エスペラントな日々

エスペラントを学び始めて22年目である。この言葉をめぐる日常些事、学習や読書、海外旅行や国際交流等々について記す。

帰国

2011-11-23 | 日韓合同エスペラント大会


10月13日(続き)
 ソウル駅の構内で「もみじ饅頭」を買った。日本のものと見た目はそっくりだが、あんが粘っこい。釜山までは一人なのでKTXは「特室」にした。日本のグリーン車だが、料金は普通運賃の4割増しくらい(3000円を少し切る程度)である。座席は3列、前後もゆったりしている。釜山までは2時間37分だった。
 釜山で5人が一緒になり、タクシー2台で釜山港へ。一人あたりの料金はシャトルバスよりも安くなった。ウォンが余っていたので韓国海苔を買ったが、一袋買っても800円くらいにしかならなかった。ここでも売っていたが、今の韓国のお土産の目玉は「カタツムリのクリーム」という化粧品らしい。同行者たちも買い込んでいた。「安いのはナメクジを使っているらしいよ」と、これはもちろん冗談。
 いよいよ韓国に別れを告げて下関に向かって出航。船内の食堂は円建てなので、韓国の食堂に比べてやけに高い。韓国からの観光客は、ここでいきなり日本の物価高を知ることになる。

10月14日
 入国検査でザックの中を調べられた。誰でもというわけではない。私だけ怪しく見える?
 あとは順調に恵那へ。

まとめ
 このブログでも日韓合同大会についての記述は我ながら精彩がない。最初に自分の分科会があって、終わったあと何となく気が抜けてしまった。短期間なので我に返ったときには閉会式だった。
 最後の2日間は欲張りすぎて疲れが残ってしまった。もう若くはない。韓国には一度ゆっくり個人旅行をしてみたいと思う。もっとも行きたいところは世界中にあるが・・・。人生は短い。
 大会参加費・遠足・その後の宿泊・交通費などなど全部合算して使った費用は10万円を少し超えた。

   
写真は釜山の夜景
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ソウルの街を歩く

2011-11-20 | 日韓合同エスペラント大会


10月13日
 中庭に面した小さい窓を閉めないで寝たのがよくなかったらしい。午前2時頃にかゆみで目が覚めた。蚊がブンブンいっている。電気をつけて4匹ほど叩いた。部屋の壁に血痕が・・・。寝るとすぐにブ~ン! こいつらは電気をつけると隠れてしまう。仕方がないから本を読みながら持久戦に入る。2時間ほどでさらに4匹。
 7時頃起床。昨日の柿、他の人の買ってきた梨とリンゴ、パン・コーヒーで朝食。リンゴは韓国でも採れるらしい。梨はよく料理にも使われる。日本の豊水に似ているが甘みはやや弱かった。
 今日はソウル駅まで荷物を持って(小型のスーツケースを転がして)歩くことにした。写真を撮りながらのんびり歩く。
 街角に市街電車が展示してあるのを見つけた。日本のものとそっくり同じである。1930年頃から1968年まで運行されていたもので、名古屋の日本車輌で製造されたものとある。ソウル市電そのものの歴史は「日韓併合」以前の1899年まで遡るが、この車輌は日本製で日本で使われていたデザインそのままである。日本からの「独立」後もそのままで使われていたようだ。
 途中で自分がどこにいるのか分からなくなって人に訊いたりしながら、韓国5大王宮のひとつ「徳寿宮(トクスグン)」に到着。元々は朝鮮時代の王族が住んでいた邸宅だったが、秀吉の侵略でソウルのほとんどの宮殿が破壊され、臨時に王の居所がここに移され、以降、宮殿として使用されるようになった。近代には一部が壊されて西洋建築が建てられたり、1907年の「日韓保護条約」締結の舞台になったりと、韓国の波乱の歴史を語る王宮である。ここで1時間半ほど見学。
 さらに歩いてソウル駅へ。駅近くの地下道で、柱間ごとに作られたホームレスの寝床を見た。
 駅の窓口でネット予約したE-チケットを切符に交換。切符といってもレシートのような頼りない紙切れに列車番号・発車時間・座席などをプリントしたものである。
 時間があるのですぐ隣の「ロッテメイト」へ。大きなスーパーマーケットで、ソウル市民が大量の買い物をしていく。店内のファーストフード店でトッポギ・餃子・おでんの昼食。この旅行中でもっとも美味しくない食事になってしまった。
 4種類のインスタント伝統茶(生姜・ 五味子・ナツメ・いろんなナッツの入ったもの)を購入。これで800円ほど。これらは日本でも買えるようだが値段は3倍以上になる。ラーメンや海苔などたしかに安いが、かさばるからそんなには買えない。(次回で韓国旅行記終了の予定)

   
乗客(車掌?)に弁当を届ける奥さんの像がほほえましい。
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韓屋村

2011-11-16 | 日韓合同エスペラント大会



10月12日(続き)
 忠武路(チュンムロ)はソウルの中心地の一角で人通りも多い。地下鉄駅から5分歩くと「南山コル韓屋村」がある。入場無料でソウル市民もよく訪れるという。ソウル市内から集めた貴族や両班クラスの住宅が5棟集められていて、それぞれ実際に使われていた生活用具などが展示されている。さらに、刺繍や太鼓の演奏、民族衣装などを体験することもできる。園内には韓式の庭園も整備され、野外ステージもあって様々な行事が行われる。
 2時間ほどで見て歩いたが、ほとんど駆け足で見てきた印象である。庭園までは行けなかった。もっと時間をかけて楽しむべきところである。
 韓国の歴史ドラマによく出てくる、寝床を兼ねたような座所+机が個人の部屋の定型らしい。部屋はかなり狭いものが多い。泊まっている旅館の部屋が狭いのも納得である。
 一通りまわった頃にぎやかな音楽が聞こえてきた。野外ステージで踊りが行われ、すぐ続いてテコンドーの演舞が始まった。型や模範演技、板割りなどの技を取り入れた一種の舞踊である。時間によって「外国人のためのテコンドー体験の場」も設けられるようだ。
 5時過ぎに旅館に戻った。部屋が変わって、少し狭い部屋に3人である。もう一部屋あいているから一人そちらに移ってもよいというので、そうすることにした。一人寝られるだけの一番狭い部屋である。我々が夕べ3人で泊まった部屋には女性たち4人が入る。
 近くの店で辛そうな唐辛子のスナック菓子と柿を買ってきた。柿は日本の富有に似ているが、富有ほどには美味しくなかった。他に熟したような柔らかい柿も売っていたが、そっちを試してみるんだった。スナック菓子はちっとも辛くなかった。
 4人の女性と夕食に出る。両手両足に花である。適当に飛び込んだ店でうどん入りのキムチチゲ、海鮮鍋、プルコギ、石焼きビビンバなど。人数が多いといろいろ味わえる。味はイマイチ。何よりもキムチなどの付け合わせのおかずが美味しくなかった。
 明日はこの旅行の最終日である。

   
写真は韓屋村にて
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湖林博物館

2011-11-13 | 日韓合同エスペラント大会



10月12日
 韓国旅行も終わりに近づいた。この日は単独行動である。まず地下鉄に乗る。不安だった切符の買い方はすぐに理解できた。まず行き先を入力すると料金が表示される。お金を入れるとカードが出てくる。行き先の入力には3つの方法がある。駅名検索、番号入力、路線図から探す、の3つである。それにしても韓国では鉄道の無人化が進んでいる。不正乗車も簡単にできそうだ。実際、入り口のバーの下をくぐっている人を見た。
 乗り換えを1回、順調に新林駅に到着。目指す湖林博物館はここから15分ほど歩く。このあたりかなと思ったところで地元の人に訊いてみた。言葉は分からないが「ミュージアム、ヒストリー、セラミック」などと英語の単語を並べてみる。しかし誰も首を振るばかり。途中で若い人の出入りが多い建物があったのでそこまで戻ってみた。ここじゃないだろうな~、と思いながら入ってみた。どうやら学校らしい。ここの事務室で、若い事務員がパソコンを操りながら湖林博物館のホームページを探し出し、Google 地図までだしてくれた。
 かくしてやっと目的地にたどり着いた。展示室が3つあって、ひとつは12~15世紀くらいの青磁・白磁。あとの2つの部屋には仏教典などの古文書が展示してあった。こちらは文字が読めないのでつまらない。屋外には石の彫刻が集めてあり、これはなかなかおもしろかった。
 新林駅に戻る途中で市場を見つけて入り込んだ。200mほどのアーケードの道に商店がぎっしり並んでいる。モチとか天ぷらとか、一パックが大きいので買うのはあきらめた。
 地下鉄で神沙へ。また20分ほど歩くと湖林博物館の分館がある。途中で「区立嬰・幼児保育施設」という案内板を見つけて脇道にそれる。見つけた保育施設は園庭が全くないビルである。玄関から入って写真を撮りたいと言ったら(カメラを見せただけだが)拒否された。かまわずに撮ろうとしたら前に立ちふさがって撮らせないのであきらめて出てきた。
 適当に食堂に飛び込んで昼食。カルビスープが7,000ウォン。カルビはたっぷり入っていたが、ほとんど骨ばかり。わずかにくっついている肉を一生懸命に食べる。ここのカクテキは10cmくらいの長さの半切りの大根、キムチも白菜の葉が1枚分である。これをハサミで切って食べる。
 湖林博物館別館はすぐに見つかった。本館同様の白磁・青磁と硯や筆など書道関係の道具などが展示されていた。
 全体としてもっと総合的な博物館と思っていたので、展示物の時代が偏っているなどやや期待はずれだった。
 新沙からこんどは忠武路へ。地下鉄から5分で「南山コル韓屋村」がある。これについては次回に。

   
写真は高麗白磁(12世紀後半~13世紀前半)
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参鶏湯

2011-11-11 | 日韓合同エスペラント大会



10月11日(続き)
 宿に着いたのは午後3時を過ぎた頃だった。Kさんは「韓国の秋葉原」へ行ってくるという。我々は6人で近くを散歩することにした。宿の周辺は飲食店が並んでいる。大きな通りを越すと賑やかな商店街である。野菜や果物の店・食堂などが並ぶ。野菜を街頭に並べたり、リヤカーで売りに来ている人も。野菜も果物もわりになじみのあるものが多い。天ぷらなどを買って食べ歩いている女子学生たち。
 ここを抜けると住宅街に入った。狭くて曲がりくねった道に住宅がぎっしり並ぶが、門扉がしっかり閉められていて窓も高く、内部を伺うことは全くできない。人通りもほとんどなかった。
 住宅街を抜けるといくつかの学校が集まる区域に出た。保育園を見つけて写真を撮る。元保育士である妻へのお土産である。高台から青瓦台(大統領官邸)の鮮やかな青い屋根を遠望できるところがあった。
 街に降りてきたら社稷(サジッ)公園というところに出た。かつての国の祭壇があったところで、その祭壇跡には入れなかった。儒学者・政治家の李珥(イ・イ)とその母の銅像が建っているが、この2人は現行紙幣の肖像画になっている。像の前の広場ではゲートボールに興じる人たち。遊歩道を上っていくと「檀君聖殿」に出た。壇君というのは4,000年以上前の古朝鮮を開いたとされる伝説の人物である。
 市内散策はこれくらいで切り上げて、夕食は参鶏湯(サムゲタン=鶏が丸ごと入ったスープ)の専門店へ。同行者は11人。一人分15,000ウォン(1,000円)、韓国での食事としては高額である。サムゲタンも美味しかったが、とりわけ美味しかったのがキムチとカクテキだった。

   
写真は旅館のある通り
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五色温泉と薬泉

2011-11-08 | 日韓合同エスペラント大会



10月11日
 8:00頃出発、まず「五色薬泉(オセッヤッス)」へ。駐車場からお土産店街をぬけて少し歩くと、河原に小さな泉がある。飲んでみるとやや酸味と炭酸を感じる硬水である。この水でご飯を炊くとやや青みを帯びるという。薬効があり、1か月この近くの温泉に泊まってこの水を飲み、この水で料理したものを食べれば健康になるのだとか。途中お土産店では空のペットボトルを売っていた。小さな泉だが、汲めば水がどんどん出てくるのだろうか?
 さらに奥まで歩いてみた。やはり雪岳山への登山客が多い。小さなシマリスを見かけた。
 大会後遠足は実質これで終わりである。雪岳山の岩峰を見ながらバスは曲がりくねった道を上っていく。ガイドが「韓国のいろは坂」だという。峠で一休みして写真を撮り、坂を下って昼食は干鱈の入った味噌味の豆腐チゲ。つけあわせではシソの葉の油漬けがおいしかった。
 ここが最後の店ということで、お土産を買う人が多い。私もマグカップを1個と飴を2袋(カボチャの飴と炒ったお米の飴、この米の飴は香ばしくて美味しかった)を買った。
 ここでバスの乗り換え。ソウル市内で降りる人だけで1台のバスに乗り、他の2台は空港に直行する。出発時に一人行方不明だと大騒ぎになった。峠を出発したときに確認が曖昧だったのではないか? とか。結局「数え間違い」と分かって一安心。
 ソウル市内へ行く人の大部分(13人だったか?)が同じ旅館に泊まることが分かって、バスは予定を変更して景福宮の地下鉄駅へ。「大元旅館」はすぐに見つかった。外国人専用のゲストハウスで、主人は日本語が話せるから日本人の利用が多いようだ。建物は中庭を中心に小さなオンドル部屋が並んでいる。我々は3人で一部屋(3畳くらいの部屋と2畳くらいの部屋が続きになっていた)。中庭には透明なプラスチックの丸い屋根がかけてある。
 宿泊代は、多人数で泊まって一人19,000ウォン。シングルなら27,000ウォン、ところがツインの場合は一人18,500ウォンになっている。ツイン2部屋で頼んだ女性たちが、狭い部屋に4人入れられて、しかも宿泊代が高くなっていると不平を言っていた。これがなぜおかしいのか宿の主人には理解できないようだった。
 風呂はなくてシャワーのみ。朝食付き(パン・卵・コーヒーなどのセルフ方式)。外国では初めての経験だが、トイレのひとつがウォッシュレットだった。

   
写真は五色薬泉の近くで見たシマリス
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雪岳山

2011-11-05 | 日韓合同エスペラント大会


10月10日
 大会後遠足に参加しないで日本に帰る人たちの多くがこの日の早朝に出発していった。我々はゆっくり大会会場での最後の朝食を済ませて、9時に東海岸に向けて出発である。参加者は100名ほど、大型バス3台である。
 高速道路を走り、途中のサービスエリアで休憩、12:30頃に江陵(カンヌン)近くの食堂で豆腐鍋定食の昼食。韓国料理は主菜の他に野菜料理が数種類ついてくる。ここまでの車中はほとんど寝ていた。
 今日の最初の訪問地は鏡浦(キョンポ)湖。松林が続く砂州で海と隔てられた美しい湖である。海とつながる天然の汽水湖で、自然保護区にもなっていて生物相も豊富だという。韓国歴史ドラマに出てくる「花朗」に関する説話が残る地でもある。松林の砂州を横切ると海に出る。日本会(東海)の水がきれいで砂浜の景色も美しい。
 バスで束草(ソクチョ)に出て洛山寺(ナッサンサ)。671年創建という古い寺だが建物は新しい。高台にあって海の眺めがすばらしい。歩く距離が長くて急がされたが、それでも寺内の一部しか見学できなかった。ここはもう少しゆっくり歩いてきたかった。
 16GBのSDカードが不調で、ここの写真が一枚もない。このカードは友人のKがネットで買ったものを譲ってもらったものである(このブログの「2010年世界大会」でこのことについて書いた)。それに気がついたのはこの遠足の終わり頃である。それまで撮った写真の半分近くが再生できなくなっていた。
 今日の最後は雪岳山(ソルラッサン)国立公園。この山域はかなり広く、登山と紅葉の名所である。駐車場から商店街を通り「雪岳小公園」からロープウェーで標高800mの「権金城」というところまで登る。ロープウェーからの山々の眺めがすばらしい。着いたところでも紅葉や山々の眺望がいいが、さらに30分ほど歩いて小さな頂上まで登る。時間がないので走るように登った。もやが濃くて遠くの山はかすんでいたが、紅葉と岩山の眺めを堪能した。
 下へ降りて新興寺(シンヌンサ)という古刹。露座の大仏と、1400年前のものという梵鐘や石塔がある。建物はそれほど古くはない。ここからさらに奥へ登山道が続いていて、登山客が大勢歩いていた。一番高い山で標高1708m、渓谷や滝などの見所も多いということで、もし機会があれば数日間ゆっくり歩いてみたいところである。
 夕食は大浦港(?)で刺身定食。たっぷり盛られた刺身にはワサビ醤油もついていたが、唐辛子味噌で食べるのが韓国流である。これが結構いけた。
 レストランの周辺は海鮮市場である。生け簀にカニやいろんな魚が泳いでいる。干物や塩辛などの店も多い。天ぷらや焼き魚・貝など、食べ歩きしたら楽しそうだ。
 そして今日の宿は大きなホテル。ソラク山の眺めがいい。コンドミニアムで、2つの部屋とリビングに5人と盲導犬一匹が泊まった。今回の韓国旅行では浴槽のある唯一のホテルでもあった。床暖房が効き過ぎて寝苦しかった。

   
写真は雪岳山の紅葉
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韓国伝統茶

2011-10-31 | 日韓合同エスペラント大会


10月9日(続き)
 まずはデレギート(UEA=世界エスペラント協会=の代表者)の分科会。
 デレギートには2種類あって、まず誰でも「都市代表」になる。私は恵那市の都市代表で、恵那市に関して世界中からの質問に答えたりする。あるいは、恵那市においてUEAを代表することができる。 世界中に1600人を超える都市代表がいて、まとめてデレギータ網という。
 もう一つは「専門代表」である。私は「折り紙」の専門代表である。実のところ、都市代表としても、専門代表としても、外国のエスペランティストからの問い合わせや依頼などはほとんど受けていない。デレギート網をいかに活用するかがひとつの重要なテーマだったが、実際には「いかにして若い人を増やすか?」に議論が集中した。
 最後は並行分科会が少なく、「日韓の食文化」の部屋が狭くて満員になってしまった。それでJEI(日本エスペラント学会)の分科会へ。参加した分科会では唯一、日本語で議論された。各部からの報告や法律が変わったことに基づく組織の改編などについて。新しく作られる「団体会員」制度についての規定が少々奇妙な感じがしたのだが、ここでは触れないことにする。
 組織の改編自他とその基礎になっている法律については、かなり重要な内容を含んでいる。JEIの会員の方はこれから出る資料をしっかり研究しよう。
 そして閉会式。名古屋の山田さんが小阪賞を受賞。文芸コンクールの受賞発表が行われ、来年の大会を引き受ける北海道のエスペラント会への旗の伝達、ソウルで頑張った人たちの紹介などが続いた。
 以上で大会は終了。日韓と中国・ロシアなどからの参加者を含めて、あわせて500人、このうち実際に参加したのは319人ということだった。

 さて、午後からは半日遠足である。ソウルに行く3コースと会場の近くを歩くコースとがあり、私は歩くコースに参加した。近くの池までゆっくり歩いて40分ほど。池の周囲が公園で、ちょうど「にんじん祭り」が行われており、たくさんの地元の人たちで賑わっていた。朝鮮人参がたくさん売られていた。始まった紅葉を眺め、バンジージャンプの台から人が飛ぶのを見たりしてゆっくり池を一周。
 帰る途中で韓国伝統茶の店に寄り、私は「ナツメ茶」なるものを飲んだ。小さな韓国モチと生姜の香りの揚げ菓子がついて6,000ウォン(400円)。甘くて濃厚なお茶である。他に菊花茶などもあった。
 明日からは大会後遠足である。

   
写真はナツメ茶
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早朝の散歩

2011-10-28 | 日韓合同エスペラント大会


10月8日(続き)
 17:00から「Komuna mangxo」と名付けられた「大会宴会」である。分科会が終わってすぐに会場へ。まだ数人しか来ていなかった。とりあえずお皿を一枚持って、ずら~りと並んだ料理を少しずつ取っていく。お皿が小さくて料理の品数が多い。お皿がいっぱいになってしまった。最後に小皿を一枚とって、お菓子と果物(パイン・オレンジ・ブドウ)、にぎり寿司を2個、カボチャのスープとマッコリをほんの少しだけ。
 大会宴会はおしゃべりの場でもある。世界大会では外国人と知り合ういい機会である。しかし今回は食事をしただけになってしまった。
 食べている間に人がどんどん入ってきて長い行列ができた。料理をとる列を増やしてくれるといいと思った。お皿を片付けてお茶を探そうとちょっと席を立ったら、自分の席に他の人が座ってしまった。まだ大部分の人が食事中だったが、私は部屋に戻って一休みとした。

 18:40からは「Festa Vespero(祭りの夜)」である。
 韓国の芝居・踊りなどがすばらしかった。無形文化財だという人の踊りも。日本からは能や「白波五人男」の芝居、阿波踊りなど。
 最後に恒例の「競り売り大会」、日本からはおなじみのMさんだが、韓国の人がなかなか達者な人だった。売り上げは来年天理市で行われる世界青年大会への援助になる。

10月9日
 早くも大会最終日である。早朝散歩という企画もあったが、おきるのが少し遅くて間に合わなかった。代わりに朝食後に会場のすぐ横にある山に一人で登ってみた。階段状に道がつけられていて、20分くらいで頂上。残念ながら木が茂っていて見通しはきかない。周囲にはもっと高い山もある。別な道を通って降りる。さわやかな朝だった。

   
写真は、会場にあった柿の木。渋柿なのか甘柿なのか、試してみたかった。
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おりがみ分科会

2011-10-25 | 日韓合同エスペラント大会


10.8
 まず開会式。いつもよりも挨拶が多く続いたように思う。気のせいかもしれない。そのあとは記念写真の撮影。この写真が昨日届いた。二百数十人が写っていて、A4くらいの大きな写真である。

 そして今大会の私の仕事、折り紙分科会である。今までアジア大会や世界大会ではやってきたが、日本大会でこの分科会を持つのは初めてである。今回はTさん、Mさんという強力な協力者もいた。参加者は我々と終わり頃に来た2人とを含めて17人、途中で入ってきた人があるかもしれない。韓国人は3人。
 まず私が韓国で見つけた折り紙の本とその作品を紹介、Tさんは折り鶴と佐々木貞子について話し、折り鶴が平和運動の象徴になっていることを紹介、Mさんは自分が働いていた盲学校に全盲の折り紙作家・加瀬三郎が訪ねてきたことから始めて、この驚異の作家について話した。この折り紙作家については私もよくは知らなかったのだが、世界中の子供たちに折り紙で夢を与え、「折り紙大使」と呼ばれたということである。
 続いて3人それぞれに用意した作品を紹介。
 私・・・おしゃべりな唇・飛行機・鶴のポチ袋・千羽鶴折り形から妹背山早乙女
 Tさん・・・親子のペンギン・親子の白鳥・水面に浮かぶ白鳥
 Mさん・・・「奴さん」からの七変化
 そして、参加者の希望に添って折り方指導。最初は、唇とペンギンに人気が集まったが、そのあとは飛行機や七変化、韓国の少女たちが妹背山に挑戦した。あっという間に1時間半が過ぎてしまった。

 この後は、SAT((国民性なき全世界協会)の分科会とILEI(国際教育者エスペランティスト連盟)分科会。合同大会にためにどちらもエスペラントのみで進められた。
 とくにILEIの分科会では興味ある話をいくつか聞いた。
 ・来年1~2月、に海南島で約1か月間のエスペラントの集中講座が行われる。詳しいことは以下のサイトを見てほしい。現在の参加申込数は66人、日本人はまだいないようだ。
http://www.esperanto-insulo.info/index.htm
 ・韓国には公立校に行きたくない(行けない?)子供たちが行く「代案学校」という一種の自由学校がある。興味のある人は「代案学校」で検索してみよう。
 ・来年のILEI大会は中国の昆明で行われる。世界大会が行われるベトナムとの間の移動そのものが観光旅行になる。

 このあとは大会宴会と「祭りの夜」だが、以下次号としよう。

   
写真はずらりと並んだ大会宴会の料理
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大会会場

2011-10-22 | 日韓合同エスペラント大会



 10月7日(続々)
 日韓合同大会の会場は「セマウル運動中央研修院」である。宿泊費が3泊8食付きで8,000円と安い。何となく私はこれが宗教施設なのかと思っていた。ところが会場に着いてみると宗教臭さがない。規模の大きな「研修施設」そのものである。
 というわけで遅ればせながらセマウル運動とは何か調べてみた。
 1970年に朴正煕大統領が提唱したもので、「勤勉」「自助」「協同」を基本精神とした。農民の生活の革新、環境の改善、所得の増大を通じ、それまで経済開発から取り残されていた農村の近代化を、主として政府主導で実現した。(ウィキペディアから抜粋)
 この運動は多くの発展途上国の関心を引き、マレーシア・中国など韓国に学んで自国に取り入れる国もあるという。
 近代化が進む最近の韓国では農村の保全活動に運動の重点が移っているらしい。ネット検索すればもっと詳しい分析論文をいくつか読むことができる。
 私の泊まったのは7人部屋である。ベッドがぎっしり並べてあって、その隙間からものを落とすとみんなでベッドを移動させて探さねばならない。ついでにコインを拾得したりして・・・。
 夕食前にJEIの旅行団が到着。受付が混乱しそうだったので手伝った。
 夕食はセルフ方式だが、選べるほどの品数はない。しかし8回の食事はそれぞれに変化をつけてあり、そこそこに美味しかった。とくに私は毎食キムチを堪能した。
 食事の後は Interkona Vespero(親睦の夕べ)である。日本の「ふるさと」と韓国の「ふるさとの春」を歌い、歌や人形劇・踊りなどで18:30~21:00くらいまで。韓国の人たちは踊りが好きで、工夫を凝らした人形劇にも熱心に取り組んでいた。この後はカラオケ大会だというので私は部屋に戻ってシャワーを浴び、少し早いが寝ることにした。2時間ほど寝たところで、みんながカラオケ大会から戻ってきた。
 長い長い一日がやっと終わった。

   
写真は大会会場の食事
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近代化する韓国

2011-10-18 | 日韓合同エスペラント大会



 10月7日(続)
 釜山駅で時間があったので、荷物をコインロッカーに預けてあたりを散歩しようと思った。ロッカーはすぐに見つかったが、コインではない。とりあえずロッカーに荷物を入れて戸を閉める。その後は、ロッカー群の真ん中あたりにある機械のLockボタンをひとつ押す。次に楕円形の穴に指を当てて指紋を登録する(2回)。これでロッカーが施錠され、暗証番号を書いた紙が出てくる。たぶん途中でロッカーナンバーを入力したはずだが記憶にない。ここまでは近くにいた韓国人が手伝ってくれた。
 ロッカーを開けるときは指紋をあてるだけでよい。うまくいかないときや、本人がいないときは暗証番号である。
 ネットで調べてみたら、まだこれは旧式らしい。最近のものは宅配や郵便物受け取りなどもできるらしい。

 さて、今度は韓国の新幹線「KTX」に乗る。座席が固定式で、真ん中に4人掛けのボックス席が左右2つある。4人まとめて切符を買うと3人分よりも安くなるというわけで、我々7人はこのボックス席を占領。
 列車に乗るまで改札口がない。ソウルまで検札にも来なかったし、ソウル駅でも改札口がない。あまりにフリーすぎると思ったが、全席指定席だから売れていない席に座っていれば分かるということかもしれない。

 車窓風景では取り入れ間近の黄色く実ったイネの広がりと、そして超高層住宅群が印象的だった。20~40階建てくらいの超高層住宅があちこちに密集して建てられている。この数年で急増したものらしいが、韓国の住宅事情については私にはよく分からない。

 そして、13:15 ソウル到着。パスポルタセルボの分科会が14:40からあるので私とKさん夫妻は地下鉄で急ぐことにしたが、さて切符の買い方が分からない。ここでも無人化が進行しているようだ。まごまごしていたら係員らしき人がやってきてテキパキとやってくれた。あまりにテキパキしていて、切符の買い方を学習する時間がなかった。とにあれ、1,500ウォンの運賃に対して2,000ウォンを入れてカードが出てきた。差額の500ウォンはカードの保証金である。改札はバーを押して出る。
 2回の乗り換えをしながら目的地の書峴(ソヒョン)までは順調。ここで自動改札口を抜けるのに手間取った。カードをかざしてからバーを押して出るのだが、モタモタしていたらKさんたちが出られなくなってしまったのだ。無事に出ていた私が係員を呼んできてやっと出られた。次に使ったカードを500ウォンに替える。機械に差し込むだけなのだが、私のカードだけ突き返される。ここでも係員のお世話になった。

 ここで時間はすでに14:40、昼食がまだだったので、分科会はあきらめて喫茶店で軽食をとり、タクシーで会場へ。
 韓国人がタクシーをつかまえてくれたのだが、スーツケースを車のトランクに入れようとしたその韓国人が大笑いをしている。トランクは運転手の私物で一杯で、やっとスーツケース1個が入るスペースしかなかったのだ。


   写真は韓国の新幹線KTX(釜山駅)
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韓国へ

2011-10-15 | 日韓合同エスペラント大会


 日韓共同開催エスペラント大会から昨日帰国した。もう少しゆっくりしてきたかったのだが、個人的な事情が重なって短期間の旅行になった。今日からボチボチ記録を書いていこうと思う。

 10月6日
 多くの人が7日に出発したと思うが、私は一日早く出発した。当初はもっと早く出かけて境港から東海(トンへ)へ行こうと思ったのだが、週に1便しかなく断念せざるを得なかった。というわけで下関から船で釜山に渡ることにしたのだ。時間も費用も余計にかかるが、船旅の風情もなかなかいいものである。
 名古屋周辺の人たちを中心に7人の同行者があったが、下関港までは一人旅だった。下関港での出国手続きや荷物検査はずいぶんスムーズに進んだ。他の6人がそれぞれに2人部屋を取ったので、私だけが2等の大部屋である。1室に7人、むかし利用した国内のフェリーに比べると割合ゆったりしている。
 夕食は船内の食堂を利用。日本食も韓国食もある。私はキムチチゲとトッポギ、ついてきたキムチが美味しかった。
 船は19時に出航し、釜山への上陸は翌朝の8時。実は釜山にはかなり早く着いているのだが、税関が開く時間まで待たねばならない。船はしばらくのあいだ港の沖に停泊している。

 10月7日
 早朝に目が覚めた。釜山の夜景を撮り、風呂に入り、入国・関税書類に記入する。日本語表記なので書きやすい。
 8:00に下船、入国手続き・荷物検査もスムーズである。韓国に入ると、さっそく男の人が両替をしないかと寄ってくる。1,000円が152,000ウォンだという。すぐ横に銀行があって、そこでは149,000ウォンだから割がいい。我々はすでにウォンを持っている人がいたので両替は必要なかった。こういう個人に両替を頼んだ場合、偽札をつかまされるようなことはないのだろうか?
 シャトルバスで釜山駅へ。1人1,000ウォンだが、3人いたらタクシーの方が安い。船内でも朝食があるが、我々は釜山駅で朝食をとった。巻き寿司やうどんを食べる人もいたが、私はトック(韓国のお雑煮)を食べた。餃子やシュウマイも入っていて、スープもおいしかった。5,000ウォンだから360円くらいである。
 さてこの後大会会場に着くまでにまだまだ時間がかかる。以下次号としよう。

   
写真は釜山港の日の出
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