にはフランス語とドイツ語版が発行された。そのわずか3日後の27日にザメンホフはシュライヤーに手紙を第一書とともに送った。ザメンホフはドイツ語に堪能であったが、「シュライヤーにもエスペラントを学んでほしくて」わざわざエスペラントで書いた。シュライヤーが手紙や第一書を読んだかどうかは分からないが、非常な嫌悪感を抱いたのは確からしい。

   
写真はボラピュクの創始者マルティン・シュライヤー(ウィキペディアより)
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Zamenhof kaj Volapuk

2018-11-24 | 読書ノート


Mia skribado en cxi tiu blogejo pauxzis dum iom da tempo, cxar mi estis iom okupita, kaj ne havis skribendajxon. Hodiaux mi japane skribos pri la libro, kiun mi lastatempe tralegis.

 久しぶりのブログ更新になりました。少し忙しかったのですが、テーマが見つからなかったためでもあります。今回は読書ノート、Zamenhof kaj Volapuk という40ページほどの小冊子です。奈良で行われた日韓合同エスペラント大会で、Sさんに勧められて購入したもの。著者は Goncalo Neves という1964年生まれのポルトガルのエスペランチスト。Historia Vortaro de Esperanto という本で今年のグラボウスキー賞(第2席)を受賞している。

 最初にこの本の目的として次の問題に答えるとある。
 1.ザメンホフは自身のエスペラント第一書を発行した1887年に、すでにボラピュクを知っていたか?
 2.彼はボラピュクをいつどの程度知ったか?
 3.ボラピュクはエスペラントの想像に影響を与えたか?

 最初の問いに答えるために、様々な文献からの引用がなされている。読者はまず、わずか数行の分の中に10を超える文献が引用されていることにまず驚くであろう。著者はいくつかの事実を付き合わせて、ザメンホフがボラピュクを知ったのは1882年の末〜1883年の初め頃と結論づけている。
 ボラピュクが現れたのは1879年であるが、その前年にザメンホフの最初の国際語「Lingwe Universala」の誕生をザメンホフとその仲間や家族が祝っている。というわけで、まだボラピュクについて知られていなかった時期の Lingwe Universala とボラピュク、エスペラントを比較をすることで第3の問題の答えを探る。おおむねボラピュクがエスペラントに影響を与えたことには懐疑的な見解が続くが、動詞の活用変化については影響があったかも知れないという。その論証をした3言語の比較表によれば、動詞の活用変化について Lingwe Universala は全く整理されておらず、ボラピュクはかなり整理されていて(かつ複雑)、エスペラントは完全に整理されている。だからといって、ザメンホフがボラピュクを参考にしたかも知れないという論拠は、そもそも言語に関する知識のない私にはよく理解できなかった。
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ゲルダが消えた

2018-09-24 | 読書ノート
   

 「Gerda Malaperis」 Claude Piron の初心者向け物語である。初心者用ではあるが、物語はハラハラどきどきで楽しめる。今までこのブログでも何度か話題にはしてきたが、「読書ノート」で取り上げるのは初めてである。私が読んだのはまだ初心者の頃だったが、その時は期待したほどには易しくはなかった。冒頭の会話を読んだところで、話の状況がなかなかつかめなかった記憶がある。
 月に1回の名古屋のエスペラント学習サークル「Cxambro Cxarma」で2015年から2年近くかけて読んだ。読み終わって、なんだか良く理解できたと思えないのでざーっと再読したいという声が出て、再度みんなで読み直した。ところが「ざーっと」読わけにはいかなかった。文章を丁寧に解釈していくと、自分たちがどれほど浅く読んでいたか、間違って解釈していたかが分かってきて、結局さらに1年半かかってしまった。誰かがこの本は初心者にはそれほど易しくはないと言っていたが、中級以上の人たちにも決して易しくはなかった。
 この本で勉強しようという場合は、しっかりした指導者につくことをお勧めする次第である。教材としての資料もネット上にいくつかあるので検索してみてほしい。
 ただしいくらか読むことになれた人なら、あるいは初心者でも細かいことを気にしなければ「軽い読み物」として「ざーっと」読むことも出来る。また映画化されていてユーチューブで見ることもできる。もちろん全編エスペラントだが、字幕つきなので聴く練習にもなる。
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Cx li bremsis suficxe?

2018-09-20 | 読書ノート


 Joha'n Valano(Claude Piron)の連作推理小説である。第一作の「Cxu vi kuiras cxine?」についてはこのブログで紹介した。舞台の町 Sanktvalo と主人公の刑事探偵 Jano Karal は前作と同じである。読みやすくストーリーも面白い。
 町の名士の夫妻が車ごと転落して死亡する。事故原因には不審な点があって、殺人事件として捜査が開始される。古い町を壊す道路計画を巡る対立、死亡した妻の遺産の行方、墓を巡るイスラム教徒と町の対立、死んだ夫妻が利用していた自動車修理工場の人たちなどなどが複雑に絡まり合う。すべての人たちが犯罪者らしくないが・・・。

 興味を引いたエスペラント単語をいくつかあげておこう。以下の中には辞書にちゃんと出ているものもある。

 bo-vilagxo:配偶者の出身の村。
 jxuseksjuna:若者ではなくなったばかりの(中年の・初老の?)。eksjunulo:元若者、というのも。
 neniam malfarigxis:(あるグループが)決して解消しなかった。
 uf-is:ほっとした。
 rasismis:民族差別表現をあからさまにした。
 lasi la pensojn cxenigxi:考えが次から次に浮かぶ。
 elbobenante cxion:すべての事実を解きほぐしながら。
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Vortumado

2018-09-16 | 読書ノート


"Mortula sxipo" はドイツ語からの翻訳である。一人称の語りなので、状況が分かりにくい場面も時々あった。linda, delekti, brumigxi といった見慣れない単語も出てくるが、多くはないし、新語(neologismo)はほとんど出てこない。スラングや船員独特の表現など、言葉の使い方で面白かったことをいくつか拾ってみたい。私の訳をつけておくが、正当な訳かどうかは保証できない。

mi ne havis ecx unu favan cendon:びた一文もない。
favo は「しらくも」である。acxa に近い意味で使われている。fava bando(奴ら一味), fava karbo(最低の石炭) なども。
Cxu vi sidas en la kacxo?:面倒ごとに巻き込まれているのか?
elhautigxi:(スラング)逃げる
mi tamentis je tio:反論してみた。
eklepori:一目散に逃げ出す。
sxanhaji:(スラング)暴力的に拉致して働かせる。
Nu, li ja ne estis en mia hauxto.:彼とは感じ方(考え方)が違った。
ratvacxo, hunda vacxo:惨めな(不都合な時間の)当直。
bastonulo:警察官
nun sxi farigxis finfine bordelpatrino, testament-intrigulino, venenmiksistino kaj angxelfaristino:かつての豪華船が、密輸船として使われ、今や保険金目当ての沈没にまで落ちぶれたことの表現。「船」は女性で表される。
iri al fisxoj, dungigxi por granda veturo:船員は直接的な表現「morti」を避ける。とくに「魚」は海に入ること、溺れることを連想させる。
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La Mortula Sxipo

2018-09-14 | 読書ノート


 私はこの本を PDF 形式でダウンロードしたものを読んだ。Inko というネット上の出版で、すべてプロテクトがかけられたPDF形式である。全部で208タイトルが出版され、自由にダウンロードできる。現在もネット上に残されている。http://i-espero.info/files/elibroj/
 そのままの形で iPad で読むことが出来るから便利なのだが、本をスキャンして OCR でテキスト化したものらしく、字上符文字などの誤変換が見られる。

 さて、Mortula Sxipo について続けよう。Inko ではタイトルに冠詞がついていないが、実際の本ではついている。
 ストーリーを大まかに紹介してみよう。実際に読まないとこの本の価値は分からないから、興味がわいたらぜひ読んでほしい。
 アメリカ人の船員 Gale の乗った船がベルギー・アントウェルペンに寄港する。彼は一夜の享楽のために上陸し、夜の女に所持金を巻き上げられる。港に戻ると、船はすでに出航してしまっていた。船員証などの書類はすべて船の中である。かくて「無国籍」になってしまった彼は地元警察からは厄介者扱いされ、オランダに追放される。オランダの警察は彼をベルギーに送り返すが、再度送り返され、ロッテルダムにやってくる。ここから船に潜り込んでフランスに密航しパリにやってくるが、「キセル乗車」で逮捕され刑務所に入る。釈放後、パスポートを手に入れようとアメリカ領事館に行くが、アメリカ国民を示す何の証拠もなく、「書類がなければ君が生まれたことさえ証明できない」と言われる。放浪を続けて農家で働いたり、迷い込んだ軍事要塞で死刑宣告を受けたり、逃亡した元ドイツ兵になりすましたりと、様々な冒険をしながらスペインにたどり着く。ここでは誰も身分証などの「書類」を気にしない。空腹になったらパン屋で「お金がないがひもじい」と言えば恵んでくれる。ここでは、立派な男が働いていないのはそれなりの理由があるのだろうから「なぜ働かないのか?」と聞くことは不作法なのだ。ここまでが第一部で、楽しく読める。
 港で魚を釣っていたときボロ船(Jorike)が現れた。「これは死の船に違いない、こんな船では働きたくないものだ」と思うが、船上から「仕事をしないか?」と声をかけられて乗船してしまう。船員には仕事に誘われたときには断らないという迷信のような習性があるのだ。ここからが第二部で、最悪の環境・労働条件で地獄のような激しい労働生活が始まる。ここで第2の主人公 Stanislav と出会う。船員たちはいろんな国からやってきた「死人」たちである。Gale(すでに名前さえ Pippip に変わっている)はその中でも最下層のボイラーマン助手である。船内の様子や彼の仕事場・労働についてかなり詳しく具体的に描写されている。そろそろこの船に慣れて「ここも悪くない」と思い始めた頃、Gale と Stanislav は他の船に暴力的に拉致される。ここから第三部になる。
 新しい船は一見新しく見えたが実際には Jorike 以上のボロ船で、保険金目当てに座礁させることが唯一の航海目的であった。座礁させたときに嵐になってしまい、Stanislav と Gale だけが助かって広い海を船の破片に乗って漂流する。
 この話自体が Gale の独白なので、Gale は生き延びるのであろうが、そこまでは書かれていない。
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死の船

2018-09-12 | 読書ノート


 読書ノートは B.Traven 原作の長編小説「Mortula sxipo」 ドイツ語からの翻訳である。原作者の B.Traven について、日本ではほとんど知られていないのではないかと思う。Traven 自身、作家にとっては作品がすべてで作家個人は重要なことではないとして、自身については全く語らなかった。そのため、どこかの王様の私生児、逃亡した犯罪者、革命家だとかいったうわさまで流れた。もっとも確からしい経歴は、1882年生まれ、ドイツで Ret Marut の名で俳優・演出家として活躍していた(Traven はこれをも否定したという)が、次第に強くなるファシストの圧力を逃れてイギリスに渡り、社会運動に加わった。エスペラントに訳した Hans Georg Kauser によれば、ここでの経験とエンゲルスの著作「イギリスにおける労働者階級の状態」が彼の作品に大きな影響を及ぼした。Traven は1924年にメキシコに渡り、その後の生涯を過ごした。彼の作品にはメキシコの虐げられた人々を描くものが多い。いくつかの作品は映画化されている。
 1925〜6年、ドイツの出版社に Traven の原稿が送られ始めた。多くはボツにされたが、1927年には一つの雑誌で連載された。この当時ボツにされた「La trezoro de la Sierra Madre」は、後にハンフリー・ボガート主演で映画化された(日本語タイトル「黄金」)。ドイツで労働者向けに安くて良質の本を発行しようと1924年に創立された出版協同組合がこの作家に関心を持った。要請にこたえて、Traven は「死の船」を20日間で書き直し、彼の最初の単行本として1926年4月に発行された。4週間で10万部が売り切れて再版が続き、20か国語以上に翻訳された。

 小説はアメリカの船員 Gale がどこかの Sinjoro(旦那)に一人称で語る形式である。ストーリーは分かりやすくユーモアに富むのだが、船員独特の表現やスラングが多くて細部は分かりやすいとは言えない。訳者による詳細な注がつけられているが、これがかえって分かりにくくしている感じを受けた。作品の背景や作者の意図を必要以上に解明しようとしていると思う。巻末に単語解説と船員用語の解説がつけられているが、ほとんど参考にしなかった。
 一読の価値はあると思うし、おそらく日本語訳は出ていないので、エスペラント訳は貴重だと思う。
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ジキル氏とハイド

2018-08-01 | 読書ノート


 引き続き読書ノート。あまりにも有名な話だが、読んだのは初めてである。原作者のロバート・ルイス・スティーヴンソンは子供向け冒険小説「宝島」でも有名。エスペラントに訳されたのは1909年とかなり古い。
 86ページと短いので短期間で読めるが、エス文はあまり読みやすいとは言えない。例えば、冒頭部分、語り手のアッターソンを紹介する部分の一部を抜き出してみる。
 —Mi inklinas al la herezo de Kain, li kutimis kurioze diri, mi lasas mian fraton iri al la diablo laux sia propra maniero. — En tiu cxi rolo la sorto ofte faris, ke li estu la lasta konato kun bona reputacio kaj la lasta bona influo en la vivo de subirantaj homoj.
 全く理解できないわけではないが、何となく読みにくい。

 興味を引かれた単語や表現などをいくつか拾ってみよう。

 ”Hide and Seek" という遊びの説明、sin kasxi と sensercxi。「隠れる」と「探す」なのだが。

 la lanternoj, skuataj de neniu vento 街頭を揺るがす風がない

 tablogasto 食事をする客

 konulo (何かについて)よく知っている人

 tio malsupreniris mian spinon kiel glacio そのことは私をぞっとさせた

 metu vian koron en viajn orelojn 耳を澄ます

 kun injektitaj okuloj 血走った目で

 gxi sxajnis pli difinita kaj unuobla ol la neperfekta kaj dividita vizagxo (その顔は)あの不完全なはっきりしない顔よりもよりはっきりしてunuoblaであった。この unuobla が分からない。eLIBRO なのでコピーミスかも知れないが・・・。
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ジェーン・エア

2018-07-27 | 読書ノート


 引き続いて読書ノートは「ジェーン・エア」のエスペラント訳。シャーロット・ブロンテの長編小説、1847年に発行された。670ページほどの大冊である。訳者は Hendrik Jan BULTHUIS というオランダのエスペランチスト、1930年だからエスペラントの翻訳文学としては結構古い。e-Librejo でダウンロードしたものを iPad で読んだ。e-Librejo はコピーミスが多いが、ほとんど気にならないくらいに慣れてきた。
 原作は日本語訳もたくさんあるし、映画や劇にも何回も上演されているから内容についてはここには書く必要がない。
 翻訳は、訳者はイギリス人ではないが、読みやすくて辞書をほとんど引かずに読めた。言葉の使い方、文法的に「あれ?」と思うところもあるが、あまり気にしないで読んでしまった。Bona estas lia stilo kaj valoras estas la verko kiu meritas troviĝi en biblioteko flanke de la perloj de nia literaturo. (Vikipedio)
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人間とは何か?

2018-07-25 | 読書ノート


「Sengxenaj Dialogoj」の後半は生物学である。
 まず染色体や遺伝子から始まり、進化論に話が進む。一組の親から生まれる子供の持つ遺伝子の組み合わせは数十億種類あり、さらに遺伝子の交換や突然変異も加わる。突然変異はその多くの場合が生命体にとって不利になるが、中には逆に環境に適応する場合もあり、これが進化の原動力になる。
 生物の繁殖する力は非常に大きい。1859年に狩りを楽しむためにオーストラリアに24匹の兎は瞬く間に全土に広がり、生態系を破壊した。必死の駆除にもかかわらず1940年代にはオーストラリアほぼ全土に広がり8億匹に達した。今でも兎とのたたかいは続いている。
 こうした生物の増殖する力は、細菌などミクロの生物ではもっと劇的である。その過程で進化がくり返されるので、たとえば抗菌薬の使用が耐性菌を増やしてしまうといったことが起こる。
 生物の進化には目的があるわけでもあらかじめプログラムがあるわけでもない。ところが人類の登場は新しい局面を生み出した。世代から世代への知識・歴史の継承は遺伝子ではなく言葉によって行われる。身体的能力は人工物によって発展する。この発展は生物進化にくらべるとものすごく急である。生物が空を飛べるようになるまでの時間と、人類がその能力を獲得するまでの時間をくらべてみるといい。コンピュータによる知能の新しい発展も始まっている。
 遺伝子についての科学は新しい生命体の創造をも可能にする。人類は自然界全体に対して重大な責任を持つことになった。まだ先の見通しは分からない。人類はどこに行くのか?

 こういったかなり本格的な科学書がエスペラント原作で読めるのはうれしいことである。最近ではダーウィンの「進化論」がエスペラント訳されたが、「Sengxenaj Dialogoj」の最新版も含めて、もっといろんな分野での原作・翻訳の出版を期待したいと思う。
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近代科学を学ぶ

2018-07-23 | 読書ノート


 久しぶりの読書ノート。「Sengxenaj Dialogoj - popularscienca esploro de fundamentaj demandoj:気楽な会話ー基本的な疑問による大衆科学の探究 」、エスペラントで書かれた近代科学の啓蒙書である。実は題名だけを見て買ったのでこんな中身だとは全く想像していなかった。学者らしき人が2人の甥・姪と軽妙な会話をしながら近代科学を解き明かしていく。内容は大きく分けて、素粒子学を中心とする物理学と、遺伝子学を中心とする生物学である。エスペラントは分かりやすいが、内容はかなり本格的である。兄と妹の性格がはっきりしていてなかなか楽しく読ませる。
 前半の物理では、重力についての話から始まり、相対性理論や量子力学、時間と空間、素粒子の世界などが語られる。私が初めて相対性理論の概要に触れたのはもう60年近く前、高校の図書館にあった1940年代発行の「ガモフ全集」だった。当時も量子力学はよく分からなかったが、今回も余り理解できなかった。この本は、1970年4月までの到達点を踏まえて書かれているので、私がかつて触れたときとは30年の違いがあり、初めて知ることも多かった。
 電気や磁力と違って、重力には「反重力」は発見されていない。反物質はいかなる重力(重力か反重力か?)を持つのか、まだわかっていない。
 高齢になるに従って時の流れを早く感じるのはなぜか? 生理的な活動が若い人の方が活発だから。子供に与えられる刺激の多くは新しいことで覚えなければならないが、高齢者には忘れて良いことが多い。5才の子供の1年は人生の5分の1だが、50才では2%である。
 時間の流れというのは我々が普通に生活する世界では一様に流れている。しかし物質のない世界、運動のない世界では時間は存在しない。ある種の素粒子では時間が逆行する現象もあるらしい。量子力学同様、時間にも最小単位がある。
 ニュートン力学の世界では、初期状態が完全に分かればすべての未来が分かると考えられていた。これは1927年までのことで、相対性理論や量子力学はこの概念を崩してしまった。ミクロの世界では偶然が支配しているし、ミクロのせいはマクロの世界と切り離されているわけではもちろんない。
 原子核は主に陽子と中性子で出来ている。この世界では重力は非常に弱く、陽子同士は反発するはずであるのに、なぜ原子核はバラバラにならないのか? ここで湯川秀樹の中間子が出てくるのだが、実は中間子には様々なタイプがある。さらにクォークだとか反粒子だとかゴチャゴチャと出てきてとても理解しきれない。
 物理の最後は「エントロピー増大の法則」で、このことが後半の生物学につながっていく。
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魯迅小説全集

2018-04-14 | 読書ノート


 魯迅(1881−1936)の短編小説をすべてエスペラント訳したものである。魯迅の現代をテーマにした小説集「吶喊」「彷徨」と古い民話などに材料を採った小説が470ページほどに収められている。1974年、北京の外文出版社発行である。ほとんど作品ごとに、美しい版画(風?)の挿絵が添えられている。
 魯迅は日本にも深い関わりがあるが、エスペラントにも理解を示した。エスペラントに直接言及する作品はないが、日本を追われた盲人エスペランチスト・エロシェンコが魯迅宅に起居したときに起こった「アヒルの喜劇」という短編がある。
 エスペラント文は読みにくくはないが、(少なくとも私には)内容がややつかみにくい作品がかなりあった。当時の中国人民の生活・考え方などを作品から素直に印象として受け取るような読み方をするのがいいかもしれない。
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長谷川テル著作集

2018-04-11 | 読書ノート


 中国人と結婚して中国に渡り、反戦・抗日闘争に参加した日本人エスペランチストの著作集である。発行は1982年、中国世界語出版社から出版された。
 長谷川テル、別名を Verda Majo(緑の5月)は1912年生まれ、1947年に中絶による感染症で亡くなった。その略歴は冒頭に Jxlezo という中国のベテランエスペランチストによって書かれている。ウィキペディアにもざっと書かれているので、興味のある方はそちらを見て下さい。
 エスペラントの学習を始めたのは20才の頃である。その後日本を去るまでの5年ほどの間に、すでにいくつかの作品を雑誌などに発表しており、この作品集にも30編近く収録されている。内容は様々で、「日本の文学史」「日本における女性の状態」といったものから「虫めずる姫君」とか童謡「ウサギとカメ」の翻訳もある。
 日本で知り合った Liu Ren と結婚、中国・上海に渡る。しかし、中国ですぐに信頼されたわけではなかった。なにせ中国では「敵国人」だったし、中国語もまだ話せなかった。スパイ容疑で国民党に逮捕されて香港に送られたこともあった。しかし彼女は夫とともに粘り強く努力し、次第に理解者を得て武漢で対外ラジオ宣伝に従事する。日本では「嬌声売国奴」などと呼ばれることになる。彼女は日本国民もファシズムの被害者であり、中国・日本の人民は連帯できると考えていた。
 その後活動の中心は文筆活動に移り、1941年には石川達三「生きている兵隊」をエスペラント訳して出版した。この著作集にはその全文が収録されている。
 500ページの大冊だが、エスペラントは読みやすく分かりやすいので、初級を終えて中級の読み物に取りかかろうという人にもいいかもしれない。中国の地名・人名や近現代史の勉強にもなる。
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ザメンホフという人

2018-02-09 | 読書ノート


 L. L. Zamenhof - La homo kaj lia idearo en liaj propraj vortoj、最近読んだ本である。著者はイタリアのベテランエスペランチスト Gian Carlo Fighiera さん。一昨年にヨーロッパ旅行をしたとき、イタリア・トリノにも4泊して、この人のお世話になった。ちょうどこの本を出版された直後だったようで、一冊頂いた。

 表題にあるようにザメンホフ自身の言葉を引用しながら、次のような面からその人間性を説き明かす。40ページの小冊子。
・ボラピュクを作ったシュライヤーに対する終始変わらぬ尊敬。
・言葉はみんなで作っていくもの、自らは創始者(kreinto)ではなく提案者(iniciatoro)であるという姿勢。
・排外主義(sxovinismo)への激しい怒り。
・平和な世界への呼びかけ。
・人類の宗教的基礎の提唱。
・冷静で論理的。
・組織者としても優れていた。

 巻末にザメンホフの伝記の一覧がある。まだ未完成(kompletigota)とはあるが、110ほどの文献があげられている。
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