エスペラントな日々

エスペラントを学び始めて22年目である。この言葉をめぐる日常些事、学習や読書、海外旅行や国際交流等々について記す。

モンゴルの祭りナーダム

2005-05-15 | モンゴル旅行
 1999年6月30日~7月7日 モンゴルにて 最終回
 近くのゲルにも出かけて、遊牧民とも交流したが、もちろん言葉は全く通じない。フランスの友達が、モンゴル語と日本語は同系統の言語だから、少しは分かるのかと聞いてきたが、ヨーロッパの言語のようなわけにはいかない。
 ちょうどナーダムの季節で、小さな集落単位のナーダムと少し大きい地域単位のナーダムを見学できた。メインは子供が操る馬のレース。祭りの場所からスタート地点まで6~10kmくらいを子供の乗った馬を移動させる。すこしだらだらすると、おとなが追い立てる。あとは一気にゴールまで駆け抜ける競馬である。横を車で走って見学できた。
 レース前に馬に乗った子供たちが輪を作って回りながら歌う歌がすばらしく澄んで美しかった。
 モンゴルでは遊牧地はとくに決められていなくて、どこに移動してもよいということだ。家畜を持つ彼らはいわゆるサラリーマンよりも裕福と見られていて、発電機とテレビを持つゲルもある。しかし最近は子供の教育のために都市に移る家庭も多く、ウランバートルは全人口の4分の1が住み、なお増加中だという。
 エスペラントがきっかけで訪問したモンゴルだったが、エスペランティストとの交流が少なかったのがちょっぴり心残りになった旅だった。

   写真はナーダムの様子
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テレルジの国立公園とウランバートル

2005-05-14 | モンゴル旅行
 1999年6月30日~7月7日 モンゴルにて 3
 車で出かけたのは2回。1回は岩山の見事なテレルジの国立公園などへの1日ドライブ。
 もう1回は、エスペラントが話せる娘さんの案内でウランバートルへ。ガンダン寺、自然博物館、ボグドハーン宮殿博物館などを見学して、モンゴルエスペラント界で指導的な役割を果たしているドグスレンさんを訪問。やっとエスペランティストとの交流が出来た。「緑の学校」に来ていたガンバタールという青年も来ていた。
 元気そうだったドグスレンさんが近年亡くなられてしまったが、モンゴルのエスペラント界は最近少しずつ活発になってきて、アジア大会の開催地としても名乗りを上げている。
 自然博物館では恐竜の化石が圧巻。ボグドハーン宮殿博物館ではかつてのモンゴル帝国の繁栄に触れる。ガンダン寺の巨大な大仏を写真を撮ったら係のお兄さんが飛んできて2ドル請求された。
   写真はテレルジの国立公園とガンダン寺の大仏
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美味しかった乳製品・珍品馬乳酒

2005-05-13 | モンゴル旅行
 1999年6月30日~7月7日 モンゴルにて 2
 食事は肉料理が多く、キュウリ・トマトなどの野菜も食べられた。モンゴルの人はあまり野菜を食べないということだが、観光客などのために栽培されている。チーズ・ヨーグルトなど乳製品はどれも美味しかったが、とくに美味しかったのは牛乳から作った醍醐のようなもの。作ったばかりの柔らかいものが美味しかったが、保存のために硬く乾燥させてしまうそうで、モンゴルの人たちはその方が美味しいんだと言っていた。
 モンゴルの人に、持参したきな粉餅(非常用の、水で戻すタイプのもの)を食べさせたら、顔を思いっきりしかめて「こんなまずいものは初めて!」
 珍しかったのは馬乳酒。文字通り馬の乳から造ったお酒だが、我々が飲んだのはまだ充分醸成されていないものらしく、薄くて少し酸味のある牛乳のようでアルコールも弱かった。
 エスペラントを使う場があまりない。モンゴル人とは話が通じないし、日本人とは日本語。唯一、「大草原村」の経営者(日本語の達者なモンゴル人)の娘さんと話す時だけがエスペラントであった。

   写真は醍醐を作るモンゴルの奥さんとゲルの外で子ヤギと遊ぶ子供 小さい時から動物に親しんで立派な遊牧民になる
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大草原を歩く 狼とタラバガン

2005-05-12 | モンゴル旅行
 1999年6月30日~7月7日 モンゴルにて 1
 「大草原村」の周囲は、3方向が山で、前方には広い草原が広がり、遊牧民のゲルも見られる。この山を何度か散策した。ゆったりした気持ちのいい山で、30分もあれば稜線に出る。一人だったり数人で連れ立ったりしたが、狼が出るのでなるべく単独では行かない方がいいといわれた。実際、山の中で狼の犠牲になった馬などの骨を見た。お花畑もきれいだが、歩いていると何ともいえない芳香に包まれる。草がすべてハーブなのかと思うほど。
 山の斜面が森林地帯と草原にはっきり分かれているのは、日当たりの関係で自然にそうなるのだという。一人で歩いていたとき、鋭い鳴き声がすぐそばで聞こえた。鳥かと思ったが、よく見たらタラバガンという大型のネズミに似た動物。地面に穴を掘ってコロニーを作る。警戒心が強くてすぐに地下にもぐってしまうというから、こんなに近くで見られたのは全くの幸運。ほぼ全身をあらわして、後ろ足で立っている。カメラを持っていなかったのが残念。少し私が動いたらあっという間に消えてしまった。さらに歩くと、すぐ足許を3匹のタラバガンが走って消えた。
 モンゴルの人はおそろしく目がいい。大草原村から、山の中腹にいるタラバガンを肉眼で見つけて、望遠鏡で見せてくれた。このタラバガンは食用にもなるということである。
 空の青さがとても深い。夜は晴れていれば星がものすごく多く、人工衛星が飛ぶのがよく見える。
 何もないところで、のんびりするのにはいいところだ。こういった観光用のゲル村は、ウランバートルの近くにいくつかあるようだが、エスペラントの「緑の学校」との関係は、いまはもう続いていない。観光化が進んでしまった結果かもしれない。

   写真は山の中腹から見た草原 白いのが遊牧民のゲル
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モンゴル大草原の旅

2005-05-11 | モンゴル旅行
 今日から新しいカテゴリー「モンゴル旅行」短期集中連載です。

 1999年5月、初めて「緑の学校」に参加した時、「モンゴル大草原村5周年記念優待サービス」というのにつられて、衝動的に「行きます!」と手を挙げてしまった。
 当時はウランバートル郊外にゲル(遊牧民のテント住居)を10棟ほど集めて「大草原村」が作られており、6~9月の間ほぼ1週間単位で滞在型や4WD車のクルーズなどの観光ツアーが組まれていた。その企画の中心になっていたのが「緑の学校」のメンバーで、8月には現地のエスペランティストと交流する「モンゴル緑の学校」も行われていた。
 私たちが参加したのは、6月30日~7月7日の「格安体験クルーズ」だった。

 6月30日、大雨で列車が止まり、3つ先の駅までタクシーをとばした。関西空港からの飛行機は出発が1時間半遅れ、ウランバートル近くでは雷で機体がガタガタ揺れて少し怖かった。ウランバートルは雷雨。迎えの車で雨の中を大草原村へ。市街の道は穴ぼこだらけ、郊外に出たら快調だったが、最後の30分は未舗装の悪路、所々で池のようになっている。草原地帯では道でないところも走る。車が通ればそこが道になるというくらい。
 日本人スタッフ(「緑の学校」の中心メンバーが主力)、大草原村の経営者で日本語の達者なモンゴル人とその家族、料理人などの現地従業員などで総勢10人を超える。我々のような「客」は3人だけ。我々夫婦でゲルを1つ占領。ストーブがガンガンたかれて暑いほど。

   写真は「大草原村」
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